第22話 事件が起きました 後編
「ユシュニス・キッドソン。貴方に逮捕状が出ています。どうか、速やかなご同行を願います。」
「……はい?」
私の部屋までやって来た騎士達(警察のような役割をしたオズウェル達とは違った人々)は、ペラリと薄い紙をこちらに見せて告げた。
「聖女を殺害しようとした罪です。」
「……それは私のしたことでは御座いません。どうぞ、お帰り下さい。」
「逮捕状が出ているので、拒否することは不可能です。」
自身でも、帰れと言われたくらいで彼らが引くと思えなかったので『まぁ、そうか』くらいの気持ちでいた。
「はぁ、わかりました。つまり、私の無実を証明出来れば、その逮捕状はただの紙切れに変わりますわね。」
そして、私はスッと立ち上がり笑みを浮かべてハッキリと告げる。
「さぁ、無実を証明しに参りましょう。」
逮捕状が出るまで少し時間がかかることはわかっていた。ならば、その間に無実の証拠を集めれば私の勝ちで、集まらなければ負けである。それだけの話だ。
だが、切り札は揃った。
頼りになる人たちは生憎、七雲島やカルクレア遠征でここにはいない。大方、その状況をわかっていて「今」を選んだのだろうが。
確かに私1人では厳しい状況にあったが、ルナベル姉さまやディオンさん、お父様の力を借りることが出来た。これで、上手くいけば良いが。
物的証拠が上がっていないため、公には言えないがリマさんが仕掛けたことはわかっている。なぜかって? あんなに隠しもせず、こちらを見てニヤニヤと笑っていては誰だって思うでしょう? あぁ、なにか仕掛けているのだな、と。相変わらずツメの甘い女だ。
「往生際が悪いようだな、ユシュニス・キッドソン。貴様には逮捕状が出ている。刑罰は免れんぞ。」
城の広間で、殿下が腕を組みながらしかめ面で私に言う。その言葉に私は静かに首を振った。
「いいえ、私の無実が証明されればその逮捕状はただの紙切れですわ、殿下。」
「くっ……未だに罪を認めないか!戯言を抜かすな!」
顔を真っ赤にして喚き散らす殿下に、私も眉をひそめる。リマさんはまだ目を覚まさず眠っていることもあり、焦っているのだろう。まあ、私にとっては好都合でしかないが。ネチネチとよく分からないことを毎日言われては疲弊してしまうわ。
「まず第一に、証拠として提示されました『毒の入った小瓶』ですが、確かにこれは私のモノに間違いはありません。」
私は小袋に入った証拠品の小瓶を侍女から受け取り掲げてみせる。
「しかし、これは私がひと月も前に失くしたものです。」
「それは言いがかりというものだ。第一、それが本当に君の失くしたモノだと言い切れるのか?? 本当は失くしていなかったのではないか?」
殿下の言葉に私は力強く「いいえ」と言い放つ。
「この小瓶は東国より仕入れたものであり、中には貴重な薬が入っていて、薬学者のハーツェンヌ・ラプラジエールに渡すつもりでした。しかし、目を離した隙にそれは失くなっていたのです。盗まれたと推測し捜索しつつ、新しいものを再び送って頂けるように東国に頼みましたので、書類等にその旨が記載されているはずです。どうぞ、疑うなら調べていただいても構いませんよ。」
殿下の「調べろ」という合図で、騎士達は一斉に動き出す。もしも小瓶が盗まれたものであるとすれば、私の犯行であるという事実は薄くなる。
「だが、リマは貴様のお菓子を食べて倒れたのだ! この事実をどう説明するのだ?」
「単純に考えればわかるでしょうが、仮に1つだけに毒を入れたとして、不特定なものを多数の人に配ったのですよ? なぜリマさんがいくつかのうちの中で毒の入った1つだけを明確に選ぶことが出来るのですか?」
ぐっと口をつぐむ殿下に私は『阿呆らしい』と内心で毒づいた。そんなこと子供でもわかるというのに、まさか気づいていなかったとは。
「はぁ、そんな他人を巻き込む危険な方法を選ぶならばむしろナイフでも使った方が早いですわ。」
それから、と私は持ってきていたバックの中からゴソゴソとあるものを取り出す。
「この証拠品、しっかり見たのかしら??」
「それは! どうやって……。」
あるものとは、証拠品の1つであるリマさんが飲んでいたカップである。こんな簡単に持ち出せてしまうなんて、世も末ね。なんて、セネドアさんに借りてきてもらったものですけど。
「このカップの持ち手部分の全面から毒が検出されたことは殿下もご存知でしょう。」
「あぁ、もちろんだ。」
「では、いくつかの仮説を立ててみましょう。」
