第18話 黙ってください 前編


『びぇえええええ!!!』


 少女は森の中でペタリと座り込んで泣いている。いや、森と言えるのだろうか……彼女の周りは殆ど破壊されてしまっている。焼けて、折れて、崩れて、酷いという言葉以外に何と言おう。


『酷い有様じゃなぁ……原因はおぬしか、娘よ。』


 突然の声かけにビクリとして、少女は眼前の黒い髪と瞳を携えた美しい青年を目を丸くして見つめた。

 しかし、3秒ほど見つめてまたすぐに泣き出す。


『おろろ、人の子よ。もう泣くのは止してくれぬか? 森がなくなってしまう。』


 青年はわたわたと慌てて、どうにか少女を鎮めようと声をかけた。

 だけれど、その泣き声は止まない。声に呼応するかのように森の破壊は進んでいく。


『おぬしの悲しみは、一体なんじゃ。』


 青年は少女の頬に伝う涙を拭いながら問いかける。


 私の悲しみは……。




「ん、んん……。」


 パチリと目を覚ます。

 見慣れない天井が視界に広がった。


 いや……良く見たら見慣れた天井だ。

 いつも仕事で嫌と言うほど見ているアレグエット城の天井で間違いないだろう。


 それよりも『サシャ峠要塞奪還作戦』はどうなったのだろう。あのとき倒れて、それで……ずっと眠ったままだったのだろうか?


 むくりと身体を起こす。

 特に身体が痛いわけでも重いわけでも無いのが不思議だ。まるで何も無かったかのように……なぜ私は倒れたのだろう。


 ちょうど良くガチャリと扉が開く。


「おやおや、様子を見にくればタイミングが良いですねぇ。」


 現れた人物はライオットさんだった。

 私とは倍近く歳が離れているので雰囲気から余裕さが感じられる。


「一体、何が……作戦はどうなったのですか?」

「こちらの圧倒的勝利に終わりました。キッドソン家には感謝の限りです。」


 言葉を発しながら、コツコツとライオットさんはこちらへ近づいてくる。そしてベッドの側まで来たところで「はい」と書類を渡してきた。


「あ、あの……これは?」


 私がいきなりの事に戸惑いながら、おずおずと問いかけると彼はわざとらしくニコリと笑みを浮かべた。


「もちろん、今回の戦争に関する書類ですよぉ。3日も眠り続けていたので、仕事はたんと溜まっていますからねぇ。」


 いや、鬼かっ!!


