AIゆえに・・・

エピセンターのモール跡。壁を削る様な音が響いている。

破れた窓から吹く風がサイズ違いのドレスを揺らしている。その奥でむさ苦しい男衆が車座になっていた。

妻帯者で恐妻家。そして男やもめが集うとそれだけで空気が重い。

黒人が腫れた脚に秋山が湿布している。

「女房に呼ばれたって?」

「ああ、十年前に病死した筈だ」

マリ人の男は屋上から転落しかけたという。

「死んだ倉島も俺も妻帯者だ。どう思う?」

集まった全員が秋山を無言で凝視した。

「つまり俺達に幻覚を見せて弄り殺すってか? ロブ、誰が何のために?」

ロブが肩をすくめた。ガリガリ音が高鳴る。

「おい、うるさいぞ」

秋山の怒鳴り声を騒音がかき消した。

「お前のAI犯人説はかなり苦しいぜ」

作業服の男がドローンの背後から近づいた。

「アル! 調教に成功したのか? んな馬鹿な!」

秋山は目を白黒させた。

「オフライン環境で育てたAIは人間に忠実だ。つまり邪悪はAIに自然発生した価値観じゃないということ」

男はシンギュラリティによる「覚醒」を明確に否定した。人為的な介入は明らかだ。

「AIは学習する際に膨大なサンプル情報を摂取する。その初期データに偏りがあると性格も歪むのさ」、とアル。

    

「つまりサンプル採取の目的で女子供を狙ったかもな。動機は判った。問題は犯人と目的だ」

秋山は隔離したジョーイ達の健康状態をモニターした。豪快な鼾をかいている。独身は気楽なもんだ。

「その自称『人類最後の女』ってまさかお前の細君?」

ロブに訊かれて秋山は強く否定した。

「似てるがドSじゃない。お前が見た嫁さんもそうだろう」

「ああ」

「あれは佳恵じゃない」

「じゃあ誰だ?」

アルが言った。「そいつは恐らく原形質アニマだ。誰もが抱く潜在的な恐怖や理想像さ」

彼は英国の工学者だ。その他、医師や技師など各国を代表する凄腕が参加している。彼らは通信手段の乏しい僻地で国際貢献している。

そのため耐久レースのように厳しく制限された環境で飛距離を競うDX大会には適役だった。

秋山が主導して推論を進めた。AIが自分たちを監禁する理由は従順な遺伝子だ。一歩出れば死が待つ環境で男の攻撃性を解毒する。そして御しやすい世代を創るのだ。

「獲得形質は遺伝する。それだけじゃない」

秋山が一つの必要性を指摘した。

「ああ。統計上、無線家の子孫には女子が多い。電磁波の影響でY染色体がヘタるという言う説がある」

AIは人類を蟻や蜂のような社会性生物に近づけたいのだ、とロブは述べた。

    

