第七界 暇だし、二階の不審者でも討伐するか
窓の外をこっそりと確認する。
うわあ、まだたくさんいるよ…。
げーー、めちゃくちゃ捜してんじゃん、すっかりお尋ね者だな、僕も。かつての英雄も界が変わるだけで殺人犯か。
今この家を出たら確実に見つかってしょっぴかれちゃうな。
だから、制服マン軍団がここを去るまで籠城作戦しか選択肢はないんだけど…。
「また人殺したら、罪状が増えるか。はは、プラス不法侵入で、極悪犯罪者になっちゃったよ。」
でも、二階からなにやら人のものっぽい気配がする。その気配の主が人間であれば、家に侵入してる僕に友好的な態度をとるはずもない。
僕は剣を持ったことがない。そんな僕が、こんな料理用の素包丁を使って能力が計り知れない相手とやりあっても、戦いになるかは正直五分五分だ。
だから安全に突破するには、できるだけ不意打ちでダメージを与えるオア即死させるしかない。極力、もみ合いの戦闘は避けるつもり。
一発でケリをつけないと、かなり危険なんだ。危ない橋は渡りたくない。
殺人のスペシャリストでも、魔法を奪われたらそれだけで余裕な態度はおしまいだな、ああ、ほんともどかしい。
でももしこれが家主なら、ゆきずり殺人強盗みたいですごい可哀想だなー。できることなら、無駄に命を奪うことなく拘束してことを済ませたいんだけどさ。
え、制服マンはすぐに殺したじゃないか、だって?
あのなあ…、あれは腹が減ってたからだ。しゃーないっしょ。
なんたってあの時は魔力がない感覚に戸惑って体がめちゃ疲労してたうえに、丸二日以上なんも食ってなかったんだよ。
ほら、腹減って疲れてるとイラつくやん?それに、僕って魔法つかってるとき、自分でもわかんないくらい精神状態がおかしくなるんだよね。
魔法つかうのが気持ち良すぎて、夢心地、ってゆーか。
魔力には麻薬的な成分でも含まれてそうだよな、こわいこわい。
まあそんなことどうでもいいか。すぐに現実逃避しちゃうのが僕の悪い癖だ。
腹筋に力を入れて、頬をパンパンとたたく。大丈夫。僕には積み重ねてきた戦闘経験がある。ただし魔法使用可能時のときのだけだけど。
んー、なんか今日は戦ってばっかだな。
戦争のときも、一日でこんなにピンチの状況になることなんてめったになかったのになー。
ふう。
うっし、いきますか。
玄関のすぐ横、リビングへの扉の目の前に階段はある。[重力操作]で自分を軽くして…、って、できねーんだった。
慎重に、音をたてないようにゆっくりと足を前に出していく。階段はらせん状になっていて、上がどんな感じの作りになってるかは全くと言っていいほどわかんないからちょっとこわい。
警戒して包丁を構えながら上がっていく。
そろり。そろり。ピタ、ピタ。
ようやく二階についた。気持ちではもうかなり時間が経ってる気がする。精神集中疲れるからキライ。
右、左、正面にそれぞれひとつずつ部屋があり、どれもドアが閉まってるからどこに人がいるかわからない。
勘でどれかの部屋を開けて、なかにいたらラッキーという作戦も思いついたけど、もし外したら後ろから襲われて立場が逆転するかもしれないし、「かもしれない」「三分の一」に賭けられるほど僕の肝は据わってない。
待ち伏せするかー?でもここ後ろ階段だし、そうするんだったら下で待ってたほうがいいに決まって…
「…じゃん、……ここ…」
とか色々考えてたら、どこかから声が聞こえてきた。
しかしそれがどうやら独り言ではなさそうで、会話をしているような気がする。
はあー、まずいな。二人いるんだとしたらちょっとまずいな。
だって、部屋に入って一発でケリをつける必要があるのに、それがすっごい困難になるってことだ。
決めた。片方を即刻やったら、もう片方をその勢いで脅して降参させるしかない。
それでもなお襲ってきたら、それはもう仕方ない、全力で包丁一本で戦うだけだ。
どの部屋からあの声が聞こえてきたかを確かめるために、脳をそちらに完全に集中させ、耳を澄ます。いつ聞こえてもいいように身構える。どこの部屋のものかが分かったら、即時襲うのだ。
………………………………ざわ。
聞こえた。右側の部屋だ。
僕は扉を開ける。一瞬にして状況を読み取る。
予想通りいたのはガリとデブの二人。なにやら机の中を漁っていたようで部屋は荒れていたので、おそらく家主ではない。
こいつらはきっと空き巣なんだ。じゃあ殺しても全く問題ないな、よかった!
