第42話 婚約破棄、します 前編
カイル様もお兄さまも魅了が解けて正気に戻った。ベネダ家は不正を暴かれ罪を認め、ジクター・ベネダは違法薬物の密輸等様々な悪行を行う裏組織の主犯格として捕らえられた。オルドロフ様は亡くなり、出雲 梨真は処刑された。
全てが終わるまで、残るはリュドリューク殿下のみとなった。
王城の一室で、私はその時を待っていた。
今日リューク殿下が陛下に謁見し、そこで彼への処遇が決まる。
私は婚約者として、その場に立ち会うのだ。
それが、私にとって最後の仕事にもなる。
これで遂に今回の事件とさよならが出来るわけだ。
「私、貴方とペアでも組まされているのかしら?」
私は部屋内のドアに立つオズウェルに声をかける。
常々、私の護衛には彼が付いている。
勿論、私がそれを望んだ時もあったが大半は彼がその任に就いていた為であった。
まるで彼が私の専属護衛にでもなったみたいだ。
ただ、私は殿下の婚約者であり、公爵家の令嬢で騎士団の副隊長が護衛に就くような要人であることは否定できない。
「確かに、この一連の出来事で誰よりも君の隣にいたのは俺だったような気もする。そういう意味ではペアを組んでいたのかもしれないな。」
オズウェルは小さく笑みを浮かべながら冗談半分でそう言った。
殿下に婚約破棄を告げられたあの時以来、さまざまな局面で彼の存在が近くにあり、それによって助けられたのは事実だ。
「当初とは随分とかけ離れた未来になってしまったわ。」
私がポツリと呟いた言葉に、オズウェルは何も返しては来なかった。きっと、何を言ったらいいのかわからなかったのだろう。
私が"改心させる"という任務を遂行させることになったあの日から。
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「急に呼び出してすまないね。」
そう陛下に言われたのは、私が陛下の執務室に入ってすぐのことだった。
「いいえ、ご用件とは一体どのようなものでしょうか?」
陛下は少しだけ暗い表情をしてから、決意を決めたように私を見る。
「聖女とそれを取り巻く者たちの件だ、君も幾らか被害を被っていると聞く。」
あぁ、そのことかと私は合点がいった。
数ヶ月前にベネダ家が少女を保護した。
その少女はどうやら異世界からやってきたようで、聖女の紋章を持っていた。
勿論、神殿も王国も彼女を聖女だと見なした。
彼女の世話は保護したベネダ家が行うこととなった。
ここまでは良かったのだが、少しずつ日々は変わっていく。ベネダ家が仕事を放棄し、カイル様やお兄さまが彼女の周りにピタリと付くようになり、いつしかそこに殿下も加わった。
そして、何故か彼女は徹底的に私を敵視した。
会うたびに理由はわからないが私が悪者にされる。
知らないうちに何か気に触ることでもしてしまったのか、何度か頭を捻ってみたが答えは見つからなかった。
「最近の行動は目に余りますね。威張りながら歩き回り、自身の仕事を放棄している。」
「あぁ、その皺寄せが様々なところに来ていて心底困っているのだ。」
陛下は、はぁと大きくため息をついた。
「陛下が直接叱咤すれば、少しは真面目に働くのではないですか? まぁ、その行為は多少本人たちの評判に傷をつけるでしょうが……自業自得でしょう。」
今回、矢面に立っている者たちはみな元々の評判が高い。
カイル・ラグターナスは魔導所のエース的存在で、彼のおかげで常々人手不足の魔導所はどうにか成り立っている。時には、応援として戦場へも駆り出されるが、そこでも功績を挙げている。
私の兄であるエドワード・キッドソンは軍師としても少しずつ功績を挙げ、日頃の公爵……つまりお父様の仕事の補佐も完璧に行っている。性格面でも評判が良く、私の自慢の兄なのだが欠点が見えなすぎて怖いくらいだ。
ベネダ家が経営するベネダ商会は市井でも人気だ。様々な商品を仕入れ、適正な価格で世に出す。時には削れるコストを最大にカットし安価で質の良いものを提供することもある。元は平民であった為、いつでも平民目線で商売することを心がけているらしい。最近では国からの貿易の仕事も任されるようになった。
オルドロフ・ベネダは、そんなベネダ商会の後継者だ。若くしてかなりの遣り手で、中々取引を承諾しない密林に暮らす部族の国であるオハミア朝との取引を実現させた。個人的な意見としては、私は彼のことがあまり得意ではない。
