最終章 おわりのはじまり
第24話 魔法使いに目覚めの魔法を使いましょう
ハルさんとシエちゃんがカルクレアから戻ってきた日、すぐに私のもとへやってきて薬が完成したとの報告を受けた。
こちらも、あの阿呆たちをどうにかするための準備を整え終わったところでタイミングが良く、すぐにでもこの惨劇を終わらせようと動きを始めた。
ハルさんたちから、薬を探す過程でエルシエル様と出会ったことやリマさんの使う魔法が『悪魔魔法』の類であることを聞いた。
エルシエル様には事前にこちらが協力を願い出ていたため、出会ったことに疑問を感じなかったが、タイミングよく彼女たちと出会えたことが、あの兄のおかげであると聞いた時は心底驚いた。
ここで初めて、私はお兄さまが何度か正気に戻っていたことを知った。
お兄さまは、私の態度が変わることによってリマさんざ変な気を起こさないように、そしてこれ以上悪化させないようにとその事実ひた隠しにしていたのだ。
なぜって?私 がそのことを知ったら、あんなに兄を蔑むことが出来ないからだ。
あの女の思い描く私の『悪役像』から外れてしまう。私は、リマ・ベネダにとっての悪役である必要があったわけである。
でも、それなら『愚兄』が『お兄さま』に戻る可能性は十分に高い。とりあえず、ここは安心しても問題ないポイントだ。
そして、リマさんが『悪魔魔法』を使っているという話だが……聖女にそんなことが許されるのだろうか? この世界の聖女の存在は限りなく絶対に近く、神聖なものでなければならない。
正直、あの女が相当なバカであることがこちらとしては救いになっている。
もしも彼女がもっと賢ければこの国は容易く壊れていたわけで、他の国にさえ更に甚大な影響を及ぼしていた可能性もある。聖女にはそれだけの力があるのだ。相当なバカでさえも、1つの大国にこれだけの悪影響を与えることが出来るほどには。
そんな存在が『悪魔魔法』なんて使っていると知られたら、世界の秩序はどうなる?
この問題は思った以上にずっと厄介だったらしい。
いや、まずは1つ1つの問題を潰していくことが大事だ。一気に複数の問題を解決させることは難しい。
最初は、魔法使いの目を覚まさせましょう。
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さあ、どうやってあの魔法使いの目を覚まさせるか? 彼もお兄さまと同じで魔法に対して多少の耐性があり、現に1度もとに戻り1週間ほど故郷へ戻っていた。
魔道所の人たちに話を聞いたところ、戻ったのはミリアさんという彼にとって大事な人の命日のときだった。だから、彼女について触れれば彼は目を覚ますのでは? という計画です。完全なる確証があるわけではありませんが。
しかし、この問題に触れるのは少々心が痛む。他人が踏み入る問題でもなければ、それを勝手に荒らす権限も私にはない。そして、思った以上に傷が深い。
「……これ以上、猶予がないのです。」
小さく呟いて、私は意を決めた。
手段を選んでいる暇はないのだ。もしも彼の傷を抉ってしまう行為だとしても……。
「アシュレイ、彼はいるの?」
「はい、隣の部屋にいらっしゃいます。」
アシュレイに頼み、どうにかカイル様を魔道所の一室に押し込めた。自慢の弟は本当に人を巧みに操ってくれる。
私は、隣の部屋へ向かいドアを開けた。
「ごきげんよう、カイルさま。」
「一体どういう要件だい、ユシュニス公爵令嬢。」
窓の外を眺めていたカイル様が、くるりと振り返りこちらをキッと睨む。
「僕はリマの側にいる義務がある。君なんかに割く時間はないのでね、何か要件があるのなら早くしてくれないかな。」
「こちらの手紙を貴方に渡そうと思いまして。誰からだと思います?」
私は、さっと手紙を取り出してひらひらと彼に見せつける。勿体ぶった私の態度が気に入らないのか、カイル様はより苛立ちを顕著にあらわした。
「あなたの大切に思っていた、ミリアさんからですよ。」
「ミリア……なぜ、彼女の手紙が?」
カイル様は目を見開き、あからさまに動揺の色を見せた。
「彼女が亡くなってから、貴方はすっかり変わってしまわれた。仕事への情熱はなくなり、多くの女性と遊ぶようになりましたね。」
「それが一体なんだっていうんだ。」
「愛する者の死、それによる悲しみを埋めるために女遊びに逃げたのですよね?」
彼は、ぐっと拳を握りしめてガンっと壁を殴る。
表情は今までの執着の色よりも苦しみや悲しみ、怒りの混ざった人間味のある色が濃くなった。
「黙れ!!! お前に何がわかるんだ!!! 僕が、僕がどんなに頑張っても……彼女を救うことは出来なかったんだ。」
カイル様は俯き、静かに震えだす。
言葉の最後には涙声すら混じっていた。
「ミリアの病気は……王都の優秀な医師なら治せたんだ。でも、たくさんのお金が必要で、良い医者を紹介してもらうのだって地位が高くなければ難しい。君たちみたいな上流階級に、一般市民の僕たちの気持ちなんてわからない! いや、わかってたまるか!!!」
涙を流しながら、彼は私に怒鳴りつける。
そう、私たちにはわからない。私たちならば少しお金を積めば治る可能性のある病気を一般市民が治すことがどれだけ大変なことかも、彼の苦労がどのようなものだったのかも。
