第31話 殿下に現実を見せてあげましょう 後編
「まぁ、今回の視察で多少現状がわかって頂けたのなら良いのですけれど。」
今日は孤児院の中まで視察をするつもりはないので、私は踵を返して再びスラムの道を歩き出す。
すると、小さな子どもたちが数人わらわらと私に寄ってきた。
「ごはん……ごはんちょうだい?」
服装からもそれなりの富裕層だとわかるからか、そして群がっても無駄だとわからない子どもたちが私に群がることは当たり前と言えるものだった。
「私から直接渡せるものはありません。もう少しすれば配給が行われるでしょう、そちらに向かいなさい。」
私は、しゃがみ込んで子どもたちと同じ目線で話しかけるが、子どもたちは分からないというように顔を見合わせた。
しかし、ここでこの子たちにお金やら食糧やらを渡したら周りの人たちも集り出す。キリがなくなる。
そして、それが可能なのだとスラムの人たちがわかって仕舞えば、また貴族へ集る。それが習慣化してしまえば、それで良いのだと浸透してしまい強奪さえ生まれる。
「ユシュニス、なぜ彼らを助けない。目の前にいる困っている者たちを助けることからこそ、救いは始まるのではないか!?」
「目先のことだけを考えた施しは何の解決にもなりませんので。行きますよ。」
私が子どもたちから離れようとすると、リューク殿下はごそごそと懐を探り始めた。
「何をしているのですか、殿下。」
「金を施すのだ! 困窮しているものを見過ごすことが王の役目か!」
「!? おやめください! こんな場所で渡したところで強奪が生まれるだけです!」
私が先ほど懸念したこともあるが、弱者である子どもたちにここで食料や金銭を渡しても、私たちが去った後でスラムの大人たちに奪われるだけだ。
だったら、配給先の国の監視下にある場所で安全に食物を食べるべきだ。その場所への案内は、同行している騎士の1人にでも任せれば良い。
わざわざ、私たちがゾロゾロと列になってすることではない。
「ええい! お前もリマの善行を手本にし、救済を行なったらどうなんだ!」
私が殿下の手を握りそれを制しするが、ドンっと突き飛ばされ失敗に終わった。
突き飛ばされた私は、オズウェルが受け止めてくれたので無事だったが、安くない額の硬貨は子どもたちに渡ってしまった。
「あぁ、なんてこと……。」
結局、殿下は現実を見たところでリマの幻影から逃れられず、国の未来を見据えて行動など出来なかった。
私は、余りにも殿下に期待しすぎていたらしい。
彼が正気に戻れば優れた国政を行えるだろう、と熱心に勉強していたあの姿に私こそ幻想を抱いていたようだ。
子どもたちは嬉しそうに笑顔を浮かべるが、それを見ていた周りの大人たちもわらわらと寄ってくる。
「俺にも……俺にも寄越せ!」
「私にも赤ちゃんがいるの!! 金を、金を!」
「施しだー! 金だー!」
ぷつん、と何かが切れたようにどっと人々は殿下を取り囲み群がる。
「な、なんだお前ら! やめろ!! おい騎士共、こいつらをどうにかしろ!!!」
騎士たちは貧困層の人々を次々となぎ倒し、捕らえて行くため殿下へ大した危害は加えられず服が多少汚れた程度で収まった。
しかし、殿下はさも被害者のような表情を浮かべる。
1番の被害者は彼ら貧困層の人々だ。
ここではすべての人々が、自分が生き残るために毎日戦いの日々を過ごしている。
国も孤児院の設立や配給などを行なっているが、勿論それではまかない切れない上に、現在の国の状況ではそれらも以前より規模が小さくなり貧しくなっている。
その元凶こそが、リマさんや殿下たちの横暴なのだ。
そして、殿下が無責任にも金銭をチラつかせ、生きるためにそれを欲しがったがゆえに騎士たちに捕らえられる。
全てが殿下のエゴのせいでしかない。
そうして、その行動はただただ貧困層の不満を募らせただけであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
