第40話 処刑の時間です 後編


「聖女の紋章の価値をなくす?」


 リマさんを糾弾する3日前、私とライオットさんは様々な確認や作戦を練るために王宮の一室で打ち合わせをしていた。


 その際、ライオットさんが神々の意向を述べたのだ。


「そうです。聖女の紋章を以って聖女を任命することがシルフレアの仕事。ということは、聖女の紋章に価値をなくせばシルフレアは2度と聖女を選定できないのですよぅ。」


 まあ確かに一理ある、と私は納得し頷いた。


「そもそも、リマさんの"聖女"という称号を剥奪しないことには刑に処することは難しいでしょうし。」


 国としてリマさんの行動を咎めれない第一の理由としては、彼女が聖女であることだった。


 だから、リマさんに処罰を与えるには聖女という称号を無くすことが最も手取り早い方法だ。

 しかし、それは私たち人間には難しい。なぜなら、聖女とは神によって選ばれるものだからだ。だけれど、神々と結託できた今となってはその手っ取り早い方法を行使できる。


「そうなると、今後どう聖女を選定するか決めなくてはならない。まぁ、そのことについてはこの前の会議で討論したので、いま議論する問題ではありませんがねぇ。」


 ライオットさんは淡々と述べるので、私もさらりと流してしまいそうになるが「その方法とは?」と食い気味に質問した。


「アイネス以前の聖女たちを汚すわけにはいきませんから、出雲 梨真が持つ聖女の紋章は悪魔により利用されたことを人々に知らせる必要性があります。」

「えぇ、それはわかります。」

「そこで、お告げによってその事実を神殿の者たちに伝えるのですよぅ。それから、今後はお告げにより聖女の選定を行うことも告げる。そうすれば、神殿の多数のものがお告げの存在を立証してくれるでしょう。」


 ふむ、と一瞬納得しそうになるがそれは都合が良すぎるのでは? と疑問は解消されなかった。


「お言葉ですが、その施策には穴があります。神殿側の策略ではないかと考える人々が一定数現れるのではないでしょうか。」

「勿論、それが本物である根拠は必要です。したがって、お告げによりミシュメール・トリドリッドを代わりの聖女として選定します。そして、公の場で聖属性の魔法を使って貰えば証明になるでしょう。」


 なるほど、聖女には"聖属性の魔法"というただ1人しか使えない魔法がある。それによってミシェルが聖女だと立証出来れば、神のお告げは真実となる。


 聖女は世界に2人と存在しない、だからこそ出来る立証法だ。


 だが、まだ納得いかなかった。


「そのような方法があるなら、何故もっと早く行使しなかったのですか? 結局は、神々もこの一連の騒動を楽しんでいたわけですか?」


 私は、神々が我々を故意に放置したのだと思い、怒りが湧き上がってきて、その怒りをライオットさんにぶつけた。


 しかし、ライオットさんは首を横に振りそれを否定した。


「神は信仰が力の全てです。聖女も神々による力の現れ。シルフレアの選定した聖女に人々の信仰が集まっていれば、たとえ私たちが他の者を選定したところで聖女にはならない。だから、私たちのお告げという手段はいつでも行使出来る無敵の手段などでは決してないのですよぅ。」


 信仰が力となる。

 それは初めて耳にする事象だった。


 神々は森羅万象何にでも左右する無敵の力をもった者たちだと思っていたからだ。


 だが、神々がお告げを行使すると決定したことは、リマさんという聖女へ向かう人々の信仰心が皆無に等しくなったということだ。


「今回、貴方と話し合いたいことまた別の事柄です。」


 私が納得した素振りを見せたことで、ライオットさんは話を進める。


「良いですか、私たち神々は直接的に人間界に働きかけることは出来ません。我々にできることはあくまでも裏方業務に過ぎないのですよぅ。」

「それが、何か問題でも?」


 聖女選定は直接的ではないのか、と突っ込んでしまいそうになるがそれは一旦我慢して私は首を傾げた。

 その様子を見て、ライオットさんは大きくため息をついた。


「簡潔に言いましょう。出雲 梨真が危機に瀕した時に初めてシルフレアは姿を現し、悪魔として全てを滅ぼしてしまおうとする。だけれど我々は神として現れてシルフレアに対抗することも天罰を下すことも出来ない。」


 つまり、多くの人が死にアレグエッド王国は崩壊する。そんなシナリオが展開されるわけだ。


「何故ですか? 多くの人々が死んでしまうという状況で、神は私たちを見捨てると?」

「あくまでも、私たちの存在意義は世界の均衡を保つため。だからこうして世界に紛れて生きているのですよぅ。直接的な働きかけは大きく世界に影響を与えてしまう、最悪世界が滅んでしまう。神として出来る精一杯のことは、紋章やお告げで間接的な行為のみなのです。」