リュドリューク・アレグエッド殿下は第1王子として日々公務や勉学に励んでいらっしゃる。唐突に王位継承者となり困惑していたが、真面目に取り組み努力をしている。このままいけば、きっと優れた国政を行うことの出来る王となれるはずだ。まぁ、まだ実務的な面には取り組んでいないので、そう考えるのは時期尚早かもしれないが。
彼らが、陛下直々に咎められたとなれば、今まで積み上げられた評判に傷がつく。
陛下が直接言わなければならないほどのことをしでかしたのだと周囲に知られるわけだ。
「それは既に行った。残念ながら、何の効力も無かったようだが。」
「陛下が仰っても尚、何も変わらなかったのですか!?」
私は陛下の言葉に驚きを示す。
まさか、陛下の言葉でも効力が無いとは。
一体彼らはどうしてしまったというのか。
以前とはまるで別人のような振る舞い……恋愛というものはそんなにも人をおかしくしてしまうのだろうか。
私には、よくわからないけれど。
「それで、私が呼び出された理由とは?」
「リュドリュークの婚約者であり、エドワード・キッドソンの妹である君に折り入って頼みがある。」
私は改めて姿勢を正す。
わざわざ私を呼んで陛下直々に頼むというのは中々あることではない。
「彼らを改心させるのだ。」
「私が、ですか?」
陛下の頼み事に私は目を丸くした。
なぜ、私なのだろう。
成人したばかりで、キッドソン家の軍師としてもまだまだ未熟だ。
何一つ周囲の人間に追いつけてなどいない。
「もっと他に適任がいるはずです。」
「勿論、君1人に背負わせる気はない。キッドソン公爵や君の義理の兄であるフェステッタ公爵、宰相など様々な人間が関わることになるだろう。」
「それならば、尚更私は必要ないのでは?」
陛下がキッとこちらを見た。
「ユシュニス、君は今回の件で誰よりも彼らと存在が近いんだ。意味がわかるかね?」
私は少し考えて、それからコクリと小さく頷いた。
リューク殿下は婚約者で、エドワード・キッドソンは私の兄。カイル様とは何度か仕事をし会話も良くするし、オルドロフ様とは仲は良くはないがお互い面識がある。ベネダ家とも仕事をしたことがあり、当主であるグライフ・ベネダとは最近かなりの頻度で仕事が一緒になる
そして、リマ・ベネダは何故だか私を特に敵対視している。おそらく、直接的に彼女が敵意をもって何かを言うの相手は私くらいだ。
存在が近い、以外にも陛下はリマ・ベネダと私の間に個人的な確執があるかもしれないと疑念を抱いているわけだ。
残念ながら、そんなものは1つもないし、私自身敵視される理由はわからないのだけれど。
「わかりました、全力を尽くします。」
「よろしく頼むよ。」
私はお辞儀をして、陛下の部屋から退出した。
かなり面倒な仕事だが、こうなっていることには何か原因があるはずだし、リマさんの化けの皮でも剥がせば彼らも目が覚めるだろう。
自分の愚行に気づけば、また元のように仕事に戻ってくれるだろうし、お兄様だってまた優しくなる。
カイル様も軽口を言いながらも人一倍仕事をして、ベネダ家は市井の人たちに寄り添った商いをするはずだ。オルドロフ様とは、これから仲良くなっていける未来があるかもしれない。
殿下だって、エルシエル様がいなくなってから彼なりに頑張ってきたのだ。私はそれを見てきた。彼ならきっと、良き王になれるはずだ。こんなところで足を止めるべきじゃない。
きっと、すぐに元通りになる。
窓の外に目を向けると、季節の始まりを告げるように花びらが舞っていた。
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あの時と同じように、窓の外では花びらが待っている。
だけれど、全てがあの時と同じではなかった。
すぐだと思っていたのに、1年もかかってしまった。
私がもっと優秀だったら、もっと明るい未来待っていたかもしれない。
「ユニ、そろそろ時間だ。」
「……えぇ、わかってるわ。」
過去には戻れない、あるのは未来だけだ。
今日でこの件に関しては全てが終わる。
あの日。
婚約破棄を告げられた、あの日。
あの日の続きをしよう。
私はオズウェルを引き連れて部屋を出る。
向かう先は謁見の間だ。
そこにはこの件に関わった殆どの者が集う。
陛下と王妃。キッドソン家からお父様とアシュレイ、エドワードお兄さま。フェステッタ侯爵家当主のディオンさん。宰相のライオットさんに、騎士団団長のセネドアさんとダァくん。魔導師団の団長とシエちゃん。
その他にもたくさんの人が終わりを見届けにくる。
上手く幕引きが出来るだろうか。
この最後は誰でもない、私が終わらせるのだ。
何故か?
