第39話 処刑の時間です 前編


 コツリ、コツリと硬く冷たい石の床に私の足音が響いた。


「出雲 梨真が収監されている牢屋はこの先です。」

「どうも、ありがとう。」


 衛兵に告げられ、私はリマさんのいる牢屋へ歩みを進めた。


 明日、出雲 梨真の処刑が行われる。

 その前にどうしても聞きたいことがあった。


 なぜ、どこまでも私を悪役にしていたのか。

 それは私の中で常々疑問に思っていたことで、しかし彼女に問いかけるような時間はなかった。


 いや、ただ私が必要以上に彼女と接触したくなかっただけかもしれない。


 もしかしたら私は、自身の知らない間に彼女にとって嫌悪感を感じるような何かを行なっていたのではないだろうか。


「おい!! ここから出せぇ!!」


 通りかかった牢屋の中から怒声が聞こえた。


 きっと私が貴族の娘だから、少し荒げた声を上げれば怯えるとでも思ったのだろう。


 ちらり、とそちらに冷たい視線を送ると牢屋の中の男はチッと舌打ちをして奥に引っ込んでいった。


 ここにはそういった小さな心の持ち主ばかりがいる。


 出雲 梨真の心は一体どうなのだろうか。

 まぁ、少なくとも心が広いとは言えない。


 私は歩みを止めて牢の中を見つめた。

 奥で壁に背を持たれながら足を抱えて座り小さくなっている少女が目に映った。


「……何の用?」


 顔を上げ、鋭い視線が私に送られた。


 媚を売ったような今までの態度は少しも感じられず、今まで私が見てきた彼女と本当に同一人物なのかと思わされる。


「貴方と、今までちゃんと話す機会が無かったので、最後に話をしようと。」

「あたしは話すことなんてない。」


 私の言葉に被せるほど食い気味に言葉をねじ込み、会話を終了させて、リマさんは私から目を逸らした。


「……私が知りたいの、どうして貴方がそこまで私を敵対視するのか。」


 私が告げると、リマさんはキュッと眉をしかめた。


「もしかしたら、貴方の気に触るようなことを何かしたのではないかって。」

「あぁ、あんたは全ての原因が自分にあるんじゃないかって保身の為に心配してるわけね? じゃあ良かったわね、別にあんたはあたしに何もしてない。」


 リマさんは何か面白く感じたようでニヤリと笑って、それから背筋を伸ばしてしっかりと私を見据えた。


「あんたも大した人間じゃないんだって分かったら少し元気が出てきた。」


 保身の為と言われて、そうではないのだけれど、もしかしたら少しはそう言う気持ちもあったのではないかと特に反論する気力は湧かなかった。


「それなら、一体理由は何? 貴方がそこまで私を悪役にしたい理由は?」


 リマさんは、じっと私を見てから徐に立ち上がり私の目の前まで歩いてきた。

 そして、牢屋の隙間から手を伸ばし人差し指で私を指差す。


「あんたが、ゲームの、悪役だからよ。」


 げぇむのあくやく??


 すぐに理解をすることが出来なかった。

 それは一体どういうことなのか。


「あたしが主人公で、あんたはそれを邪魔する悪役。あたしをここに入れたのだってどうせあんたの策略でしょ? 見事に私はゲームオーバーってわけ。」

「貴方の中で、私が悪役だと決められた。それが貴方が私を徹底的に悪者にしたがった……追い詰めようとした理由?」

「そうだって言ってるでしょ、同じことを言わせないで。」


 リマさんは不機嫌そうに顔を歪ませながら再び牢屋の奥に引っ込んだ。


 ただ、リマさんが定めたという不条理な理屈で私は何度も責め立てられ、悔しい思いをしてきたのだと思うと胸の中でふつふつと燃え上がる何かがあった。


 だが、その過去は変わらないし、私は彼女に罪を償わせるための仕事を終えた。

 明日彼女は処刑され、それで一連の事件は全て終息する。


「もう一つ聞きたいことがあります、アイネス・ユーロズロッドという名前に聞き覚えは?」

「誰それ、聞いたこともないわ。」


 彼女の魂はアイネスのものと同じであった。

 しかし、リマとアイネスは同じ人間だと言えるのだろうか?