「あと少しだったんだ。僕に魔導師としての確固たる地位が与えられるのも、彼女を治すだけのお金が貯まるのも、もう少しで叶うはずだった。」
けれど、現実はそう簡単にいかなかった。
クレヴィア港町は、高価な異国品を狙う魔道盗賊に襲われたのだ。件の魔道盗賊たちはかなり有名で、容赦のない残酷な者たちだった。偶然、クレヴィア港町へ向かっていたアレグエットの魔導師団と騎士団が応戦して魔道盗賊は捕らえられ、幾分か少ない被害で済んだ。
しかし、ミリアさんはその応戦の最中に起こった火事から逃げ遅れた。抵抗や苦しみの跡がないことからその時には既に病気で亡くなっていたと仮定され、ミリアさんは病死という判断が下された。
「それがミリアの手紙だというなら……なぜ君が持っているんだ。」
カイル様は力のない瞳でこちらをじっと見る。
「ミリアさんのお父さまから預かってきたのです。」
その言葉を聞いて、カイル様は驚き目を丸くする。
ミリアさんが手紙を書いたということは、きっと彼女に死期が迫っていたからなのだろう。
しかし、彼女の父はそう思いたくなかったのだろうか。全てを魔導士のせいにした。
元々、魔導士という存在に好意を抱いていたわけではなかったミリアさんのお父さまは、更に魔導士が嫌いになった。そしてカイル様のことさえも嫌いになってしまったのだ。
けれど、彼は心の奥底ではすべてを理解しカイル様に悪いという気持ちさえもあった。そう、私はミリアさんのお父さまに話を聞いた。
母と同じ娘の死をどうしても受け入れられなかった結果である、と。
「貴方の事情を説明しました。どうか、貴方を救いたいなら何か貴方の助けになるものを貸してほしいと願い出ました。そして、これを貸してくれたのです。」
他人が入り込む問題じゃない。だから、私がこんなことをするのはお門違いだ。
そんなことはわかっている。けれど、どうにかするには彼女の父に頼み込むしかなかった。
もっと他の策について考える時間があれば、より良い策はたくさんあったのでしょうね。
だけれど、こうしてミリアさんのお父さまが本心を話せたのは、私が何の関係もない他人だからだという理由もあるような気がする。
人は時に、心を許した人間以上に赤の他人に本心を話せる場合もあるのだ。
「さあ、これを。」
私はカイル様に近づき、手紙を差し出す。
彼は震える手でそれを受け取った。
「本物だ……ミリアの字だ……。」
カイル様は手紙を読みながら打ち震えていた。
私は中身を見ていない、だからそこにどんな内容が書かれていたのかわからない。
それを想像しうることも難しい。私が彼と彼女の間に入ることは出来ないし、まして私はミリアさんのことを知らないのだ。
だけれど、その手紙が彼にとって何よりも心を揺さぶらせるものなのだということは、彼の反応ですぐに理解することが出来た。
「ミリア、ごめん……僕は一体、何をしていたんだろう。」
ぽたり、ぽたりと零れる涙と握りしめた為くしゃくしゃになる手紙と。
その様子から、彼はカイル・ラグターナスというただ一人の男に戻ったのだと確信を持てた。
同時に、悪魔魔法などというくだらないものを吹き飛ばしてしまうほどの想いに、羨ましいとさえ思った。
私は、それだけの想いを生み出すことは出来るのだろうか。
「カイル様、リマさんへの想いは残っていますか?」
少し落ち着いた様子の彼に声をかけると、ふるふると静かに首を横に振り口を開いた。
「不思議なんだ。あれだけ大事に思っていたはずなのに、今は何も思ってない。僕が、ここまでの魅了状態にかかるなんて。」
魔導士のくせに、情けないとカイル様は呟いた。
彼が冷静さを取り戻した頃に、私は事の顛末を伝えてハルさんの作った薬を渡す。
「この薬が効いてくれると良いのですが。」
「僕が彼女に会えばわかる話だけれどね、彼女は僕たちの位置がわかるようなんだ。おかげで前に王都を出る時は大変だったさ。ここに来るのも時間の問題じゃないかな? それにしても、リマ・ベネダに邪魔をされず、よく僕をここに押し込めることが出来たね。」
リマさんが寝ているときならば邪魔はされないと、リラックス効果のある飲み物を用意させた。催眠効果などはないが、一度寝てしまえばぐっすりと眠ることが出来るだろう。
彼女が昼に短い睡眠をとることは確認済で、それを利用しない手などなかった。
「情けない姿を晒していたことも恥ずかしいが、多くの人に多大な迷惑をかけてしまったね。僕もユニちゃんの作戦に力を貸すよ。信用を取り戻すのは難しいけれどね。」
カイル様は肩をすくめて、困ったような表情を浮かべた。
いくら魅了状態だったとはいえ、彼のしたことは多大な損害を生んだ。それに、国民は彼が魅了状態だったことなんて知る由もない。今後、彼が如何に頑張るかによって評価は変わるし、それでこのまま評判が良くならなければそれが彼の力量ということになる。
わざわざ私が罰を加える必要はないし、もし彼に罰が与えられるならばそれは国の重鎮たちが決める問題だ。
ここからは私の管轄外。
あとは、薬に効果があるかわかれば良いし、効果があればカイル様に協力してもらって少しは動きやすくなるだろう。
さあ、次は成り上がりの侯爵家だ。
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