第35話 全ての始まりを知りましょう 中編



 全員がライオットさんに注目していた。

 ただ、リドルの興味なさそうな様子からして、これから話すことを知らないのは私とオズウェル、そしてエルシエル様の3人だけなのだということが理解出来た。


「今回の事件の元凶は、メイエン地域を担当していた女神『シルフレア・ニエス』によるものです。」


 あぁ、そこまで関わってしまうのか、と内心落胆する。神の遊びに私たちが振り回されたということか。


 人間にはどうにも出来ないのではないか、という次元の問題に私たち%人は肩を落とす。


「ただ、全ての元凶がシルフレアなのであって、彼女だけで成し得た事件ではありません。そこにはリマ・ベネダ……いえ、出雲 梨真の存在があります。端的に言うと、出雲 梨真の処罰はシルフレアを捕まえてからでないと行えず、また出雲 梨真の存在がなければシルフレアは捕まらないのですよぉ。」


 リマさんは女神の存在があるからこそ、この横暴を可能にし、そして彼女を女神が守っているからこそ我々人間には手が出せない。

 しかし、女神の存在もまたリマさんという『囮』を使わなければ捕らえられない。


 だから、今私たちはここにいるのだ。


「つまり、神という存在を知る人間による手助けが神々にも必要、ということでよろしいのでしょうか。」

「そういうことになりますねぇ。」


 私たちにもまだ対処出来る術がある、という事実に一先ずホッとする。

 ただ、何もせず解決を待つというのはかなり不快だ。


 少なくとも国に与えた被害の分だけリマさんには罰を受けて貰わなければならない。

 それが、国としての在り方だから。


「話を続けましょう。シルフレアは、メイエン地域で神殿の最高位という立場で国の均衡を保っていました。その立場は人々に顔を見せないものなので、彼女を知る者は極少数でした。また、彼女は神の使いである聖女を降臨させる役目も担っていました。」

「彼女が出雲 梨真をこの世界に降臨させたことが元凶ということでしょうか?」


 ライオットさんの説明に対して、エルシエル様が自身の見解を述べる。

 それに対して、ライオットさんは少し首を傾けた。


「うーん、それが不正解とは言えませんが正解とも言えませんねぇ。確かに、出雲 梨真をこの世界に降臨させたのは間違いなく彼女です。その証として彼女には聖女の紋章がある。しかし、それはほんの一部の事実でしかないのです。元凶たる真実は、メイエン地域がなくなってしまった過去にあります。」


 メイエン地域の事件。

 それについて私たちは詳しく知らない。ただ先日発見した文献によって、今回のリマさん同様『聖女の暴挙』によって国が衰退したことが根本の原因であることは理解している。


 その事実すら世の中で知る者は何人いるのだろうか。

 世の中の真実は、ルジエナによる侵攻の末に敗れた国だという認識でしかない。


「メイエン地域で起きたルジエナとの戦争の数ヶ月前、シルフレアはメイエン地域の令嬢『アイネス・ユーロズロッド』を聖女に選定しました。アイネスは誰よりも優しく誰からも好かれるような魂の美しい少女でその選定には我々も異議を申し立てることはありませんでした。」


 それ程の人物が暴挙を起こすことに些か疑問を感じる。


 リマさんに至っては、そもそも男性を侍らせることに対して熱心であることは最初から分かりきっていたことではあった。

 聖女としてごく僅かな務めはしていたものの、それは二の次。


 しかし、アイネスという聖女は誰からも認められる聖女としての器だった。


「そもそも、リマさんが聖女になったということは皆さんがそれを承認してしまったということでしょうか?」

「それは断じて違う。」


 私の問いかけに、ジュファがすぐさま否定をする。


「我々も聖女という存在に対しては慎重に選んでいる。今回はシルフレアの独断で行われた極めて勝手な愚行だ。」


 では、やはり……リマさんは聖女の器ではないということだ。なるべくしてなった訳ではない存在。


「出雲 梨真とは異なり、アイネスは聖女の務めにも誠心誠意取り組んでいた。男共に目移りをし、私欲のために国を傾けるような存在を、我々が聖女として承認することはない。」