 聖女になる前のアイネスは、誰からも認められる心優しい善の魂を持つ少女であった。

 それが、シルフレアという女神により歪まされ出雲 梨真という人間が出来上がったわけだ。


「あたし、謝らないわよ。」


 考え込んでいると、リマさんから声をかけられてハッとする。

 涼しげな表情をした彼女の瞳と私の瞳が交差した。


「……謝って貰おうなどとは思っていません。貴方の犯した全ては、明日貴方の命をもって償ってもらうのですから。」


 私は踵を返し、リマさんの牢から離れて行く。

 再びコツリ、コツリと私の足音が響き渡った。


 歩きながら、私は彼女もある意味は被害者なのではないかという考えを頭によぎらせた。


 しかし、すぐに頭からその考えを振り払った。

 仮にそうなのだとしても、国に甚大な被害を与えたことは事実であった。


 これは、魔女狩りなどではない。

 証拠も事実も全てが揃った、正当な処罰なのである。


 そこに情けなどは不要なのだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「これより、出雲 梨真の処刑を始める!」


 遂に処刑が行われる。


 処刑の進行はライオットさんが、斬首刑の執行は騎士団の隊長であるセオドアさんと魔法師団の団長が担っていた。


 リマさんは壇上で膝をつき、手を後ろに縛られた状態でいた。


 聖女の処刑ということで、広場には多くの人々が集まっていた。いや、人が少ないと考える方がおかしいだろう。


 私はというと、壇上から少し離れたところからその様子を眺めていた。


「罪人は"悪魔魔法"という禁忌を犯し多数の貴族や王族を操り国を傾けようとし、国庫を私利私欲のために使い果たした! 聖女でありながら務めを放棄し、立場を利用し暴利を貪り、更には自作自演の毒殺事件をおこし他人に罪をなすりつけた! 以上のことは極めて重罪であり、神により聖女の称号が剥奪された今、減刑することなどは認められない。よって、出雲 梨真を斬首刑に処す!」