 それが、ライオットさんにとって大きな悩みのタネだ。そうとでも言うように憂いの表情を浮かべる。


「悪魔という存在は人々の目にハッキリと映り、その存在の証明は成されることでしょう。悪魔の存在はこれまでの人々の目に触れ伝承されています。ただ、その後それを一体誰が止められるというのです? シルフレアは元々聖女の選定者、聖女の力など及ばない。そして、この世界に勇者などいない。」


 勇者が悪魔から世界を救う。

 そんな御伽噺のような奇跡は、現実には起こらない。


 悪魔が一国を滅ぼすという悪夢だけが世界に残り、それは徐々に世界を侵食していくのだ。


 だが、そんな結末は許さない。きっと何か解決策はあるはずだ。

 今まで長い歴史の中で、何も起こらなかったわけがない。神々が忘れ去ってしまったのか、それとも人が願った絵空事なのか。何でもいいから何か見つからないか、と私は読んだ数多くの本を思い出そうと頭をひねる。


「そうだ。」


 私は、パッと頭に閃いたことを伝えるために少し身を乗り出した。


「李煬帝国の昔の文献に、神が獣の姿を取って現れたということが載っていたような覚えがあります。」


 それは随分おぼろげで、確かなのかは私にもわからない。けれど、それは1つの案としては正当性を帯びていると確信していた。


「ふむ、そうした姿で人前に神として現れた事例は一度もないのですが……。」


 ライオットさんは、うーんと首を傾げながら言う。

「どこでそんな……。」や「ヤツならやりかねない。」などボゾボソと独り言を呟いていたが、私は多少の自信を持って発言した策が通らなかったことに少しガッカリしていた。


「いや、もしかしたら、その方法は有効なのか?」


 ボソリと呟いた中の一言が、私の表情をパッと輝かせる。


「私たちが神獣に変化し現れることは出来ませんが、他の何かが神獣として現れ、私たちがお告げとして言葉を発すれば、ユニさんの言った通り神が獣の姿を取って現れたと人々は感じることでしょう。」

「他の何か……メルガーは私の前で龍や人の姿に変化して見せた……もしかして獣の姿にもなれるのですか?」


 私が問いかけるとライオットさんは笑みを浮かべながらコクリと頷いた。


「龍に獣に変身してもらい、私たちが言葉を発する。そして群衆に私以外の神が紛れれば……人々に直接的に関与せずシルフレアに対抗出来ますねぇ。」


 私とライオットさんは目を合わせ、この方法を取ることに最終決定をした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 あの日の作戦は無事に遂行され、シルフレアは討たれた。いや、討たれたのではない、捕らえられたのだと真横から聞こえた「ご協力ありがとうございます」という秋紅音の姿なき声により理解出来た。


 その場にいる人々は一体何があったのか、呆然とし状況を飲み込めずにいた。


 処刑の進行をしていたライオットさんは、当然のことながら動じてはいない。

 くるり、と人々の方に向き直りスゥと大きく息を吸い込んだ。


「悪魔は神により裁かれた! これより再びリマ・ベネダの処刑を執行する!」


 静寂が流れていた広場に、ライオットさんの声が響き渡る。この声により、人々は今何が起こっていたのかを理解し、わぁっと歓声があがった。


 悪魔が消えたことへの喜び、虎 = 神を讃える声。

 それは次第にリマさんへの糾弾に変わっていった。


 奇しくも、シルフレアのリマさんを助けようとする行動は最終的にリマさんが悪魔の使いであるということを決定付けたのだ。


 私はリマさんの表情をジッと見つめた。

 シルフレアが消え去っても、観衆にどんな罵声を浴びせられようと、相変わらず表情一つ崩さずにいる。


 彼女は今、何を考え何を思うのか、私には何もわかりはしなかった。


「最期に何か言いたいことは。」


 ライオットさんがリマさんに問いかけるとリマさんは顔色を少しも変えずに「ないわ。」とだけ答えた。


 もう、彼女を守るものは誰一人いない。

 その存在を彼女は自ら手放し、そして自らは闇に飲み込まれたのだ。


 魔法師団の団長がセオドアさんの剣をより鋭いものにし、その剣は少女の首へ一直線に目掛けて振り下ろされた。




 ーこの日、出雲 梨真は公衆の前で処刑された。

その少女の名は『悪魔の女』として後世まで語り継がれ、彼女の行った過ちは記録に残っているというー




 私は、処刑が終わったあと通りかかったライオットさんに声をかけた。


「あなたたちは、本当はこの状況をただ狙っていただけなのでは?」

「さて、何の話でしょうか。」


 私は、処刑を見ている最中の人々の眼差しや自身の神へ祈っていた気持ちを思い返して一つの結論に辿り着いていた。


「これで、人々の神に対する信仰は再び揺るぎないものになりました。」


 私の見解を聞いて、ライオットさんはフッと鼻で笑う。


「そんなことはありません、偶然ですよぅ。」


 そういって立ち去るライオットさんの顔には、恍惚な笑みが含まれていることに私は気がついた。


 全ての事の顛末を知る私は、なぜ現代まで根強く信仰が残っているのかを何となく理解したような気がした。

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