第33話 王家の真実を知りましょう 後編

「そう、僕たちは幸せに暮らしていたんだ。数年前のあの悲劇が起きるまではね。」


 ずっと口を噤んでいたエルシエル様が口を開いた。


「突然だった、母は王妃さまをナイフで襲ったのさ。いや、この事はよく知られているだろう。市井までは出回らなかったとはいえ、王城の者たちや貴族たちに話が広まっていないわけがない。王妃さまへの傷害罪として母は捕えられ、部屋へ幽閉されていた。側妃という立場や王妃さまの温情で地下牢への投獄は免れた。その後、母は病死したということになっているね?」


 エルシエル様の投げかけに私はゆっくりと頷く。


「本当は違う……極一部しか知らない情報だけれど母は部屋で自害したのさ。食事に使う為に与えられたフォークで首を何度も刺して……惨い死に方をしたものだ。そして、その死は贖罪の為に行われたわけじゃない。遺書もなく表情からも予測できるものだった。何かに怯え、恐怖した表情、完全なる発狂。突如として発狂した理由は誰にも分からなかった。」


 私の知り得ない事実に驚きが隠せなかった。

 確かに側妃が事件を起こした事は知っていた。そして、側妃が病死した為にその責任が子ども達へ向かい廃嫡されたのだと貴族達の間では噂になっていた。


 しかし、病死では無く自害したのだ。


 一体、側妃は何に怯えていたというのだろうか。


「父や王妃さまは、僕たちに責任はないと言ってくれていたけれど、母の子どもだという事実が周りを恐怖に陥れてたようだ。多くの圧力が僕の王位継承権を消失させようとしていた。子どもながらに僕とミシェルは悟った、僕たちはここにいるべきではないと。大人たちからたくさん心無い言葉を浴びせられた、畏怖の目で見られた。確かに、僕たちの王室離脱は母の罪を償うためでもあるし、王族の名をこれ以上落とさないためでもある。ただそれ以上に……何よりも自分たちの為に僕らは王族を出て行くことを決意した。僕たちまで壊れてしまいそうで、逃げ出した。」


 そう話すエルシエル様の表情は、とても辛そうだった。


 後見人として、母方の家であるトリドリッド家が2人を一時的に預かったため、2人の姓は『トリドリッド』である。一時的にというのは、すぐにエルシエル様はカルクレアへ行き、ミシェルは神殿へ入った為である。


 私は無知にもエルシエル様を再び引きずり出してしまったのだ。彼のトラウマの場所へ。


 トラウマという一言で片付けてはいけないのかもしれない。逃げたと言いながらも決意して出た場所へ戻ることを私は願った。その決意の全てを無かったことにして欲しいと願った。


 どうして彼は、何事もなかったかのように承諾したのだろう。どうして、何でもないような顔が出来たのだろう。


「吾輩たちは勿論止めたのだが、2人の気持ちや意思はとても固かった。エルシエル、こうした形でも久方ぶりに会えて吾輩たちは嬉しく思っている。あの時、吾輩たちが2人を守るべきだったとずっと後悔している。すまなかった。」


 陛下がエルシエルへ頭を下げる。


 国の王が頭を下げることは通常あってはならないことだが、今は私的な場と考えて父としての謝罪だとすれば咎めるものではない。


 だから宰相も一切口を出さずに、この場の様子を静観している。


「確かに悲しい事件がありました。そしてワタクシはあの時、貴方たちを恐怖に思った瞬間があった。血は繋がらずとも我が子のように成長を見てきた貴方たちを、ワタクシは怖く感じてしまったのです。あの時の自分を情けなく思います。そんなワタクシをどうか許して頂戴。貴方たち2人は今だって我が子同然だわ。」


 王妃さまの言葉にエルシエル様とミシェルは嬉しそうに笑顔を浮かべた。


 そして、ミシェルが陛下と王妃さまの前に膝をつく。


「私は神殿に身を置いて活動を行なっています。神殿に入ったために身分も何もかも全て捨てて、ただのミシュメール・トリドリットになりました。再び王族へ戻りたいなどとは思っていませんが、またお父さまと王妃さまと家族のような関係になれたことを幸せに思います。」


 王妃さまは、ふわりと席から立ち上がりミシェルの目の前に座ってギュッと彼女を抱きしめた。


「ワタクシは、聖女でなくなっても懸命に務めを果たすを誇りに思います。王族と立場が違えど、国民を……いいえ、神殿務めとして多くの人々を照らす光であり続けられるよう願っています。」


