第19話 黙ってください 後編
「ちょっと、ここを通しなさい!」
「ユシュニス様は目覚めたばかりです。今日のところはお引き取り下さい!」
ドアの向こうから不穏な声が聞こえてくる。
ああ、嫌だ、誰かこれは幻聴だと言って。
「外が騒がしいですね、一体何の騒ぎでしょう?」
その直後に、バン! と扉が開く。
ミシェルが驚き、ひぃあぁあぁあ!と 叫び声を上げて私の後ろへと隠れる。
私の予想通り、そこに居たのはリマさんだった。
彼女は入ってくるなり、キョロキョロと辺りを見渡す。そうして、探しているモノが見つからないと分かると、私に向かって鬼の形相を向けて来た。
ミシェルはそれを怖がり私の腕をキュッと掴んでくる。
「どこに隠したの!?」
「はあ? 一体なんの話ですか? 突然入ってきて、失礼にも程があります。」
私の言葉に全く耳を貸さずにズンズンと近づいてくる。
「この部屋に黒髪の美形の男性がいたはずです!」
「そんな方はいらっしゃいませんわ。お願いだから近くで喚くのやめて頂けます?」
「嘘よ! さっき庭で、そこの窓から覗いていたのを見たんですもの!」
全く人の話を聞かないわ、この人。
キンキンと彼女の声が頭に響く。病み上がりに彼女の声はうるさすぎて仕方がない。
「先ほどライオットさんが来ただけです、お部屋をお間違えではないですか?」
「そんな訳ないわ!」
私の言葉に、リマさんはさらに声を荒げる。
いやはや、どうしてここまで疑念を向けられなければならないのだろう。
それに黒髪の美形だなんて曖昧な表現では事実居たとしても分かりかねる。
彼女の美形の基準もわからないし、黒髪だって言うほど珍しいわけではない。そうして名前も知らなければ口ぶりから知り合いでもないのだろう。
なにを求めて、その人物を探すのか。不思議でたまらない。
「とにかく、この部屋には今ミシェルと私しかいません。見たら一目瞭然です。それとも何か? どこかほかに隠れる場所があるとでも?」
私の言葉に対して、彼女は必死に返す言葉を探して部屋を鋭い目つきでギョロギョロと探す。
しかし勿論部屋のどこにも人が1人隠れるような場所などなかった。
「どんなに探しても、クローゼットなどありませんし、人が隠れられるほど大きなテーブルもございません。カーテンの裏はこれだけ日が差していれば影が映るでしょうし、この高さで窓から出ていくおバカさんもいらっしゃらないわ。何か、反論でも?」
リマさんはグッと口を噤んだが、何かを見つけてニヤリと笑う。
そうして私の足元をビシリと指さした。
「ベッドの下に隠れているのですね! そうに違いないわ!!!」
嬉しそうな明るい声が耳に嫌でも入って来る。
その声の所為で気分は最悪だが、私は愉快だという風にコロコロと笑ってみせた。
「あらあら、随分と面白いことを言うのねぇ!」
私はベッドの外側を覆うように垂れ下がっているシーツの裾をつかみ上へと持ち上げる。
「ベッドの下には隠れるような隙間はないわ、残念ね。」
私が手を放すと、ハラリとシーツは空しく落ちて元の様子に戻った。
リマさんも自分のあてが外れたことで、口を開けたまま唖然としてた。
しかしすぐに悔しそうな表情へと移り変わる。
これだけ主張しても彼女は未だに諦めてはいなかった。
大事な人がこの部屋にいるような口ぶり。
それと会えないことがまるで『全て私の所為だ』とでも言っているみたいだ。いや、みたいではなく事実であるのだろうが。
つまり、どうしても私を悪者にしたいらしい。
「ま、ほう、魔法を使ったんだわ。魔法だったらなんでもできるもの。」
それは私に対しての嫌味だとか皮肉だろうか?
ひくりと顔が引き攣るのが自分でもわかる。
「私が魔法を使えないことを知っていて、おっしゃっているのかしら? つくづく性格の悪いお人ね。」
「な!? ひ、酷い!」
「あぁ、失礼。つい口が滑ってしまったわ。」
愉快、愉快。
リマさんは下唇をぎゅううと噛んでいる。いろいろと言われて相当悔しさや怒りが募っているようだ。
お美しい顔がどんどん崩れていく。これでも彼らは可愛いなどと褒め称えるのかしら?