それから、私は淡々と1つ1つを説明していく。
まず1つ目は私の持ってきたお菓子の内部に毒を含んでいた場合。
言わずもがなカップに毒が付着するはずがない。
2つ目、私の持ってきたお菓子の外側に毒を付着させていた場合。
確かに毒は付着するが、それは全面ではなく指の触れた部分にだけ。更に、その他のお菓子にまで毒が付着して関係のない人にまで影響が行く恐れがある。
最後は、持ち手部分にだけ毒を塗っていた場合。
これならば上手くリマさんだけを狙って毒を盛ることが出来るのだ。
「つまり、私が持ってきたお菓子ではなく、このカップに毒は塗られていたと考える方が合理的なのです。」
こんな容易なことがわからないとは、本当に無能としか言いようがない。これは指揮しているのがアホ殿下だからなのではないか、と内心思うがそれを口に出しはしない。
「では、毒を塗ったカップとすり替えたのだ! そうに決まっている!」
「は? 本当に無能ですね。このカップは王族や国賓、聖女といった重要人物しか使うことの出来ないものだと言うことはご存知ですよね??」
つい口から漏れ出てしまった。
しかし事実なのだ。勝手に持ち出すことは禁止されている。正直、そんなことよりも証拠品の管理に精を出して欲しいのだが。
「と言っても、真の犯人を見つけることは出来ないのですが、少なくとも私の無実を証明することは出来たでしょう。」
きっと、優秀な探偵か何かならば、私のこの証言から穴を見つけて食ってかかることも出来たかもしれない。だけれど、相手はアホ殿下にその手下の騎士達となれば、この証明に対抗してくるほどの頭脳は持ち合わせてない。
言うなれば、私の勝利である。
現に、彼らは口を噤み言い返そうとしないのだから。
「ぐっ……貴様の言い分は良く分かった。こちらで審議をする、判断は後に言い渡そう。」
尚も敗北は認めず、そう一言だけ残して殿下は部屋を出て行った。
私は、その瞬間に一息つき安堵から椅子にどさりと座り込んだ。
その後、王宮内に仕える使用人の1人が聖女の殺害未遂、および傷害罪で捕まった。聖女の美しさの虜になり、どうにか自身のものにしようと方法を模索した結果だと言う。
これで、聖女毒殺事件は一件落着となった。
しかし、私の中ではいくつかの疑問が残っていた。
その使用人は、今まで聖女付きではないものの幾度か彼女の身の回りの世話をしていた。しかしながら、一度も彼女に魅力を感じていたことは無いし、むしろ彼女を嫌っていたはずだった。
それは突然のことで、まるで別人のようだと語る者までいる。私にはリマさんが策を講じて行った事件であることは何となく予想がついている。
彼女が何かしたのか?
とにかく、全ての終わりは近い。
彼らを糾弾するに足りる要因が集まるまで、あと少しなのだから。
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俺ーーオズウェルは、幾人かの部下を引き連れて七雲島の調査に来ていた。
結果から言ってしまえば、七雲島には危険な要因など何もなかった。島の奥には小さな村があり、そこには旧メイエン地域の生き残りが住んでいたのだ。
島の周りは潮の流れが特殊で常に内向き。流れが島から外向きになる時でしか島を出ることが出来ないのだ。だから、東国の兵士は島を出られずこの村の世話になっているという話だった。
ただ、残念なことに幾人かの人たちは潮の複雑な流れにより船が転覆し帰らぬ人となってしまったらしい。
そういう意味では危険要因もあると言えよう。
「この島に貴方を知る人が居て安心しました、夏目さん。」
俺が声をかけると、夏目さんはコクリと頷く。
「私も、まさかメイエン地域の生き残りがここで暮らしているとは微塵も思いませんでしたから。」
「それにしても、なーんかガッカリだなぁ。もっと面白い事が待ってると思ってたのに、結局『平和でした』なんて。」
チビ助が退屈そうに言った後に、俺はゴツンと頭を殴る。
「いった〜〜!! 何すんだよ副団長!」
「平和が1番に決まってるだろう、何もないならそれで良いんだよ。」
まぁ、それもそうだけど……などと頭を抑えながらチビ助はぶつぶつと呟いている。
「夏目さん、どうしてメイエンは滅びたのか、貴方は知っているのでしょうか?」
突然に神妙な面持ちでアシュレイが尋ねる。
それはきっと、夏目さんに会ってからずっと聞きたかったことなのだろう、とそわそわとしていたので容易に推測する事ができた。