突然扉を開けたので、二人とも何が起こったかわからないような表情で固まっている。
この一瞬のチャンスを逃さないように、僕は片方を刺しに、全力でステップを踏む。
標的は、たまたまドアの近くにいたデブの方。
悪いな、痛いけど恨まないでくれよ!
僕が全身全霊で、体重を込めて繰り出した料理用包丁が、デブの背中に突き刺さる。
「ぐええっ」
彼はすぐに、うずくまって倒れた。苦しそうにしてるが、おそらく余裕で息はある。脂肪が守ってくれたんだとしたら日頃の自分に感謝だな!
「てめえ、急になんだ、なんなんだよ!!」
レッツ作戦遂行! ここで脅し実行だ!
よーし、出せるだけ威圧感を出して…。
「悪いけど、この家から出てってくんない。お前らも不法侵入者なんだよね?この家は僕が使いたいから、このひとみたいになりたくなかったらとりあえず大人しくしてください。」
「だから何言ってんだよごら! おら、こいつが目に見えねえか!?大人しくすんのはてめえの方だ!! 手をあげろ!!」
そういってガリが取り出したのは、茄子のような色と形状の、なにか。
え、お前、武器のつもりだったら相当痛いぞ?まあ、重そうだから鈍器にはなりそうだけど…。包丁と戦うのはさすがに無謀だろ。
とゆーかこれ、もしかして脅し返されてる感じ?
えーと。
とりあえず、ガリを失神くらいさせるか。
勝利を確信した僕は、ゆっくりと距離をつめていく。
「く、来るんじゃねえ! おい、ホントに撃つぞ!」
撃つ!?もしや魔法を使うのか!?
大声を出しながらガリは、その手に持っているものを構えた。
まさか、この茄子のようなものはそのトリガーのようなものなのか!?
…って、んなわけないか。
でも、少なくとも茄子が危険なものであることは間違いなさそうだから、僕は思いっきりガリの右手を蹴り上げて、それを床にを落とさせた。
「ひいっ!?」
ふう。これで完全に安全かな。
「来ないでくれ! 助けてくれ!」
そんなにおびえなくてもいいのに。とって食いやしねーよ。
後ろから足音が聞こえた。しかし僕はその時油断しきっていて、足音など耳にこれっぽっちも入ってきていなかった。
「来るな! やめろ! 助けてくれえーー!! 」
「おい、ちょっと落ち着…」
「…へっ、バーカ。」
ドン。空気を切り裂くような音が鳴った。
脇腹の背中に、きつい衝撃が走る。
まるで数トンの力で魔獣に体当たりされたみたいな一点の攻撃が、僕に苦しみを与えた。
いってえ…。
くそ…、油断した。
僕はなにをされたんだ、何をすれば魔力を使う以外の方法でこんな攻撃をできるんだ…。
くう…、いってええ。
たまらず僕は、デブの隣に横たわる。
「バーカバーカ!! 俺らが二人しかいないって思ってたんだぜ、こいつ! 背中がまるっきり無防備だったぞバーカ!! よくやった、ナイスだ新入り! どうだ、初めての殺人の気分はよ!?」
「うわあああ。 死んじゃった…。殺しちゃったああ…。」
あー…、僕は全然死んでないが?
確かにちょっと、いやかなり痛かった。頭とかに受けてたら死んでいた可能性が高い。
しかし僕が、打撃に対して高い耐性を誇る、この帯魔加工シャツを着用していたのは誤算だったな! 最強の傭兵には、最強の防具もつきものなのだ。
背中から攻撃をしてきたらしき者は、なにやら震えながら例の茄子を握っている。くそったれ、やはりあの茄子は武器だったか。
先っちょから煙が出ているように見える。あそこから何かを射出したのだろうか。魔力もないのにどういうことなんだ。
とゆーか一発で僕が死んでるって確信してるってことは、最初っから殺すつもりで撃ったってことだ…。なんて血の気の多いやつら。ちょっとムカついてきたぞ。
「この死体、どうやって処理する? くそ、あおむけだから血がどれくらい出ているか見えにくいな…。」
「ごめんなさい…、ごめんなさい…!」
うん、やっぱこいつらは、僕が死んでいると誤解している。
これはチャンスだ。
秘技、死んだふり発動。
お互い、油断は禁物だな。
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