第23話 シエとハルのカルクレア遠征
「ふぃ〜! やぁっと着いた〜〜!」
んんん! とシェ・アイシクルーー通称シエの横でハーツェンヌ・ラプラジエール--通称ハルが大きく伸びをした。
魔導師団とハル、そして東国から東逗子 美夜子がカルクレアの森へと遠征に来ていた。
魔導師団は大体半年に1度、こうして遠征を行い魔導師としての質を高める。
カルクレアは、魔力に長けたエルフ族や精霊たちが多くいるので我々には格好の場所なのである。
今日の遠征は既に終了していて、遠征に参加した者たちはカルクレアの森にある『カルクレア自然同盟国』に今晩泊まる予定だ。
ハルは魔導師が遠征中も馬車の中から一切出ずに研究を続けていた。なぜかと言えば、スライムにすら負けてしまう貧弱さだからである。
そのため、美夜子にも協力を仰いで、万が一の際の薬学者兼ボディーガードとして来てもらっているのだ。
美夜子は、カルクレアに着くとハルやシエとは別れて行動をすることになった。彼女は彼女で東国の外交官としての仕事があるらしい。
「さぁ、シェーちゃん! 早速、薬のレシピを探しに行こ〜う!」
「ちょ、ちょっと待つの! 少し休ませて欲しい……遠征で疲れてしまったの。」
強引にシエを連れて行こうとするハルに、彼女は抵抗を試みる。しかし、なにぶん疲れている身体なので元気なハルの方が力が強く引っ張られてしまっていた。
「なーに言ってるの! 今回のメインは薬の作り方を探すことでしょ!」
「私の本分は遠征なの……わ、わかったから引っ張らないで欲しいの!!!」
そうシエが訴えると、ハルはやっと手を離してくれた。
こう! と決めたら曲げないのが彼女だ。
他人にそれを押し付けられても困る、とシエは不満気に口を尖らせた。
「それで、当てはあるの?」
「とりあえず、図書館と研究所を訪れてみようと思う!」
目指せ〜〜! と陽気に駆け出すハルにシエは小さくため息をついてからとぼとぼと歩き出した。
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「ううう!! カルクレアはやっぱり最高だね! こんなにも珍しい材料が揃ってる上に、レシピまでたくさん! はぁ〜〜、住みたい……。」
まず、2人は図書館にやってきて魔法を解くような薬のレシピを探していく。『魅了』という大方の予想はついているので、それを頼りに本を調べ始めた。
「魅了を解く薬のレシピはあるけれど、どれが効くかもわからないし材料も揃えにくいものばっかりだよ〜。」
はぁあ、とその先の苦労を考えてハルは大きなため息を吐く。とりあえず、出来るものを作ってエドワードに試して行くしか無い、とハルはレシピの書き写しを始める。
「この国では無断で写本することは禁止されているよ、ハルくん。」
背後から掛けられた声に2人はビクリとした。
そうして直ぐに、随分と懐かしい声に嬉しいという感情が勝る。
「エルシエル殿下!! まさか、こんな所にいらっしゃるなんて……。」
声の主はエルシエル・トリドリッド。かつての名はエルシエル・アレグエット。そう、彼はアレグエット王国の王子であった者だ。しかし、今の彼には継承権も無ければ王族としての権威すら無い。なぜなら、既に廃嫡された存在だからである。
「僕は元々、研究職が好きだからね。それにしても、僕の故郷はすっかり変わってしまったみたいだね。」
エルシエルは残念そうな表情を浮かべた。
「どこまで話を……?」
「全部、かな。」
シエの質問に彼はニコリと笑って答える。
一体どこから情報を仕入れているのか、という疑問が浮上したが特に口には出さなかった。
「まぁ、君たちが探しているレシピも大方間違っていないけれど、もっと絞り込むことが出来るはずさ。」
エルシエルは彼女たち集めた資料の中から仕分けをしていく。
「僕が調べたところだと、こんな感じだと思うな。」
出してきたレシピは、『悪魔』の使う魔法の部類だった。
「あ、「悪魔魔法』だなんて……彼女に扱えるのですか? それに、聖女が使うはずが。」
「メイエンの聖女の話を知っているかい?」
「……いいえ。」
「この国に、かつてメイエン地域で研究をしていた魔法薬学者がいたんだ。つい先日亡くなってしまったのだけれどね。彼は、かの聖女の魔法は『神による魔法』だと主張していた。僕も興味を持って調べていたのだけど、僕たちは気づいたんだ。これは『神の魔法』というよりも『悪魔魔法』の類に近いってね。」
ハルは、エルシエルが提示したレシピをまじまじと見つめる。そうなると『悪魔の誘惑』が1番このケースに合っていると推測が出来た。
「神の力だとしたら、僕たちが太刀打ち出来る余地は無い。けれど『悪魔魔法』であるなら薬を作ることが出来る。」
私たち3人は顔を見合わせて、この状況を打破出来る希望から笑みを浮かべる。
「よし! それなら、さっそく材料を集めて調合にかからないと!」
ハルは、ぐっと拳を握り気合いを入れる。それからエルシエルに許可を貰い、本と睨めっこをしながら調合を始めた。
「……エル様、誰から国の状況を聞いていたのですか?」
シエは出会ったときに抱いた疑問をエル様にぶつける。エルシエルは、以前と変わらない柔らかな笑顔を浮かべて彼女に目を向けた。
「ユニちゃんとエドワードにね。」
「まさか! だって、エドワードは……。」
「彼は変わらず優秀なままさ。僕がここに居ることを知っている数少ない人間でね。ハルくんが来るとなって、助けるように手紙をよこして来たんだ。正気に戻った少しの間にね。」
更にエルシエルの話によれば、エドワードとは全く別でユシュニスもエルシエルにコンタクトを取ったらしい。
「ユニさんは何故、エル様に協力を?」
「すぐにわかるさ。正直、僕はあまり乗り気ではないのだけどね。国の危機とあれば協力するほかないさ。」
エルシエルは「終わりはもうすぐだよ」と小さく笑い、ハルを手伝うべくシエから離れた。
きっと私たちが次に国へ戻るとき、この長い事件の終わりが始まるのだ。
シエはそんな予感を胸に奮起するハルとエルシエルをジッと眺めた。
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