私は、まだ彼の婚約者だからだ。
「もしも私に危害が加わりそうになったら、相手が誰であっても貴方の職務は全うして頂戴ね。」
「心配するな、何のための護衛だと思ってる。」
オズウェルに声をかけると、彼は仏頂面で至極真面目に返答した。
オズウェルの出番がやって来ないことが、何より良い結末なのだけれど、と私は内心呟きながら足を進める。
謁見の間の扉が見えてきたところで、そこに繋がる別の廊下からコツコツと歩いてくる人影が見えた。
リューク殿下だ。
私の姿が見えると、彼はあからさまに目を合わせないように目線を下へ向けながら歩いてくるのがわかった。
「ご機嫌よう、リューク殿下。」
「……あぁ。」
まだ婚約者であるというだけの事実の所為で、私は彼と共に謁見の間に入らなければならない。
王族の婚約者には、ただの貴族の婚約者よりも強固な楔のようなものが感じられる。まぁ、そんなものは形式的で何の意味もないけれど。
殿下が私の隣まで辿り着くと、私たちは並んで歩き出した。今までの威勢はどこへやら、隣に立つ男がそれはそれは小さく見えた。
「これで、満足か?」
隣から憎悪を纏った声が聞こえる。
私はチラリと顔を見ると、殿下は相変わらず下を向きながらもぐしゃりと顔を歪めていた。
「仰る意味がよくわかりませんわ。」
私は顔色一つ変えずに、殿下の問いに答える。
彼の求める答えになってはいないだろうけれど。
「リマは処刑された、もうこの世界にはいない。そして私も処罰が下される。全ては君のシナリオ通りか、そうなんだろう?」
やっとリューク殿下が私の顔を見た。
怒りの表情を伴っていて、キッとこちらを睨んでいる。
私もリューク殿下の方に顔を向けた。
「一体、私にどんな力があると思っているのか知りませんけれど、リマさんのことも、そして貴方のことも、国を思う者たちが苦悩し闘ってきた結果です。」
私はそれだけ言うとパッと顔を前方の扉に向けた。
心底、腹が立つ。
どれだけの人が悩まされたか、苦しめられたか、犠牲になったか。考える度に自分の無力さに打ちひしがれるというのに。
それだというのに、全ては私がポンと作り上げたシナリオだとこじ付ける。
あぁ、腹が立って仕方がない。
それから、リューク殿下も私も言葉を一言も発しなかった。ただ沈黙だけが流れていた。
どれだけ経ったのか、おそらく数分程だが何十分にも感じられ、苛立ちすらも覚えてきた頃にギィと扉が開いた。
居るべき役者は全員揃っていた。
バチリ、とお父様と目が合う。お父様がコクリと頷く。言わば「やってやれ」という意味だ。
私たちは陛下の前まで足を進める。
多くの視線が刺さるけれど私には痛くも痒くもない。殿下は違うようで、居た堪れないというように身体を小さくしながら歩いているけれど。
「今日、お前を呼びつけた理由をわかっているな? リュドリューク。」
「……はい。」
陛下の問いかけに蚊の鳴くような声で殿下は答えた。
「カイル・ラグターナスやエドワード・キッドソン、そしてベネダ家のように出雲 梨真の悪魔魔法に充てられたわけでもなく、ただ純粋に彼女に心酔し王太子としての務めを怠った。これだけでも十分に罰せられることだというのはわかるな?」
今度はコクリと頷いただけで、返事すらもしなかった。顔には絶望の色だけが写っている。
「それだけではなく、公の場で出雲 梨真と一緒になるためならば、王族の地位を捨てる覚悟があると言い放った! お前は十分な罰を受ける必要がある!」
陛下は大層ご立腹だった。
当たり前だ、王位継承者であるリューク殿下が信じられない愚行を行ってきたのだから。
許されることではない。
リューク殿下もそれがわからないほど馬鹿ではない。だから何も声を発しないのだ。
だが、きっと彼は甘く見ている。
少なくとも自身が危険に晒されることはないはずだと勝手に思い込んでいるだろう。
彼は申し訳なさそうな表情、様相を取り繕ってはいるもののどこか余裕を感じさせた。
王族なのだから大した処罰にはならず、悠々自適に暮らせると? もしくはエルシエル様のように自由が得られると?
馬鹿馬鹿しい。
そして、ついに陛下から彼への処罰が下された。
「リュドリューク・アレグエッド、お前を廃嫡する!」
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