第32話 王家の真実を知りましょう 前編



 リュドリューク・アレグエッドに対しての最終手段、それは王位継承権の剥奪であった。

 王位を剥奪した後のリューク殿下の扱いなどは勿論、陛下たちに決めて頂く。私にそこまでの権利はない。


 そして、この最終手段の行使も私の一存で行えることではなく、私は準備をして提案することしか出来ない。


 だから、私はこの件を行使するために陛下の元を訪れていた。


「ご協力感謝いたします、エルシエル様。」

「国の危機と言うならば、協力するのは当たり前のことさ。それに、僕が適任だということは僕が一番わかっているよ。」


 ここにエルシエル様がいる理由、それはリューク殿下を廃したのち、王位継承権を復活させ再び王太子となって頂くためであった。


 そんなことが可能なのか?

 異例を認めるか否かも陛下たちに決めて頂く所存だ。これに関しても私は提案することしか出来ない。


 そして、もう1人私たちと共に陛下の元へ向かう者がいる。それは、この事件が起きてからずっと私の護衛のような立場を続けているオズウェルであった。


 重鎮が集まる場で何かあった際のことを考えると、護衛を付けるのは妥当で、更に今までの経緯を全て知る彼なら尚更適任だった。


 私は扉をあけて部屋の中に入る。


「お集まり頂き感謝します。」


 入った瞬間に、私は感謝の言葉を述べ頭を下げる。


 今日この場にいるのは私たち3人の他に国王陛下と王妃、そして宰相のライオットさんにミシェルの計7名である。


 このメンバーの中に、なぜミシェルがいるのか。

 それは、ミシェルがエルシエル様の妹であるからだ。つまり、元々ミシェルは王族でありその後神殿に入り王族としての権威を放棄したのである。

 とはいえ、彼女は幼い頃から才能を買われて神殿に務めていたので、王族を抜けることも時間の問題であったような気もするが。


「今回はリューク殿下の件でみなさまにお話があります。まず、端的に申し上げますと、リューク殿下は魅了にかかっておらず、他の方とは違って自らの意識で動いていたものと思われます。」


 私の言葉に驚くのは陛下と王妃、そしてミシェルの3人。ハッと息を飲み、王妃に至っては口元に手を添えて震えてさえいた。他の人たちはその事実を知っているため驚く素振りはない。

 はて、ライオットさんにはまだ伝えていなかったはずなのですが……いつ知ったのでしょう。宰相という役職にはどんな情報も筒抜けということなのでしょうか。


「それが真実なのだな、ユシュニスよ。」

「はい、誠に残念ながら。」


 陛下の私への問いかけには、リューク殿下は望みはないのかという真意も含まれている。


 『魅了という魔法で操られていた』という弁明すら出来ないこの状況。

 正直、彼らが行ってきた様々な愚行について、魅了によるものであるというただ一つの事象だけが彼らの救いでもあり、与えられた挽回のチャンスであった。


 現にカイル様もお兄さまも魅了状態が解かれた今は、元のように仕事に励み、周囲の評判も徐々にだが回復しつつある。


 だからこそ、魅了にかかっていないという事実は、リューク殿下が只々リマという1人の女性の為に心から愚行を行なっている、救いようのない現実を突きつけただけであった。


「陛下、この事実を受けて提案があるのです。リューク殿下の王位継承権を剥奪し、エルシエル様の王位継承権を復活してはいかがでしょうか。」


 私の提案に場がシーンと静まる。


「エルシエルとミシェルがこの場にいることから、其方がそれを提案することはなんとなく予想はしていた。」


 沈黙を破ったのは陛下の言葉だった。


「この際、リュドリュークへの処遇は厳しいものにすべきであることは承知している。しかし、エルシエルは1度廃嫡され自ら王族を出たのだ。そう簡単に王族に戻ることは許される事象だろうか。」


 陛下は私に厳しい口調で投げかけた後に、スッとエルシエル様に目を向ける。


「それに、エルシエル。其方がどのような思いで王族を出たのか、吾輩はそれを理解している。エルシエルも……そしてミシェルも決意は固かったはずだ。だからこそ、吾輩はお主の気持ちを最も大切にしたい。」


 正直、私はエルシエル様とミシェルが王族を出た経緯や理由についてはよく知らない。ただ私は、その事実だけを聞いたに過ぎない。


 だからこそ、エルシエル様が無理に私の要請を聞き入れようとしているのならば、私としても望まぬ展開だ。意思を無視するつもりは少しもない。


 そして何よりも陛下自身がそれを許すはずがない。解決策について提案する以前の問題だ。


「ユシュニス、其方には彼らの事情を知る義務がある。エルシエルが王位継承権を放棄し、ミシェルと共に廃嫡され王室から離脱した背景には、彼らの母親が関係しているのだ。」


 陛下の先程の口ぶりだと、王室離脱は彼ら自身の意思であり、その決意は固いものだったという。


 その全ての原因が彼らの母親だということは初耳であった。突然に病気で亡くなった側妃のことだ。


 エルシエル様とミシェル、そしてリューク殿下は母親が違う。

 エルシエル様とミシェルの母親が側妃。そしてリューク殿下の母親が王妃さまである。


「ワタクシは、王妃の立場にありながら子を成すことが難しい身体だったの。」


 ずっと口を閉ざしていた王妃さまが言葉を紡ぎ出す。


「王族として血を絶やすことは許されない。だから、トリドリッド伯爵家の娘を側妃として迎えたわ。彼女は聡明で自身の役目を理解していた。勿論、ワタクシたちがどれだけ酷なことを彼女に強いていたのかわかっていたわ。だから、生涯不自由のない生活と伯爵家への国としての支援、彼女へ出来ることは何もかもしようと決意していたわ。ワタクシたち3人の関係は良好で、ワタクシと彼女は何でも話し合えた。彼女がエルシエルを産んだ後に、奇跡的にもワタクシはリュドリュークを身籠り、その少し後のタイミングで彼女はミシェルを身篭ったわ。王位継承権は先に生まれたエルシエルが1番目で2番目がリュドリューク。だから、元々はエルシエルが王になる為に育てられてきたし、特に争いも無く幸せに暮らしてきたわ。」


 私が王族にしっかりと関わったのはリューク殿下との婚約が決まってからで、それ以前はたまに会って話したり遊んだりするくらいの関係だった。


 だから、こうしてしっかりと話を聞くのは初めてであった。きっと正式に婚姻を結んでから内情を正確に話すつもりであったのだろう。もしかしたら、今回のような想像し得ない事態が起こって婚約が破綻してしまうかもしれなかったから。


「そう、僕たちは幸せに暮らしていたんだ。数年前のあの悲劇が起きるまではね。」


 ずっと口を噤んでいたエルシエル様が口を開いた。

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