第41話 悪女は冥府で何を思うのか



 なぜ、私は今ここにいるのか。


 私ーー出雲 梨真は暗く冷たい牢獄の中でずっと考えていた。考えてはいるもののその答えは明白だった。


 私が罰せられるに値する行いをした、だから処刑されここにいるのだ。


 しかし、その事実とは裏腹に不思議な感覚だった。

 私は死んだのだ、首が落ちた感触は今でも覚えている。


 それだというのに私はこうして息をしている。

 決して生きているわけではない、死んでいるのだと記憶と感覚が告げる。


 ここは地獄、全ての生物が生きてはいない。


 目の前を通る看守も向かいで自身の行ってきた功績(だと思い込んでいる悪行)を常に叫び続ける男も隣の独房でぶつぶつと独り言を続ける女も誰も生きてなどいないのだ。


「106番」


 看守がそう呼びながら私を見て、持っている紙に何かを記入した。


 ここでは私に名前などない。

 常々呼ばれるのは番号のみ、それの所為か自身の名前が一体何だったのか、たまにわからなくなる。


 名前だけではなく、自分の存在も。

 しかし、そう思う頃に映像のように頭に自身の行いが流れる。きっとそういうシステムなのだ。


 犯した罪を忘れないようにするシステム。


 それに加えてこの場所は囚人の心を疲弊させるように出来ている。暗くジメジメとして、光が届かない。


 だから、今は昼なのか夜なのか。

 天気も季節も、どれだけ時間が経っているのかすらもわからない。


 初めてこの場所に来た時、死ぬときの無気力さも何もかもが無くなって、再び私にチャンスがやってきたのだと感じた。

 ここから一体どう抜け出してやろうかと必死に考える程の元気さがあった。


 だが、そんな考えは一瞬で無くなった。

 どう足掻こうとここからは逃れられない。


 もし抜け出したとして、どこまで地獄は続いている? 天国や現世に繋がる道なんてある?


 考えれば考える程不安が大きくなって、絶望しか見つからない。


 それに、私があの世界で為せたことの全てはシルフレアによる力と彼女の存在があったからだ。


 私の最強の味方は神々や死神に捕らえられ、もう側にはいない。いや、彼女に期待するのは既に諦めていたはずだ、今更縋るつもりなどない。


 彼女はこの地獄の最下層に幽閉された。

 そういう噂が飛び交っているのを聞いた。


 ここは最下層の少し上だ、下の様子が聞こえたっておかしいことではないだろう。


 あぁ、それにしても喉が渇いた。


「み、ず……。」


 そう呟いたところで、そんなものは現れない。

 食事も水も与えられない、常に極限の空腹と喉の渇きを感じる。だからといってその苦しみから逃れる術はない。


 眠りというものもない。いや、眠いという感覚はある、睡魔にも襲われる。

 そして眠ってしまった先にあるのは"悪夢"だ。眠る前よりも疲弊し、眠気が覚めることもない。


 きっと、これらも地獄の罰というものなのだろう。


 たまにこの檻の外に出られることがある。

 ただ、それは私にとって少しも楽しみではない。


 異なる苦痛を味わうことになるだけだ。

 その上、この檻の中にいる方が幾分ラクだと感じてしまう。それほどの罰。


「俺ァ、21人も殺したんだ!! てめェらとは格が違ぇんだ!! ぎゃははははッ!!」


 私の前の独房に入っている男の大声が耳に届く。

 頻繁に耳にする所為か、最初は煩いと耳障りであったそれがどうでもよくなってきた。


「ごめんなさい、許して、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」


 それよりも隣の独房の女の声の方がイライラする。

 ぶつぶつと小さな声で常時聞こえてくるのだ。

 最初は何を言っているかわからなかったけれど、聞いているうちに理解できるようになった。


「だけど、私は悪くないのよ。悪いのは全部あの人なんだから、そうよ、あの人の所為よ。だから許してくれるわよね。」


 ごめんなさいと謝る割には、この女はいつも自身の責任ではないのだと逃れていた。

 そんな様子だから、この女はここにいるのだろう。


 この階層には、私が日本いたときに耳にしたことのある名前がいた。それはどいつもこいつも極悪人で、死後地獄の下層に送られたとしてもおかしくないような人物ばかりだった。


 だだ、シルフレアの階層にいる人たちの名前を聞くと最下層と下層で差をつけているのが理解出来る。

 そんな面々が揃っている。ここで名を出すことすら憚れる。


 いや、私の独白を一体誰が聞いているというのだろうか。しかしながら、ここにいると私の考えていることなど全てどこかに筒抜けになっているような気分になる。


 頭にすぐ浮かぶような世界的大罪人が最下層にはいる。それ以外の聞こえた名前はきっとどこか別の世界の人たちなのだろう。


「なぁ、お嬢さん。君は一体何をしてここにいるんだい?」


 突如として斜め前の独房の男が話しかけてくる。

 これは初めてのことではない、もう何度目か、数えることすら億劫だ。


「僕は、人の肉を食べた。僕の世界ではそれが禁忌とされていたんだ。いや、どこの世界でもそうなのかな? でも僕にとっては、人の肉が一番美味しく感じたんだ、特に女性の頬なんかはとびきり美味しい。」


 この話だって何回聞いたかわからない。

 この男は冷静そうに見えて、相当狂っている。


 今もそう話しながら自分の腕が美味しそうに見えるとガジガジ噛み始めている。


 それもいつもの流れだ。

 あぁ、この状況に慣れを感じている自分が恐ろしい。


 どいつもこいつも気が狂っていて、頭がおかしいというのに。


 いや、きっと私もアイツらと同等なのかと冷静に考えていた。ここにいると、生きていた頃よりも随分と物事が冷静に考えられる。


 私がしてきたことを鑑みることができるし、それに対しての今の状況に「なるほど。」と納得もできる。



 だけれど、私は何も間違ったことをしていないと、あれだけ断罪されたというのに未だに思ってしまうのは何故だろうか。



 そんなことを考えながら、地獄での日々を私は送っていくのだ。心も理性も壊されず、楽しみもなく、苦しみと終わりのない時間だけを抱えて。


 永遠に。

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