「しかし、メイエンの衰退も聖女の暴挙によるものだったはずです。詳しくは書いてありませんでしたが、そのような文献を拝見しました。あなた方はリマさんのような者を聖女として承認しないと言いながら、過去に一度承認してしまっています。」


 ジュファの発言の矛盾を私がつつくと、ジュファはバツの悪そうな顔をした。


 第三者から見たら、神様に楯突く私はどう映るのか。完全に身の程知らず、不敬罪にでも問われてしまうだろうか。


「シルフレアの影響が、アイネスを歪めてしまったのですよぉ。」


 再びライオットさんが口を開く。


「シルフレアはアイネスを酷く気に入っていました。確かに珍しい程に綺麗な魂でしたから。しかし、純白で綺麗な魂は黒にも染まりやすい。シルフレアは女神の立場を超えてアイネスに干渉し、彼女が不自由なく幸せに生きられるように魅了の力を授けた。初めはアイネスも善良的なことに力を使っていたようで、他人を貶める貴族や悪事に手を染める官僚、町の荒くれものまで罪を認めさせていきました。しかしながら、小さな私欲のために魅了を使ったことがきっかけで彼女の心は欲望に支配されてゆくのです。」


 まあ、それもシルフレアの過剰なアイネスを想うゆえの囁きのせいですが。


 ライオットさんはボソリと最後に付け加えてから、1枚の紙を取り出し私たち3人に差し出した。


「これが、アイネス・ユーロズロッドです。」


 その写真を見て、とても驚愕する。


 容姿がリマさんと酷似していたからだ。

 正確には純粋そうで優しく微笑んでいて、リマさんとは容姿は同じでもまるで別人であるかのような姿であったが。


「アイネスは、王子や騎士隊長など様々な国の重鎮を丸め込み、メイエンの均衡は崩れ内部から壊れていった結果、ルジエナに敗北しました。我々も当時はそんなことになっているとは知らず、生き残った者たちや冥府への協力のもと死者たちにまで話を聞いて回り、ようやく事態の詳細を知ることが出来たのですよぅ。」


 もしもリマさんが私たちに何も気づかせないようにしていたのならば、私たちもメイエン同様に内部から崩壊して、ルジエナに敗北していたことだろう。


「メイエンが滅んだ後、アイネスは死者としても生者としても姿を現わすことはありませんでした。勿論、シルフレアも同様に、忽然と姿を消したのです。」

「だから、どんな伝承にも"アイネス"という聖女が一体どのような者であったかという記録はないわけだ。」


 ライオットさんに続けてジュファが言った。


 確かに、偶然にも一冊だけあった記述にだって"アイネス"の名もどのような人格であったかも、どのような行いをしていたかも記されてはいなかった。


「ただ、メイエンが滅ぶ際にアイネスの隣に女がいたと言う者が数多くいました。そして彼らは口々に言うのです、まるで悪魔だったと。彼女の様子を聞いた私たちは、シルフレアが神から堕ちて悪魔になったのだと確信しました。」

「つまり、アイネスの魅了はただの魅了ではなく……。」

「ええ、シルフレアが堕ちて悪魔になったために、授けた魔法も変化して悪魔魔法になったのでしょうねぇ。」


 私が口にすると、すんなりとライオットさんが肯定した。


 先天的ではない魔法を神により後天的に得た。

 そして、与えた神が悪魔に堕ちたために魔法も共に変質した。


 聞いたこともない事例だが、神が関わっている時点でこの際『あり得ない』も何もない。


 起こっているのならば、全ては事実である。

 そういうことなのだ。


 あぁ、私も随分受け入れられるようになった。


「そして、出雲 梨真が現れたことで私たちも様々なことに合点がいきました。出雲 梨真はアイネスと瓜二つでシルフレアの授ける聖女の紋章に悪魔魔法……これだけ揃っていれば皆さんも理解したことでしょう。」


 私とオズウェル、エルシエル様は顔を見合わせた。

 全員がライオットさんの言いたいことに気づいたのだ。


 アイネス・ユーロズロッド = 出雲 梨真であるという事実。

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