第21話 事件が起きました 前編
七雲島の調査とカルクレア遠征により人手が少なくなった頃、事件は起きた。
2週間程、国内にあるメイエンに関係する書籍を時間のある時には調べていたが、探しているような記述のあるものを見つけることは出来なかった。
いま読んでいた文献を閉じ、端へ追いやると同時にため息をついてしまう。
これなら、直接夏目さんに話を伺うべきだったと後悔の念すら浮かぶ。
今は向こうも忙しく手紙の返事だって早くに届くものではない。ただ、時間をかけていい問題でもない……自体は刻一刻を争う。
「これ、当たりかもしれないわ。」
隣で一緒に調べていたルナベル姉さまが、嬉々とした声音ではっきりと呟く。
「見てよ、ユニ。」
本をこちらへ持って来て机の上に広げる。
どれどれ、と覗き込み姉さまの指定した部分をじっくりと読んでみる。
『新暦703年 、メイエンは絶対王政主義国家ルジエナにより陥落された。
メイエンはルジエナと同等の軍事を誇っていたが、陥落された要因は実の所内部にある。
聖女が降臨してから、数ヶ月後にメイエンは陥落される。
国の中枢人物が聖女によって仕事の出来ない状態にされてしまい、結果的に国の衰退へ繋がったと推測されている。
だが、事実を知るにはメイエンも中枢人物も聖女も全てがこの世に存在しないため不可能である。』
「……この国の現状と同じです。これと同じ通りになると言うならば、もうすぐこの国の限界が訪れます。」
「ディオンがベネダ家の悪行の証拠を掴めれば、ベネダ家を一気に叩くことができるわ。」
「お願いします。」
私はぺこりと頭を下げて資料にもう一度視線を移す。
リマさんが演技でやっているとはどうも思えないし、これでスパイなのだとしたら恐ろしく優秀だ。
ヒントは得たけれど、謎は深まるばかりだわ。
「さぁ、ユニ。そろそろ茶会の時間よ。」
これからまさに決戦が始まるとでも言うように、ルナベル姉さまは意気揚々と腰に手をあててこちらをみる。
だが、それはあながち間違いとも言えない。今回の茶会の主催はリマ・ベネダ。大方、上層の人に開けと言われて渋々と行った所だろうが。
淑女として、茶会はとても大切なことだ。聖女だって、たまには茶会を開き女性たちの意見を聞く時間を設けるべきである。
私とルナベル姉さまは文献の片付けを始め、それが終わってからのそのそと茶会へ向かった。
正直全くと言って良いほど気が乗らない。しかし、ここで断るのは失礼にあたるし喧嘩を売るも同然。あまり波風立てたくないので、素直に了承するのが得策だ。
「ようこそ、わざわざ来ていただいてありがとうございます。」
リマさんはいつもの憎たらしさを押し殺して、よそ行きの笑顔を振りまいてみせる。ここにいる何人が、その笑顔に騙されているのだろう。
茶会が始まり、その場は和やかに進んでいた。
「でも、ユシュニスさまが来てくれるとは思ってもいませんでした。」
しょぼんと眉を下げながらも微笑を浮かべ、他人の庇護欲をそそるような顔を作りつつも私を煽ってくる。
「あら、それはどうしてかしら??」
ルナベル姉さまも負けじと愛想良く質問を返す。
「だって……ユシュニスさまはわたしのことが嫌いでしょう?」
その悲しみを帯びた発言にまんまと乗せられた周囲は「まぁ」と声をあげてこちらを見る。
「別に、貴方のことを嫌いだなんて一度も言ったことが無いわ。」
ツンとした口調でご婦人方とリマさんに申し上げると、私がこういう人だとわかっていらっしゃるご婦人方は「そうよねぇ」と勝手に納得してくれた。なにせ、公爵家の娘である私は幼い頃から社交界へと足を踏み入れているわけなので、知り合いが多いことは何も不思議ではない。
一方、リマさんはというと少し悔しそうな顔をしながら「あぁ、そうですか」と一言呟いた。
そんな中で、突然事件は起こる。
「そういえば、私の家のシェフが作ったクッキーを持って来たのです。良ければ召し上がってくださいませ。」
私は使用人に差し入れを持って来させ、みんなに差し出す。
「まぁ、ユシュニスさまは気が利きますこと。」
私とご婦人方はクッキーに手を伸ばし口に運ぶ。ホロホロと溶けて、とても美味しい。流石、うちのシェフは一流だ。
「さぁ、リマさんもどうぞ。」
「ええ、お言葉に甘えて頂きますわ。」
ニヤリ、とリマさんは不敵な笑みを浮かべた。
私は、この真意をすぐ後に理解することになる。
リマさんはクッキーを口に運び入れる。味わい、飲み込み、3秒もたたないうちに苦しみ始めた。
「ぐ、うう……うあ……。」
喉に手を当てて、ふらつきながら終いにはドサリと倒れ込んだ。
「きゃあああああ!!」
ご婦人方の悲鳴が上がる。
やられた、と思った。確かに攻撃的な一面はあったが、どうも今日はやけに大人しいと感じていた。そもそも、この人がわざわざ嫌いな私を茶会に呼ぶなんてしないだろう。今まで我儘横暴を繰り返した人が、急にしおらしく国のルールに従うわけがない。見落としていた。
悲鳴を聞きつけて、衛兵たちがやってくる。リューク殿下たちもやってきたのが見えた時には本当に面倒くさいという気持ちが勝った。
「リマ……リマ!! おい、一体何が!?」
殿下が、般若の形相で近くにいたご婦人に詰め寄る。その圧迫感と恐怖にご婦人は顔を強張らせて一歩体を引いた。
「ユ、ユシュニスさまのクッキーを食べたら、倒れて、しまって……。」
そう、状況的に見れば完全に私がやったと思われても仕方ない。このご婦人の証言に対して強く諫めることも出来ない上に、形勢は100%不利である。
「貴様ぁ……リマに何をしたっ!!!」
今にも掴みかからんとこちらへズンズンと叫びながら歩いてくる。
「端的に申し上げますと、私は何もしておりません。」
「嘘をつくな!!!」
私が冷静に申し上げると、殿下は大きな声ですぐに否定の言葉を口にする。耳がキーンとなって、うるさいと思うのは必然だろう。
しばらく私と殿下の睨み合いが続き、向こうはフンッと踵を返してリマの方へ向かった。それから彼女を抱きかかえ、ドアの方へ歩いて行く。
「今日の茶会はお開きだ、速やかに家路に帰られよ。ユシュニス・キッドソン、逃げたりなどしたら地の果てまで追いかける。下手なことはしない方が良いぞ。」
「あら、私は何もしていないのに逃げるわけが無いじゃありませんか。身に覚えのない罪を認めてしまうほど馬鹿ではありませんのよ。」
逃げるということは、つまり罪を認めるということ。私は静かに待つだけだ。
「良いか、全力で証拠を見つけてやる、覚悟しろ。」
殿下はキッとこちらを睨んで部屋を出て行った。
私が頼ることの出来る人たちがほぼいない中で、この騒動はとても面倒なことになった。
しかし、ここはどうにか切り抜けなければ、と心に決めたのだった。
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