 ライオットさんの声が広場に響き渡る。


 それを受けて、人々は「殺せ!」と声を上げた。

 困窮を強いられ怒りを抱えた人々は、目に見える"敵"に全てをぶつけていた。


 地面に落ちた石を持ち、前の方で見ている人々はリマさんに向かってそれを投げた。


 ゴン! とそれが見事にリマさんの頭にぶつかり一筋の血が流れた。


 民意とは何とも酷いものだ。

 見ていたくなくて目を逸らそうとも思ったが、何だか逸らしてはならないような気がしてジッとリマさんの姿を目に焼き付ける。


 キッと前方を鋭い視線で見つけるリマさんの背後で黒いモヤが立ち込めた。


 空も暗雲が立ち込み、光がなくなっていく。


「あれは、なに?」


 私は、ボソリと呟いてそれを凝視した。

 それは次第に人の姿を模していき、そして1人の女性が現れた。


 私はその女性を一度も見たことがないにも関わらず、彼女が『シルフレア・ニエス』なのだと理解できた。


 突如現れた女性に、その場にいる誰もが身動きを取れずただただ唖然としていた。

 一体なにが起こっているのか、誰にもわからなかったのだ。


「私の愛し子に一体なにをしようとしてるの?」


 緩やかで綺麗で、だけれど何だか不快で仕方がない声が空気を伝って広場に充満する。


 パッとシルフレアの背中に大きな翼が現れた。

 それは綺麗な白いものではなく、漆黒に染まった禍々しいものだった。シルフレアの瞳は赤、それは紛れもなく伝承に残された悪魔と同じ姿だ。


 その姿を見た途端、実際に悪魔を見たことがなく伝え聞いただけでしかないというのに人々はそれが"悪魔"という存在なのだと理解した。


「りま、どうして大人しくしてるの? すぐに私を呼んだらいいのに。あなたはなんにも悪くないんだから。」


 シルフレアは背後からリマさんをキュッと抱きしめる。当のリマさんは表情一つ変えず、シルフレアへ目を向けようともせずにジッと目の前の人々を見つめていた。


 近くにいたライオットさんは、旧友との再会に激しく怒りを露わにしていた。

 ただ、シルフレアはちらりともライオットさんを見ようとはしなかった。彼女にはリマさんとそれ以外という認識しかないらしい。


「あいかわらず人間って不快よね。りま以外み〜んな好きじゃないわ。みぃんな消しちゃお、うふふ。りまはアイネスの時みたいに別の世界に飛ばしちゃえば良いし。」


 愉快そうに且つ優雅に飛ぶシルフレアは、その様子とは反対に物騒なことを口にしていた。


 シルフレアは、ここにいるすべての人を消してしまう気だ。


「さよなら! 人間たち!」


 シルフレアは手を空にかざし、黒く渦巻く大きな魔力の塊を作り出していた。


 その場から逃げ出したいのに身体が動かない。

 それは他の人々も同じで逃げ惑う人で溢れてもいいはずなのに誰一人として動き出そうとしていなかった。


 ただ、その表情には絶望と恐怖だけが存在している。


 シルフレアが攻撃を放とうとしたとき、背後で一筋の光が差し込んだ。


「なに?」


 シルフレアが忌々しいというように振り返ると、光を纏った1匹の虎がそこにいた。


「あ〜、なるほど。今さら私のことを止めようっていうのね?」


 面白いというようにニタリと不気味な笑みを浮かべながらシルフレアが言った。


 "神の愚行は神が裁く"


 そう天から声が落ちてきた。

 人々の顔に少しだけ希望が映る。


「あっははは! 今まで私のことを見つけることすら出来なかったのに??」


 無駄だと言わんばかりにシルフレアは虎に向かっていく。シルフレアは虎に攻撃を放っていくが、虎は華麗に攻撃をかわしていった。


 私たちはその様子を眺めるしかできず『どうか神が悪魔を退治してくれますように』と願うことしか叶わなかった。


 しかし、それだけで十分だ。

 神は人々の信仰心が強さになる。


 今、私たちの信じる神の力は以前に比べて何倍にも強いものになっているはずだ。


 暗く雲に覆われていた空に一筋の光が差しどんどん増えていき、それがシルフレアに注がれていく。


「だからこのタイミングでッ! ずるいぞお前ら! 出て来い!!!」


 シルフレアは今までの優雅さを捨て去り、悪魔らしい憎悪に満ちた声で叫んだ。それから観衆に向けて血走った目をギョロギョロと動かし、そして一点に目を止める。


 ニィと笑いながら猛スピードで向かうのはライオットさんの元だった。

 今やっとシルフレアはライオットさんが人に変装した神だと気がついたのだ。


 ライオットさんに辿り着く半ば、光は最大になりシルフレアを貫いた。


「いやッ! やめて、光は、光はイヤ!」


 シルフレアは顔を両手で覆いながら身悶える。

 翼から次第に消滅していきそれは体にも侵食していく。


「いやぁあああああッ!!!」


 叫び声と共にシルフレアは消滅し、空は雲一つない青空に変わり光が溢れた。


 ライオットさんは勝ち誇ったように笑みを浮かべ、虎は一つ咆哮をあげて消えた。


 この状況の中で真実を私だけは知っていた。虎自体はメルガーが変身した姿であり、実際にシルフレアへ裁きを与えたのはこの群衆に紛れている神々であることを。


 これは事前にライオットさんと話し合っていた作戦のうちの一つであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る