第38話 聖女に反撃しましょう 後編
「出雲梨真、これらの罪状から貴方への判決を陛下より伝えます。」
「ま、まって!!」
ライオットさんが陛下に促すと同時にリマさんは声をあげた。
「何かの間違いよ。わたしは聖女だし、全てのことは周りがやってくれてたことでわたしのせいじゃないのよ。」
苦しい言葉を紡いでいく。周囲の人はまだそんな言い訳をするのかと冷たい視線を送った。
しかし、ただ1人だけ彼女を守ろうと前に立つ男がいた。愚かな男、リュドリューク・アレグエットだ。
「父上! リマは神に認められた聖女です。そんな彼女が罪に問われるわけがない! 彼女は心優しい女性です、きっと何かの間違いなのです!!」
「リューク殿下……。」
自身を庇うリューク殿下に対して、リマさんは頰を染めてうっとりと彼を見た。
今そんなことをしている場合なのか? どこまで脳内お花畑なのだろうか?
「リュドリューク、其方は王族の地位を捨ててまでも彼女と共になりたい。それだけの覚悟を持って、吾輩に進言しているのか?」
「はい、勿論です。」
陛下の言葉にリューク殿下は凛とした声で迷いなく合意する。
周りはまたざわりと騒がしくなったが、そんなことよりも私はただその時のリマさんの表情にだけ目がいった。
眉を潜めて何を言っているのだ、というような顔をリューク殿下に向けている。
「リューク殿下、それはどういうこと?」
「言葉の通りだ、私はリマと共に在りたいと思っている。」
「いや、それじゃなくて……王族の地位を捨てるですって?」
リマさんの言葉に私は嫌な予感がした。
脳裏にオルドロフ様の絶望した後ろ姿がよぎる。
やめて、その先を言わないで。
「王子じゃないなら貴方なんて何の意味も為さないじゃない!」
あぁ、言ってしまった。
リマさんの言葉にあたりがシーンとなり静寂が広がる。このようにオルドロフ様も切り捨てられたのだ、と理解して私は静かに怒りを感じた。
ふつふつと心の奥から湧き上がってくる。
貴方が私利私欲のために人を操らなければ、いやそうであったとしてもあの時に切り捨てなければ、オルドロフ様は命を落とさずに済んだかもしれない。
「どうして……。」
今でも覚えている。
人が冷たくなっていく感覚、温い血の感触、目の前で人が死んでいく光景。
手が震える。
戦争で慣れたと思っていた、けれどあんなにも目の前で知る人が死んでいくのは初めてのことで。
いいや、今は忘れろ。
リューク殿下を見るとショックを受けたのか、言われたことを理解出来なかったのか、口をぽかんとあけて放心状態だった。
「……リュドリュークの処遇はまた後日とする、連れて行け。」
陛下がそう一言告げると、兵士たちはリューク殿下を連れて行く。リューク殿下は心ここに在らずで、引っ張られるようにこの場を後にした。
「ねぇ、エドワードとカイルはどこなの? ここ最近様子がおかしいの、みんなそうなの。」
リマさんはいなくなったリューク殿下のことを気にも留めず、お兄さまとカイル様をキョロキョロと見回し探した。
「あなたが、オルドロフ様を殺したのよ、その自覚はあるの??」
「はぁ?」
私が耐えきれずに言うと、リマさんは何を言っているのかと眉をしかめた。
オルドロフ様とのことがありながら、何故同じことを他の人にも出来るのか、私には不思議で堪らなかった。それと同時に怒りを抑えきれなかった。
「殺したのは男の子なんでしょう? わたしは関係ないわ。」
「直接的じゃないにしても、全てのキッカケは貴方にあるのです。貴方のその傍若無人で非人道的な行いが多くの人を不幸にしていると、なぜ気付いてくれないの!?」
「ユニ、やめなさい。」
私が叫ぶように訴えると、お父様が私の肩を抱いた。それで少しだけ落ち着いて、大きく深呼吸をする。
感情的になりすぎた。
こんな場所で声を張り上げるなんて、私らしくない。
「何度も言うけれど、聖女なのよ、わたしは。聖女である限り、わたしと言う存在は揺るがない。」
全てを確信したように、口の端を吊り上げてリマさんは笑う。その様子はどう見ても聖女ではなかった。
