第43話 婚約破棄、します 中編1
「リュドリューク・アレグエッド、お前を廃嫡する!」
陛下の告げた処罰に対して、リューク殿下はまさかという顔をした。
やはり、王位継承権は剥奪されないだろうという自信を持っていたのだ。
「残念ながら出雲 梨真はもういない。王族を抜けて彼女と市井で平民として暮らすという道は絶たれた。お前には2つの道がある。まず1つ目は単身市井で平民として暮らす。勿論、何の援助もなく身一つで放り出されることになるだろう。」
陛下の言葉に、リューク殿下は小さく首を振った。
少し前はあんなに威勢良く覚悟があるとか言っていたのに。結局、土壇場になったら拒否するのか。
リマさんと2人でならやっていけると甘い夢でも見ていたのか、それとも現実が見えていなかったタダの馬鹿者か。まぁ、前者だとしてもすぐに破綻していただろう。
贅沢ばかりしていた女と、生まれつき大金持ちの男では市井での暮らしなど到底無理だ。
「もう1つは、エドワード・キッドソンと共に"ロンド地区"へ向かうことだ。最低限の衣食住は保証されている上に、もし素晴らしい功績を挙げたならば、相応な褒美も用意しよう。」
ロンド地区、という言葉が出た瞬間に殿下の顔が青ざめた。リューク殿下は剣も魔法もたいした才能がない。戦争の最前線であるロンド地区では命が保証されないため、それなりに腕の立つものしか送られない。
お兄さまやリューク殿下は特殊な例だが、貴族にとっては幽閉されるよりもかなり最悪な罰と言えよう。
「ほ、褒美とは?」
「場合によっては、城で雇っても良い。」
殿下は答えに目を泳がせる。
それは一体褒美と言えるのか、というような表情だ。
命が保証されない場所から命の危険はかなり低い場所に移ることが出来るのは、相当な褒美だと思うべきだ。それに、王城での仕事というのは大層光栄なことだ。しかし、彼にはそういった思考回路はないらしい。
そもそも、選択肢を2つ用意するという時点でかなり譲歩されている。普通ならば選ぶことなく罰は決定されるのだから。
それに私はこの処遇に対して全く納得がいかない。
彼は他の人たちと違って自らの意思で動いていたのだ。
国の金を使い込み、国の生活水準を下げ、スラム街の人たちはより困窮したことだろう。
一体何人餓死してしまった? 強奪にあった人たちは? 犯罪に手を染めることしか出来なかった人たちは?
リューク殿下は、どれだけの人たちを間接的に不幸にした?
それだというのに、廃嫡されるだけ?
他の人たちのように普通に生きていけるって?
罪人と同様の罰を受けるべきだ、と私は思うが。
だけれど、横で子犬のように小刻みに震えている彼を見ると、もしかしたら彼にとっては十分すぎる処遇なのかもしれない。
「さぁ、どちらか選ぶのだ!!」
「あ……私は、前者よりは……後者の方……。」
リューク殿下はモゴモゴと口を動かしながら、小さな声で選択を口にした。
決まった、彼はお兄さまと共にロンド地区へ送られるのだ。だけれど、2人の待遇は全く異なる。お兄様は領主代行、また軍師としてロンド地区へ赴く。一方、リューク殿下は最前線で兵士として戦わなければならない。
剣も魔法も大した才能がなく、戦場にも出たこともなく、城の中でぬくぬくと育ってきた彼は、下手をしたらすぐに死んでしまうだろう。
毎日、いつ来るかわからない死に怯えながら暮らしていくのだ。そういう意味では、下手に罰として刑を与えられるよりも重い処遇かもしれない。
「では、リュドリューク・アレグエットは廃嫡としロンド地区へ「ち、父上! 待って下さい!!」
陛下が決定されたリューク殿下への処遇を述べている途中に、殿下は大きな声を出してそれを止めた。
陛下は眉を潜め、リューク殿下を睨む。
リューク殿下は必死の形相で陛下を見ていた。
「私が居なくなることに反対する者たちもいるはずです!」
「それは誰だ、言ってみよ。」
陛下に具体的なものを求められ、リューク殿下は部屋にいる者たちを見回した。
この中の誰が、この状況で貴方をどうしても必要だと思っているのだろう。どうせ見つかるはずもない。
そう思っていた私の予想とは裏腹に、彼は1人に目を止めていた。一体誰だ、と目線を追うと視線の先にいたのは、宰相であるライオットさんであった。
