第九界 逆転の逆転の逆転

 「ぐ、ぐうううう……!」


 重い、重い、苦しい!!

 

 今、僕はこのデブに覆いかぶさられ、その上羽交い絞めにされ、それに精いっぱいの力で抵抗している。


 失敗した。


 瀕死に見えたこいつに、まだこんな力が残っていたとは。

 生かしてやろうなんて考えずに、あのままひと思いに殺しちまえばよかった!!


 「うわああ、やめろお!!」


 「はあ、はあ……、やめ、るかよ……!」


 振り払おうとするも、ほぼ効果はない。

 くそ、この帯魔加工のシャツをもってしても、締め上げる力が強すぎてかなり苦しい。

 後ろから包丁で刺されたってのに、なんでまだこんなに力がだせるんだ……!!


 僕が精いっぱい暴れているのを押さえつけているデブを、もう一人の生き残りはあわあわとしながら見つめていた。

 

 そして、そのポケットには例の茄子が入っていた……。


 「お、おい守屋! ボケっと、して、ねえで早くこいつを撃て! 触ってみた感じからして、多分このシャツには分厚い鉛かなんかがはいってんだよ、用心深いことにな!!」


 これは、これはやばい。


 この状況で撃たれたら、たとえ生き延びれてても死んだふりなんてできない。

 つーか、至近距離から撃たれたら気絶は必至だし、何も防具とかつけてない頭に撃たれたら百パーセント即死だ。


 「先輩、先輩も生きてたんですかあ……! 了解です、いますぐ撃ちます!! 」


 「ただ撃つだけじゃだめだ……。 きっと何かある! 頭だ! 至近距離から頭を撃て!」


 なあ、やられてやなことそのままされそうなんですけど。


 まずいまずいまずい。死ぬ。命が危ない殺される。


 いやだ。


 暴れろ。暴れろ。


 死にたくはない。二界にもどって、やつらを殺すまでは死ねない。


 「やめ、やめろお!!!!」


 暴れろ。


 肘を激しく動かして、デブの腹を何度も殴打する。

 しかし、こいつは意地でも僕を放そうとしない。


 「放せ! 放せ!!」


 「くっ、くそ。こいつどんだけ暴れるんだ……! おいっ、おとなしくしろ! こいつを殺したてめえは、どっちみち絶対に殺してやるんだ!! はやくこっちにこい、守屋! 俺が押さえてるから、至近距離で引き金を引け!!」


 くそ、くそ。


 逃げられない。守屋と呼ばれた男は、じわじわとこちらに近づいてきた。

 

 そしてかがんで僕に茄子を向けて、そのまま……。


 ぐうう、させるかあ!!


 「うわああ!! 放せええええ!!!!」


 こんなところで死にたくない。その一心で僕は、鳴き声を上げて無我夢中で動く。


 僕の首を絞めつけ続けてる、デブのふっとい腕。きたねえ腕。そこめがけて、僕は勢いをつけて口を持っていく。


 この腕が、邪魔だ! 僕が生きるのに、邪魔だ!!


 おらああ!!


 「いっ、いってええ!! いてええ!! 畜生、しまった!!」


 おけい、逃げろ!! とりあえず、逃げろ!! 

 ハ! すぐに腕はなしやがってこの間抜けが!!


 僕のフルパワーの噛みつきは、少なからずこのタフガイにもダメージを与えることができたようだ。


 無我夢中で、僕は生へしがみつく。


 デブから逃れた僕は、下へ降りる階段へ向かって…。 


 「う、うわあ!! おいい、なんであんた、ちゃんと押さえてねえんだよ!! うわああ!!」

 

 熱ッ!? 耐えがたい痛みが、僕のふくらはぎを突き刺した。


 どくどくどくどくと、なまあたたかい血が流れるこの感じ。


 こいつ撃ちやがった畜生!! 考えてみれば、ズボンにも帯魔加工はしていないんだった……。


 足が、足が痛い……。槍で貫かれた時の感触が脳裏から浮かび上がってきた。

 それでまた、思い出す。ここは戦場なんだった、一瞬の安心も許されないんだった。


 それでも、僕は逃げる。階段から、降りる。

 足を引きずっているせいで、降りるというより、落ちる。


 いてててて!! 体中がいてえよ、もういやだー。


 ともあれ、早く窓の外へいかないと……って、外にも警官がいるんだった!!


 どうすりゃいいんだ。どこに逃げりゃいいんだ。


 「逃がさないぞおお!! 考えてみりゃ、ここでお前を殺せば組からの信用も得れて、俺の目的を果たす近道にもなるんだああ!!」


 なんて考える暇もなく、守屋が僕と同じようにして階段から落ちてきた。


 こいつ、なに急に豹変してんだ!?

 さっきまでおどおどって感じだったのに、今や殺人衝動押さえ切れてねえよ!


 とはいえ外には大量の敵がいるいじょう、僕が助かる道ではこいつらを始末することが一番可能性が高い。やはりいま、戦うべきなんだ。


 あいつは茄子を持ってるけど、僕の包丁はさっき撃たれた時に落としちゃったし、ガリの茄子も今のドタバタでどっかいっちゃったから僕はいま、無防備だ。


 でも、仕方ない。これはもうこれしかない。

 僕は守屋の方へ開き直る。


 「こうなりゃもう、やけくそだ! かかって来いやあ!! ……ん、あれ?」


 ふと、口の中に違和感を感じた。


 なんだこれ。歯になんか挟まってる。


 舌でそれを、くりくりと取り出す。

 それは、小さな肉片だった。

 おそらくデブの腕にかみついたときに歯に挟まっていたのだろう、汚らしい。


 待てよ。


 待てよ……。


 「あ!?え、お前、戦闘中に何やってるんだあ!?」


 僕はそれを見つめ、そして口へ運び……、そして、飲み込んだ。


 感じたのは、ほんの少しだけの高揚感と、充実感。


 肉片でも、人の肉だ。


 意味することは、もう説明するまでもないな。


 感覚的に、この少しの魔力で使える魔法は中級魔法一発程度。それを節約しようなんて気はないし、それで十分だ。人間一人に気を失わせるくらい焦がす程度なら、それで十分だ。


 「中級業火魔法[黒炎領域]」


 これで、またもや形勢逆転だな!

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