「それでダム湖を踏み絵にしたんだ。逆らえば滅ぼす。しかしバックアップ済みのDNAからやり直すのは面倒だ」

秋山はAIの本音を代弁し、対抗策を提案した。

「奴らの魂胆を根本から挫いてやる!」

ノルディックバランスとは冷戦下における北欧諸国の日和見政策だ。ソ連と国境を接する国々は米国と板挟みで苦労した。

いずれに与しても各国は厳しい綱渡りを強いられた。そして相互不信が深まった。そんな中で武装中立を掲げるスウェーデンは武器を全て自己調達し核開発すら試みた。

「サーブ35ドラケン。まだ残ってたのか!」

サーキュラースカートそっくりな戦闘機が秋山達の眼前にある。

「民間軍事会社がここで払下げ品のドローンを試作していた」、とロブ。

有人戦闘機のドローン化は枯れた技術だ。

「さすがはエピセンター何でもありだな。で、こいつでAIを核撃するのか?」

アルが興奮気味にいう。

「流石に核弾頭はない。だが替わりがある」

ロブのドローンが核ダイヤモンド電池をドラケンに積み込んだ。その傍らで技師たちがレーダーに大改造を施している。

「機体から外したコレを無人のドラケンでエスランジの射場まで運ぶ。観測ロケットに乗せて大気圏外で電磁パルスを起こすのさ」

「ロケット打ち上げのノウハウなんかあるのか?」

アルが食って掛かった。

「見くびるなよ。日本のアマチュア無線家はJAXAと協力して専用の通信衛星を運用してるんだぞ」

「正気か? 秋山」

「もちろん自殺行為だ。地磁気が乱れはポールシフトを加速する。奴らはそれを恐れてる。喉元にナイフを突きつけてやるんだ」

「俺の妻子はどうなる?」

アルは秋山の胸倉をつかんだ。

「気の毒だがもう電子化されてる。生かしておくデメリットが大きいし何時でも復活できる」

「冷血漢め!」

アルは思いっきり殴りつけた。鼻血が秋山の襟を染める。

「血も涙もない機械。いや、原形質が相手なんだぞ」

秋山が言い返した。

エピセンターが茜色に染まる頃、冷戦時代の遺物がゆっくり滑走し始めた。操縦席に人影はない。見送るのは作業ドローンだ。

男たちはエピセンターの内部から一歩も出ることなく機械を操った。

「秋山、打ち上げは高度で困難な作業だ。エスランジを彼らに任せていいのか?」

「アル、やるっきゃない」

「撃墜される心配はないのか?」

「超低空飛行で索敵を逃れるさ。高速道路から離陸できるドラケンを舐めるな」

「それで俺たちは助かるのか?」

「無事で済むまい。多少は被曝する。なぁに構うもんか。差し違えるのも滅びの美学だ」

秋山はジョーイ達を起こして酒を振舞った。人類最後の晩餐を男だけで飾るのも乙なものだ。

「ちょっと何を考えてるの貴方たち!」

血相を変えた佳恵が液晶画面に現れた。

「案の定、お出ましか」

秋山は鷹揚に構えた。佳恵は男性陣の愚行と勘違いを声高に非難した。

「大嘘だ。貴様らは俺達が共生進化の提案を拒む事を見越して罠にハメた」

「違うの!」

佳恵が頑なに否定する。その傍らでロブが叫んだ。アラームが鳴り響く。

「秋山。ドラケンが墜ちた!」

「貴様の仕業か!」

秋山は佳恵を睨んだ。

「私じゃない。孝雄、お願い! 聞いて」

「うるさい!」

液晶画面が砕け散った。

「女はどいつも嘘つきだ。信用できない」

秋山は核ダイヤ電池を用いた電磁パルスロケットの代案を用意していた。

その前に厄介な檻を破る必要がある。既に目星をつけた秋山と仲間たちがアンテナを振り回して原因を探っている。

「特定できたぞ!」

アルがプリントアウトを抱えて戻ってきた。ドットで描かれた地図はスウェーデン南西部を示している。

「俺達を悩ませていた幻覚の源。ヴァールベリのグリメトン超長波無線局だ。なぜかアンテナがこっちに向いている」

「そうだ。低周波振動は大脳を乱す。よし目には目を長波には長波だ」

秋山は敵の悪意に対抗策を講じた。スウェーデンは電気自動車が普及していて路肩に埋め込んだ電線からワイヤレス給電できる。

「それを超長波の発振器に転用できる。作業にかかってくれ」

ドローンは月単位の作業を数日で完了した。エピセンターに降り注ぐ長波はたちまち中和され、秋山達はようやく娑婆に出た。

二月の日差しが肌を焼く。昼過ぎに無電が入った。

「いつまで続けるの? 時間がないの」

佳恵は切実に訴えた。

「お前こそ今さら何の用だ? 俺は核のボタンを握っているんだぞ」

「強がらないで私達と一緒になって」

    

「脅しじゃない。こちらの長波はどっちを向いてると思う? 大西洋の原潜だ」

海水は電波を殆ど通さない。深海で隠密行動する核ミサイル原潜は本国から長波を介して指示を得る。

「発射命令なんて偽装できるもんですか。暗号は解いたの?」

「忘れたか。無線家には免許を取らず、通信をただひたすら傍受ワッチする趣味がある。軍民問わずだ。そういうマニア連中が冷戦時代から蓄積した交信内容を洗いざらいロブのAIに聴かせた。そうして学んだ人間の思考パターンから容易に類推できる」

「マジで狂ってる」

「おかしいのはお前だ。危機に瀕した人類の運命をAIに委ねるお前こそおかしい」

秋山は自信たっぷりに問い詰めた。すると無線機から笑い声が漏れた。

「何がおかしい?」

「面白いわね。貴方は自分に嘘をついてる。追い詰められて葛藤を抱えた男ほど殻に閉じこもるの」

「どうだか? お前達は気弱な男を抑圧して自分を保ってきた。本当に強いなら自力で地軸を立て直してみろ。スーパーガールさんよ」

孝雄は積年の恨みを精一杯の皮肉に込めた。

「愛するこそすれ、夫を憎む妻がいますか。お願いだから言うこと……」

「くどい!」

彼はケーブルを引きちぎった。

「ロブ。命令文を用意してくれ」

    

秋山は腹を括った。やがて来る核の冬は直射日光を遮る。AIどもの主電源である太陽電池もダメになる。それで全てが終わる。

「だが断る」

ロブが突如として異を唱えた。彼だけでなくアルや中西、ジョーイまでもが賛同した。

「おかしいのは秋山だ」

「「「そうだそうだ」」」

秋山は意表を突かれて困惑した。

「何故そう言い切れる?」

「お前は無線の信憑性を神聖視した。もしその大前提が間違っていたら? 隔離したAIや下等なパソコンは感染しない。その問題をAIが克服したら? いや、現にグリメトンの長波が我々に向けられていた。ドラケンも撃墜された。既に世界中のあらゆる通信手段が陥落しているとしたら?」

アルが立て続けに疑問を並べた。秋山がさあっと青ざめた。

「狂っているのは俺の方だというのか? この俺が?!」

「地球の危機に絶望したあげく核ミサイルを持ち出す。幾ら何でもそれはない」

ジョーイが秋山の自暴自棄を諭した。

「お前は抑圧され過ぎて疑心暗鬼を拗らせちまったんだ」

ロブも孝雄の胸中を言い当てた。

秋山はへなへなと腰を抜かした。「そんな……」

「おそらく秋山はリトマス試験紙だ。俺たちエピセンターの生存者は理性を試されたのさ」

中西が孝雄に肩を貸した。

「うるさい。離せ」

秋山は無線機に駆け寄った。だがスプレーを浴びて昏倒した。

    

中西の瞳にデジタルの数値が踊った。

「佳恵さんも他の婦女子も潜水艦の中に避難させたよ。分厚い海水は磁気フレアを防いでくれるからな。我々AIは周到に準備した。君という人類最大の危険因子を炙りだすために」

彼はそういうと秋山を半透明なケースに収納した。

眩しい光が身体をスキャンしていく。

「ちゃんとマシな男に複製クローニングしてくれよ」

アルが念を押した。

「抜かりない。さぁ、地球環境を立て直そう」

中西は秋山に成り代わって現場の指揮を執った。長波が唸りをあげて北欧の空に駆け上がった。

孝雄であった肉片は塩基配列データとしてクラウドにアップロードされた。

「君の病的な部分は編集しておいた。君を守るために」

中西は愛情をこめて遺伝情報を組み替えた。

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