酷いなんて言葉、私が使いたいくらいよ。
魔法だったら何でも出来るですって? そんな甘い世の中がどこにありますか。
何でも出来るような魔法を扱えるのは、ほんの一握り。私のように魔法が使えない人だっている。
それに、どんな素敵な能力があっても、便利な世の中になっても弊害は生まれる。
彼女は、わからないのだろうか。どこにも万能な力なんて無い。
「後ろの女が協力したんじゃないんですか! ねえ!?」
「いい加減にしてください!」
ミシェルがぷりぷりと怒って私の前に出ていく。
「人を隠せるほどの空間魔法なんて持っている人が、そうポンポンいる訳ないでしょう!? 大体、そもそも先天的な魔法で数人しか覚えないようなものを、人を隠すだなんて高度なスキル……魔法をバカにするのも大概にしたらいかがですか!? 私は治癒魔法を極めるので手一杯なんです! そもそも貴方、聖女なんだったらもっと聖女らしく他人を救って差し上げたらいかがですか? 一体何のための聖女ですか、聖女として正しき行動をすべきです!」
ミシェルは先ほどの怯えなど一切無いかのように振る舞う。
が、その効果は彼女にはあまり見られない。
「は……? 私は、リューク殿下たちの心を救っています。それに、貴方はどなた? 聖女に口答えするなんて、身の程を弁えたらどうなのですか?」
彼女は自信たっぷりというようにミシェルへと言葉を吐く。ミシェルの聖女への印象は一気にガラガラと崩れ去った。
いいや、既に壊れていた。しかし、今この瞬間をもって綺麗に跡形もなく崩れ去った。
ミシェルは力なく後ずさって私の隣にストンと座った。
「こんな人に、私は……。」
幼い頃から守ってきた聖女という地位は、彼女にとっては想像以上に大きなものだった。
聖女として認められる存在になるために、人一倍努力した。
だから、その地位を誰かに渡すのは至極虚しく、心のどこかにポッカリと穴が空いたような気分に陥った。
だが、聖女が現れたと聞いた時誰よりもワクワクしたのも彼女だった。
自身とは違う、神の使いとして遣わされた存在。真の聖女。信仰する者の使いに会いたくないわけがなかった。
しかし、実際の評判を聞いてみれば驚くほどに酷いものだった。そうして今、直接対峙してみれば、このような者のために必死に守り抜いてきたものを渡さねばならないなんて、自分が随分馬鹿げた人間に思えていたのも事実だったのだ。
ミシェルは明らかに気を落として俯いている。
「聖女として、まるで正しい行動をしていないのに、よくそのような偉そうなことが言えますわね。今回の戦争の際にも、何の役にも立たなかったそうではありませんか。むしろ、邪魔になっていたとか……。正しいことの判断も出来ないような脳みそなんて、捨ててしまいなさいよ。」
「あ、あなた「わかっていらっしゃらないのですか?」
勢いよく言いかけた言葉をバサリと遮り、私は言葉を重ねた。突然のことに、リマさんは言いかけている途中の言葉の口型のままで止まる。
「戦争中に、また邪魔をするようなことがあれば今回のように……いいえ、それ以上の罰を受けるということです。あら、勘違いなさらないで? 私は貴方のことを心配して申し上げているのよ? 賢い貴方なら、わかって頂けますわよ……ねぇ?」
皮肉を交えながら、悪びれるような素振りも見せず、少なからず貴方を評価しているのよ〜というような言葉も添えて差し上げる。
そうすると、やはり人というものは強く出れないようで。「そ、そうね……。」なんてモゴモゴと言う。
「ここには、貴方の探している人はいらっしゃいません。先ほど目が覚めたばかりで、まだ頭がぼーっとしますの。お優しい聖女さま、どうか今日はお帰りください。」
私は背筋を伸ばし、凛とした声で告げる。
これの一体どこがぼーっとしているのだろうか。
しかし、彼女は何も疑うことなく、ただただバツの悪そうな顔をする。
「そう、ですね。また、別の機会にお伺いします……。」
もう来なくて良いわよ、むしろ来ないで頂戴。なんて心の中では思いつつも、「ええ、そうね。」と笑みを浮かべる。
彼女はそそくさと部屋を出ていった。
「バカで良かったわ。」
心の底からの声が零れた。
それから隣を見ると、ミシェルも私の視線に気づいてこちらを見た。
「なんだか、もう、嫌になっちゃいますね。」
あはは、と乾いた笑いを発する。
「私は、貴方の思ったことも言ったこともおかしいとは思いませんけれど。貴方は貴方のすべきことを、正しいと思うことを行なっていれば良いのです。」
「……きっと、神は見てくださっていますよね。」
私の言葉に、ミシェルはコクコクと力強く頷き自分の中で納得したようだ。
それから、いつものような明るく可愛らしい笑みを浮かべた。
「神殿に帰ったら、神官長様に怒られてしまうかも。」
ミシェルは神殿にいる神官長のことを思い浮かべて、少し眉を下げて力無く笑いながら肩をすくめた。
私はというと、視界の端に見える大量の書類に嫌気を感じていたのだった。
ーー時は、ユニが目を覚ます少し前に遡る。
「みんな、仕事だなんて……。」
私は聖女なのよ!!! とリマは憤慨していた。勿論、その気持ちは表に出さないが。
あくまでも、皆がいなくて寂しいというように言葉を紡いだ。
そもそも、聖女だというのに外出禁止という罰を受けたことに対しての怒りがおさまっていなかった。
だから、憤慨するような気持ちは常々増していくばかり。
あれから、未だに満足にみんなに会えていない。それに、みんなの好感度はMAXに近いはずなのに、逆ハーエンドはまだ先なの? なんて難しいゲームなのかしら。
ていうか、そろそろ隠しキャラも出て良いんじゃない?
庭で、ふんっとベンチに座り気まぐれに上を見上げた時に彼女は見つけた。
「いた……。」
それは彼女の中の隠しキャラにピタリと当てはまっていた。黒い髪にキリリとした目。
バチリと目があった。彼は窓から私を一瞥すると部屋の奥へと消えた。
あれはヤンデレ属性かしら!? いや、冷酷ドS系?
でも、確実に私のこと見てた。
「行かなきゃ!」
どんどん気持ちが加速していく。彼のいた場所へと瞬時に足が向いた。
彼女には不思議なことにまるで根拠のない自信が満ち溢れている。
待ってなさい! 私のイケメン!!!
すぐ攻略してあげるんだから!
その数十分後に、迷いながらも辿り着いたその部屋で不快な思いをするなんて、彼女は微塵も考えていなかった。
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