護衛に付いていた騎士団がその場を収め、私たちは城へ戻り部屋にいた。
結局、奥の手として殿下に魅了状態を解く薬の入ったお菓子を食べて貰うことになった。
殿下が倒れることになり、事情を知らない者は大騒ぎするので、お兄さまの時とは違い奥の手として使う術としていたが、結果としては使わざるを得ないと判断した。
倒れることに関しては、常日頃の疲労ということにしよう(一体何の疲労だというのか)
「今日はお前のせいで酷い目にあった。」
殿下は腕を組み、ちっと舌打ちをする。
「それは申し訳ありませんでした、殿下。市井で人気のお菓子をご用意致しましたので、それでも食べて落ち着いて下さいませ。」
そのお菓子というのに薬を混ぜ込んである。
お菓子は小包装してあるので、毒か何かが入っているだろうと疑われはしないだろう。
市井で人気と言ったが、ただうちのパティシエに作らせたものを包装しただけである。
殿下は「うむ。」と何だか大人しく頷いて、お菓子を手に取り口にした。
まさか、こんなにも上手くいくとは思わず拍子抜けだ。
「うむ、美味いな。」
だが、殿下は一向に倒れる様子もなく、ムシャムシャとお菓子を頬張った。
薬が入っていないのか……? いや、まさか、私自身作られる過程をしっかり見ていた。
ではなぜ……もしかして、そもそも魅了状態にかかっていないのか?
「殿下、今は私が婚約者だという事実は置いて、いくつか質問に答えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「質問にもよるが、何だ。」
リューク殿下は腕を組んで私の問いかけに応じる。
現在、この場には私とリューク殿下、そして護衛としてオズウェルがいる。
侍従はお茶の用意をした段階で事前に部屋を出て貰っていた。扉の外ではダァくんが警備をしている。
「殿下は、リマさんに愛情を抱いているということで間違いはありませんか?」
「あぁ、そうだ。」
婚約者であることを置いて良いとは言ったが、余りにも配慮のないストレートな答えに一瞬眉をひそめてしまう。
「そうですか、ではいつからそう感じたのでしょう。それは唐突なものではありませんでしたか?」
「いいや、唐突なものではない。初めは馴れ馴れしい女だと思ったが、話すうちに心が癒され徐々に彼女に惹かれたのだ。」
唐突ではない……?
彼女の魅了を受けたものは、いつのまにか彼女の存在に心が支配されていたと言うのに?
最悪のシナリオかもしれない。
もしかしたら、殿下は……。
「そろそろリマのところに向かわねばならない。今日、視察に付き添ってくれたことには感謝を述べる。」
「お待ちください、殿下! もう一つだけ、もう一つだけお聞かせください。」
「何だ、手短に質問を言え。」
殿下はあからさまに苛立ちを見せるが、これを聞かないことには私の考えに確信が持てない。
「リマさんの側にいる時、強い匂いを感じたことはありませんか? ふわりとした匂いではなく、鼻の奥を突くような匂いを。」
魅了されていたものに共通して感じていたものは、リマさんの側で感じる匂いだ。
それを嗅ぐと意識が別の人格に支配される感覚になり、いつしかリマさんの虜になっている。
私は彼女から、女性らしいふわりとした匂いしか感じたことがなく、強い匂いをは感じたことがない。
その匂いを例えるならば、花の匂いを更に強くしたものらしい。
「いや、特にそのようなものを感じたことはない。では失礼する。」
そう一言残して、殿下は部屋を出て行った。
その言葉で私は確信した。彼は魅了状態にかかっているわけではなく、本当にリマ・ベネダに愛情を抱き、心の底から彼女を喜ばせるために愚行を行なっているということを。
彼をリマ・ベネダから解放することは不可能だ。
彼は堕ちるとこまで堕ちてしまっていた。
私は、リュドリューク・アレグエッドを救うことを諦め遂に最終手段を決意した。
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