 王妃さまは、そうミシェルに言葉を投げかける。

 2人は涙を浮かべながら立ち上がり、再び抱擁を交わした。


 そこにエルシエル様が歩み寄り、陛下と王妃さまに真剣な表情を向ける。


「僕は、この国から逃げたまま研究者として生きて行くつもりでした。しかし、国の危機が訪れ僕という存在が切り札に成り得るかもしれない中で、このまま現実から目を背け続けることは出来ませんでした。あの頃の僕は幼く逃げるという選択しか出来なかった……けれど僕は成長し大人になり強くなった。この国の王になることは、僕の運命さだめだと感じています。僕はもう逃げません、再び王族に戻りこの国の王となるチャンスを!」


 エルシエル様は、片膝をつき深々と頭を下げる。


 そもそも、幸いなことにエルシエル様とミシェルの廃嫡は公にせず内々に行われたことで、知っているものは多くなかった。


 国民は、ミシェルに関しては神殿に入っているために王族でなくなったことは周知の事実となっているが、エルシエル様に関しては王位継承権が下がったという認識であって廃嫡されたとは思っていない。


 だから、リューク殿下は「第1王子」と呼ばれているのだ。エルシエル様が「第2王子」だと認識されているから。


 それは、陛下と王妃さまの2人への配慮によるものである。2人自身が何か問題を起こした訳ではないのに、廃嫡という事実が広まると側妃の事件も重なって、より世間の2人への目が厳しくなってしまうと考えたからだ。


 国民に知られていない。

 だからこそ、エルシエル様の王族と王位継承権の復活は、成し得ることの出来る例外であった。


「吾輩は、其方の気持ちを大事にしたいとは言いつつも、一度捨てたものを再び軽々しく取り戻させるということはしたくはない。しかし、リュドリュークへの処遇を考えると、エルシエルの王族復活は欠かせぬものとなる。ユシュニス……本当にリュドリュークに希望はないのだろうか。王でありながら、吾輩は親として希望を持ちたいのだ。」

「陛下、残念ですがリューク殿下にはもう希望を持つことは出来ません。チャンスすら与えられないのです、それだけのことを殿下はしてしまったのです。」


 私の厳しくもハッキリとした意見に、陛下は少し悲しそうな顔をする。


「いいや、分かっているのだ。ただ、自身の子を王族から追い出す経験は1度だけだと思っていたものでな。リュドリュークの王位継承権を剥奪し、エルシエルを王族に戻した上で王位継承権を復活する。その後、リュドリュークへの処遇を改めて考える。それで如何でしょうか。」


 陛下は意思を固めたようで、キッと真剣な表情をして決意を口にする。

 それから、宰相を見て決定を促した。


「何にでも特例というものはありますから、認めましょう。」


 今まで一言も言葉を発さなかったライオットさんが、ここで初めて言葉を紡ぐ。

 何だか、彼の雰囲気がいつもと違う。


 そして、何よりも不思議なことが最も決定権を持っているはずの陛下が、最終決定を宰相に促していたことだ。

 このことにはオズウェルも不思議そうな表情をしていた。ただ、エルシエル様はそれを当たり前のように受け入れて疑問を感じていないようだった。


「ならば、この事実を会議で報告しなければなりませんねぇ。良いですか、エルシエルよ。」

「はい、承知しております。」


 王族であるエルシエル様が宰相に対して敬意を払っている? どういうことなのだろうか。


「心底不思議な顔をしていますねぇ、ユシュニス・キッドソン公爵令嬢。貴方はこの事件に関して極めて中心的な活動をしています、会議への参加を認めましょう。」


 会議、それは一体なんの為のものだ。

 この国の会議だというのならば、言わずもがな私には参加する権利がある。今までだって参加しているのだから。


「そして、オズウェル・ジュラード副団長。」


 ライオットさんは、部屋の端で一連の話を見聞きしていたオズウェルの方を向く。


「先日の戦争で龍の存在を知りましたね。そして貴方もこの事件をユニさんの護衛として見届けている。特例として会議への参加を認めましょう。」

「え、あ、はい。」


 オズウェルは何が何だかわからないというように、困惑しながらも返事をした。


「タイミングよく定例会議がある日で良かったですねぇ、この事態の決定を先延ばしにするべきではない。」


 ライオットさんがスタスタと歩いて扉の方へ向かい、バッと扉を開けた。


 扉の先は王城の廊下ではなく、見たことのない円卓のある一室であった。

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