「さぁ……真実が本当はどうであるのか、私には分かり兼ねます。しかし、そうですねぇ……メイエンについて聞きたいなら私よりもっと相応しい人がいます、ついてきてください。」
一瞬考えるような素振りをした後、夏目さんは歩き始める。それに俺たちは付いて行くことにした。
辿り着いた先は、この村の言うなれば長の家で村の中心に建っていた。中に入っていくとそこには1人の老婆がちょこんと座っておりこちらをチラリと一瞥した。
「おや、夏目殿。如何致しましたかな?」
ニコリと笑みを浮かべ、穏やかな口調で夏目さんに問いかける。
「メイエンの話を、彼らにして欲しいのです。貴方なら最近の世の動向について知らないわけではないでしょう。」
長の家への道中で夏目さんから聞いた話では、この村の長である「オロバ」という名の老婆は夏目さんがメイエンと外交をしていた際にしばしば出会った精霊魔道士であったそうだ。
その頃の彼女は今より随分と若く、何なら俺と同じくらいの歳であったという。一体いま何歳なのだろう。
「……王国が、まるでかつての儂たちの国と同じような状況に陥っていることは、精霊たちより聞いております。」
オロバさんは、精霊魔道士の中でも特に力が強く、上級の精霊とも対話をすることができて、下級の精霊を使役することが可能であった。
そんな彼女も、ユニと同じ病気を持つと先ほど夏目さんから聞かされた。
「我が国が衰退した事の始まりは、とあるご令嬢が聖女として覚醒したことでした。元々は、優しく大人しいがしっかりとしていて、周りからの評判も良いご令嬢だった……。それが聖女として覚醒してから、まるで人が変わってしまわれたように、ワガママで自己中心的な性格になったのです。」
オロバさんは、ゴソゴソと近くの棚をあさり1枚の写真を取り出した。
「これがかつての様子を写した写真です。この中央にいらっしゃる女性が聖女様で、隣にいらっしゃるのが当時の第2王子、他の方もその当時は実力者であった人々です。彼らはみな聖女様の虜でした。優秀であったときの影はまるで無く、聖女様の欲望を満たすために動き、そして国を衰退させてしまったのです。」
その写真の様子が、今のリマ・ベネダとその周囲の様子と酷似していて驚きを隠せない。
特に驚いたことは、かつての聖女の姿がリマ・ベネダと酷似していることだった。いや、かなり雰囲気は異なる。それがパッと見ただけでは別人だと感じてしまうほどに。だが、よく見ると姿形はリマ・ベネダと同一のように思えたのだ。
これは偶然なのだろうか、それとも……。
「何も策を講じなかったのですか?」
「いいえ、講じなかったのではありません。聖女たちを気にかける余力も無く、そもそも異常だと気づいた時が遅かったのかもしれませぬ。」
アシュレイの問いかけに、オロバさんは悲しい表情を浮かべて答える。
「私たちはルジエナとの戦争で、全く彼女たちが見えていませんでした。誰もが毎日戦争へ出かける日々で、彼らの暴挙に気づいた時には手遅れでした。彼女たちは少なくとも、自らの仕事は最低限にこなしていたからです。」
「書物にこの出来事の一切は記載されなかったのでしょうか?」
「そのような暇もなく、ルジエナに滅ぼされてしまいましたので……儂たち生き残りもこうして辺境へ逃れていますし。ただ、あれは 『神による魔法』だと主張した魔法薬学者がいましたな。」
『神による魔法』という言葉に、俺たちは顔を見合わせる。それこそ、後天的に習得の出来ない 『魅了』 という魔法のことではないだろうか?
「今、その魔法薬学者はどこに?」
「さぁ、かつての戦争で死んでしまったか……生き残っていたとしても儂らが消息を知っているということはありませぬな。全くお力になれず申し訳ない。」
頭をちょこんと下げて謝るオロバさんに、俺は首を横に振った。
「いえ、十分すぎる情報をありがとうございます。アレグエットの惨状とメイエンにはいくつかの共通点が伺えます。もしも、貴方たち以外に生き残りがいるなら、この状況を打開する何かしらのヒントがあるのでしょう。」
俺たちは深く頭を下げてお礼を言い、オロバさんの家を出た。
俺に出来ることがあれば少しでもユニの……そして国の力になりたい。それが俺の本心であり、今すべきことだと心に決めていた。
夕陽が海に沈んでいく。
全てが終わる日は近づいている、何故だかそう思わずにはいられなかった。
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