「いいえ、貴方はもう聖女ではありません。」
バタン、と扉が開いてミシェルが現れた。
ゆっくりと歩きながら、しかしながら凛とした姿でリマさんの隣に立つ。
「陛下には既にお伝えしていましたが、この場にて私の口から報告することをお許し頂けますでしょうか。」
ミシェルが陛下に問いかけると、陛下は「認めよう。」と一言承認の言葉を述べた。
「先日、教会にて神のお告げを聞きました。その時、神殿にいた多くの者がそのお告げを聞いています。なので、これは私一個人や神父様が独断で申し上げているものではありません。」
「そのお告げが一体なんだって言うの?」
唐突にこの場所に乗り込まれ、そして自身を聖女ではないと言われたことであからさまに苛立ちを見せていたリマさんが口を挟んだ。
それにより、ミシェルはリマさんを一瞥したあと端的に話した方が良いと判断したように口を開いた。
「出雲 梨真は悪魔の使いであるため、これより私ーーミシュメール・トリドリッドを聖女とする。そう神は仰られました。」
どより、と王城内はざわめいた。
それが正しい反応であると私自身も感じた。
「そんなの、言いがかりよっ!! 第一どこにそんな証拠があるっていうの!?」
確かに言葉だけでは、その話を信じる決め手が何もない。だが、ミシェルはそう言われるだろうと見越していたように、両手を組み目を閉じた。
瞬間、パアアアと光が室内を満たした。
心が洗われるような、そして身体が全て癒されていくような、そんな感覚が満ちていた。
「これは……聖属性の魔法……。」
誰かがぼそりと呟いた。
ミシェルが使った魔法は聖女にしか使えないとされる魔法で、それを使ったことが正にミシェルが聖女であるという証拠だった。
「それは、何で……?」
そう言ってリマさんは目を泳がせた。
自分以外の者が聖属性の魔法を使えることを受け入れられず、明らかに混乱していた。
「神は仰られました。聖女の紋章が悪魔によって悪用されてしまったこと、これを受けて今後の選定はお告げにより行うこと、そしてこの度のお告げにより私が出雲 梨真に代わり聖女となること。」
「あり得ない!!!」
リマさんは告げられた内容に憤慨し、これまでで1番の声量で怒鳴った。
それから、自身が聖女なのだと主張する様にミシェルと同様に手を組み目を閉じた。
しかし、ミシェルの時と異なり何も起きることはなかった。
「どうして……? 何も起きない……そんな筈は……。」
リマさんは自身の想像していたことが起きなかったことに困惑した。
「貴方は"聖女"という称号を剥奪されたのです。貴方の祈りを神が聞く筈などない……。」
これでリマさんの切り札は無くなった。
自身が聖女であるという事実が彼女の自信の全てだったというのに。
「聖女はこの世に1人だけよ。」
かつてないほど冷酷な表情でミシェルはリマさんを見つめ、言い放った。
「それでは私は失礼いたします。」
ミシェルは綺麗に陛下にお辞儀をし、その場を後にし周囲の人の中に紛れた。
「では、出雲 梨真への処遇を言い渡す。先程述べたさまざまな罪状から其方の行いを国として許す事は出来ない。聖女で無くなった今、其方には温情をかける理由もない。3日後、斬首刑に処す。」
場内はざわつくかと思われたが意外にもシンとしていた。誰も言葉を発さず、その判決を受けてジッとリマさんを見つめていた。
リマさんは、ハッと息を飲み顔をあげたが今までのように喚くことをしなかった。
ただ、受け入れた様子もなく、その判決に対して解釈出来てないようで言葉を吐けないほどに頭が混乱しているのだろうと予想出来た。
いや、ただひとつその顔に絶望の色だけがハッキリと見えることは明らかであった。
リマさんの両脇を騎士たちが抱え地下牢へと連行されていく。その最中、リマさんは私のことを……私の目をジッと睨んでいた。
私もその目を離さずに見つめ返していた。
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