共時性問題
ここはシンクロニシティ研究所。
世の中には様々な偶然が潜んでいるが、それが重なりすぎた結果必然ともいえるような奇跡が起こることもある。それをシンクロニシティ(共時性)と呼ぶ訳だけれど、ここではそれを研究してる。僕はそこで働く博士の助手だ。
しかし残念なことに、シンクロニシティなんてものはそう起こるものではない。率直なところ、現在この研究所は世界で一番暇な場所の一つであった。今朝も、何かの研究をするわけでもなくちょっと遅めの朝食を作っている。毎日これなもんだからすっかり料理が上手くなってしまった。
今朝はたっぷりの油を鉄なべにひいて焼いたカリカリのベーコンに、朝畑でとれた新鮮なアスパラガスを添えて。裏山の湧水からとれたきれいな水を使って炊いたお米を茶碗にもり、それから目玉焼きを作る。博士の好みに合わせて、目玉焼きはしっかり固焼きに。これに醤油をかけて完成っと。いつも通りの完璧な朝食を準備し終えたところで、ダイニングに博士が慌てた様子で入ってきた。
「助手君!大変だよ!!」
青ざめた様子でダイニングへ駆けつけた博士は、僕の顔を見るなり大きな声で再び「大変なんだ!!」と叫ぶ。どうしたんですかと訊けば、ついに『共時性マシン』が完成したのだと。『共時性マシン』とは、この研究所発足以来博士が開発に尽力してきた特別な器械のことだ。頭につけるタイプの器械で、シンクロニシティを無理やり起こす事が出来るという。
博士は説明を言いきらないうちに僕の手を引き、ダイニングから廊下を挟んだ研究室の方へ急いだ。研究室にはいつも通り物が散乱していたが、ぐちゃぐちゃな机の上にそれはあった。
「助手よ!これが、わが研究所長年の悲願であった『共時性マシン』だ。是非近くで見てくれ」
博士が指さす先に鎮座するそれは、スクーターのヘルメット程の大きさで、ぐるっと張り巡らされた電線やセンサー類がむき出しに張り付いていた。博士はそれをひょいっと持ち上げて自身の頭に装着する。スイッチはすでに入っているらしく、着けるなりギュンギュンとモーター音が始まった。
博士は次にテーブルの上のテレビリモコンを手に取り、「ほら見てなさい」とテレビの電源を点けた。番組は今まさに始まろうとする瞬間で、最初のニュースは博士が応援している地元の野球チームの優勝の吉報であった。次にチャンネルを切り替えると、国営宝くじの一等当選番号を読み上げている最中で、それはまさに博士が昨日たまたま購入した宝くじ番号である。なんと偶然。まさにシンクロニシティだ。
目の前の喜びも束の間、続いて玄関のインターホーンがけたたましく鳴る。 今度はなんだと興奮していると、博士は驚きで声を漏らしそうな僕の顔の前に、目を輝かせながら人差し指を突き立て「シーッ」とポーズをとるなり、玄関の方へ走っていく。帰ってきた博士の手には、通販の懸賞で当たったアイテムが。それも、地元の野球チームの応援グッズだった。
「どうだ!すごいだろう!!」
博士はようやく押し込めていた声を出す。
「すごいです!!博士!」
僕もうれしくなり叫んだ。 次はどんな偶然が起こるのかとワクワクしていると、博士のお腹がグゥーと鳴る。そうか、博士は昨晩から何も食べていない。あ!そういえば!!
「博士。実はちょうど朝食ができたところでして」
「え、なんだって!これはなんと気が利くじゃないか!!いや、これも偶然、シンクロニシティか!」
「はい!!まさにシンクロニシティですよ!!」
喜ぶ博士に僕はいっそう嬉しくなり、一緒に祝福の朝ごはんを食べることにした。 この研究に博士が就いてから早幾年。それもこれも全てこの日の、この時の為にあったのだ。そんな博士の特別な時間に立ち会えて、僕は助手として何よりの嬉しさであった。
博士と僕はダイニングに戻り、温かい出来立ての朝食を食べる。 しかし博士はここで急に「いや実験は失敗だったようだ」と落胆したのだ。何かまずいものでも出したかと焦り、どうしたんですかと尋ねる。「いやいいんだ」と落ち込む博士の皿には半熟の目玉焼きがおいしそうにとろけだしていた。
『共時性問題』完
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