私は笑い出してしまいそうになった。
よりにもよって、最も味方にならなそうな人に目を向けたのだ。
私は、彼がこの世界に紛れている神であると知っていた。だからこそ、彼が第一王位継承者となった時からリューク殿下に目をかけていた理由もわかっている。ただ1つ、世界の均衡を保つため。
それ以外には何もない、温情も何もかも。
実際に、注がれた視線に対してライオットさんは心底冷たい目で見返していた。
彼はリューク殿下の味方になったつもりは一度も無いのだ。ただ殿下の方は唯一の味方だと思っているみたいだけれど。
「ライオット、お前はずっと私が王となることに尽力してくれていた。それは、私に王としての素質があったからだろう?」
殿下からそう言われたライオットさんは、ぐっと顔を歪めて心底嫌そうな顔をした。
まさか、今このタイミングで自分に矛先が向くとは思っていなかったのだろう。
「一体、何を勘違いしているのか。」
ライオットさんの発した声は低く冷たいものだった。私に向けられているわけではないのに、身体が震えた。
たぶん、ライオットさんは怒っている。
それが全身に伝わってくる。
この場の全員がライオットさんの発する威圧に得体の知れない恐怖のようなものを感じていた。
特に陛下に至っては彼の正体を知っているので、別の意味で恐怖しているように見えた。
この国が滅ぼされてしまわないか、怒りを買ってしまったのではないか、という恐れだ。
「確かに、貴方が第一王位継承者となった時から私が貴方に様々なことを教えてきました。周囲が貴方を助けるようにと動いて回った。えぇ、否定はしませんとも。だけれど、それは貴方のためではなく、国のためです。」
正確には王国の……ひいては世界の均衡を保つため、なのでしょうけど。
リューク殿下は怒りか、焦りか、顔を赤くしながら負けじと「そんなはずはない!」と声を上げた。
ライオットさんの額に青筋が浮かぶ。
この状況で更に口答えの出来る殿下の鋼の心には、呆れを通り越して尊敬すら覚える。
まあ、そんな心の持ち主だからこそ、愚かな行為の数々が出来たのだろうけれど。
「ライオットが私のために多くのことをしてくれた。だから私は貴方に何を言われても反発をして来なかった。リマにだって、あなたの言うことを聞くようにと諫めたことさえあった! そうしてきたのは、貴方が少なくとも私の味方であると思ってきたからだ!」
リューク殿下の熱い訴えに、ライオットさんはニコリと笑みを浮かべた。どうやら、心を沈め平常心を取り戻したようだ。
身体に伝わっていた威圧感が無くなった。
あまりにも的外れすぎる主張の数々に、ついにライオットさんも怒ることがバカらしいと気づいたようだ。
なぜ、わかるのか?
私は何度もそれを経験しているからだ。
「そうでしたか。それは残念でしたねぇ。この際だからハッキリと申し上げましょう。私が必死にサポートしてきた理由は、あなたがリュドリューク・アレグエッドだからではありません。あなたが第一王位継承者であったからです。」
リューク殿下は、その言葉を受けて何も言葉を返せずに口をパクパクと動かすだけだった。
ライオットさんが味方である、という考えが本人によって覆され、尚且つ"第一王位後継者"という肩書以外に自分には価値がないと告げられたのだから、ショックを受けることは至極真っ当な反応だ。
ライオットさんは、リューク殿下から私に目を向けて爽快な笑顔を浮かべた。
彼は世界の均衡を保つため、とはいえかなり殿下には苦労させられて心底イライラしていたのだろう。
言いたいことを言ってやれてスッキリした、とでも言いたげな笑顔と先程のリューク殿下の表情の差に、私は苦笑いせざるを得なかった。
さぁ、そろそろ大人しく諦めるか。
そう思いながら横目で殿下の表情を見ると、ぐっと顔を歪めていた。怒り、なのだろうか。顔が赤くなっている。
どう見ても、諦めている人間の表情ではなかった。
まだ抗うか。
「俺が廃嫡されたら、困るのはこの国だ。」
殿下はそう呟きながら陛下を見た。
その顔には、まだ自分には勝機があるというような小さ笑みが浮かんでいる。
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