 内心で、どうしようもなく叫んでしまう。


「いや、あの、何が起きたのか未だに理解出来ていないのですが……一応私も目覚めたばかりで、病人と言いますか、えっと。」


 目覚めたばかりで頭がグルグルと混乱しているためか、上手く言葉を伝えることが出来ない。


「大丈夫ですよ、すぐに治癒魔導師も寄越しますし。その机の上に今回の戦争についての概要資料がありますので、読めば大方理解出来ると思いますよ。」


 ベッドの横にある小さな机を見れば、そこにはトンと十数枚程の紙が置かれていた。


『サシャ峠要塞奪還作戦について


 開始時刻から、おおよそ1週間で終結。


 アレグエット国

 死者 134名

 負傷者(軽・重傷者) 1563名


 絶対王政主義国家ルジエナ

 死者 約250名

 負傷者(軽・重傷者) 約1000名

 破壊機械兵数 約2000体


 また、此度の支出においては5頁に記す。』


 手にとって最初のページを見てみると、今回の戦争についての内容が記されていた。


 死者も比較的少なく抑えてはいる。

 そして、敵国であるためおおよその数値でしか測れてはいないが、ルジエナにとっては防衛戦だったために機械兵への被害が圧倒的に多い。


 だが、機械兵とて作る場合も輸入する場合にも多額の金がかかる。これだけ壊されてしまえば相当の痛手であろう。


「もちろん、全ての報告を読んで私が作成致しましたので、ミスは無いと思いますよ。」

「流石ですね、ライオットさん。」


 しかし、出来れば日を改めて欲しかった。

 せめて1日……いや半日、頭を整理する時間が欲しかったが。


 どうも頭がポーッとするのだ。

 きっと起きたばかりで、ずっと寝ていたからなのだろうが。


「それでは頼みますよ、ユニさん。」


 ライオットさんはクルリと私に背を向けてドアへと歩く。そして、そのまま部屋を出て行った。


 残されたのは私と大量の書類。

 ……はぁ、また書類整理の地獄だわ。


 渡された書類を脇に置いて、先にライオットさんがまとめた戦争についての報告資料に目を通す。


 全体概要の次にどの部隊にどれ程の怪我人がいるかが示されている。元々の所属人数が多いこともあるのだが、やはり騎士団と魔法師団の被害が大きい。


 次に支出についてだ。

 何にどれだけ使っているか、また物資をどれほど使ったかも記されている。予定よりも大幅に支出を抑えられているので、一先ず金銭への心配が減った。


 その次に、開戦から終戦までの流れ。

 目で追って行くと、第1陣地の部分の記述で私が倒れたことが記されていた。


 そこからオズウェルが私を本部へ連れて帰ってくれたことも記載されている。あの声は、幻聴ではなかったということか。


 しかし、どこにもあの少女のことは記されていない。いや、もしかしたら私の思い違い……夢か何かと混ざっている?


 いや、今はそれよりも把握が先だ。


 私が倒れたあと、第1陣地はすぐに落とされたらしい。それと同時にサシャ峠要塞と第4陣地に各々の部隊が派遣され、陥落したと。


 とりあえず概要は分かった。

 処理すべき書類を見る、中々に面倒そうだ。


『物資・貿易関連』

『魔道武器の修繕要請書』

『各団からの軍事費要請書』


 書類の処理がめんどくさいこともあるが、何と言っても関わらなければならない人たちを考えると面倒なのだ。


「ん、これは……。」


 『七雲島調査隊』という文字が目に入る。

 そうか、人選が任されていた。


 東国より頼まれていた、七雲島への人材派遣。

 これに関しては私が請け負っている。東国の外務の人たちとやり取りをしているのがキッドソン家だということが理由だ。


 キッドソン家の日頃の政務は『外交』である。

 もちろん全ての国と、という訳ではないけれど。


 だから外との人脈も濃いキッドソン家は、この国での地位が揺るぎないものである。まさに敵なしとはこのことか、と思ったことがあるのは仕方のないことでは無いだろうか?


 この国には優秀な者は多くいる。

 その中で調査隊員を選ぶとなるとこれまた迷う。


 偏りすぎも良くないというものだ。

 後でアシュレイにでも相談してみようかしら。


「あ、あの、失礼致します。」


 静かに扉が開き、そろりと全身が白で纏われた少女が入ってくる。


「えっと、ライオットさんに、お目覚めになったという知らせを賜りました。お加減は如何でしょうか……?」


 少女は、おずおずとこちらに近づいてくる。

 私はニコリと笑みを浮かべた。


「痛みなど、特にありませんわ。ミシェルの治癒魔法は完璧ですもの。」

「そそそ、それは、買い被りすぎというものです!!!」


 彼女は、ミシュメール・トリドリッド。

 治癒魔導師としては高位である『聖職者プリースト』の称号を持つ。


 『聖職者』よりも高い地位なのが『聖女』である。今は、リマさんが『聖女』の称号を得ているわけだが神に遣わされた聖女が現れない場合は、神殿側が『聖女』を定める。


 その2つの『聖女』は、『聖女』でありながらも全く別物であるが。

 そして、リマさんが来る前に『聖女』であったのがミシェルである。


 しかしながら、私よりも1つ年が上のはずなのにどうも年下に見えてしまう。

 それはきっと身長のせい。そして可愛らしさの差ね……どうして私の顔はキツめなのかしら。


 私だって可愛いと言われたいっ!!!


 失礼、ミシェルを見ていたら、つい取り乱してしまいましたわ。


 年上なのに敬称がないのは彼女に強くお願いされたからである。どうしても断れなかった不甲斐ない私を許して下さいませ。


「ミシェルも疲れていらっしゃるでしょうに……。」

「皆を癒すことが私の務めです。自身の仕事を怠ってはなりませんから。」


 その言葉をあの女に聞かせてやりたいわ。


「ならば、私も自身の仕事に精を出さねばなりませんわね。」


 そう言って、私は書類へと手を伸ばすがミシェルがもの凄い早さでそれを取り上げた。


「ダメですっ!」


 ミシェルは、ふんすっ! と鼻息荒く叱るように声をあげた。


「病み上がりは寝ていて下さい! この資料は一旦お預けですっ!」


 彼女はそう言いながら、書類を私から遠い机に置いた。


「……わかったわ、安静にするから怒らないで頂戴。」

「お、おおお、怒ってなどいません!」


 ブンブンと懸命に首を振る。それが、何だが可愛らしくてクスリと笑ってしまう。


 まあ勿論、彼女がいなくなったら仕事をするのですけど。


「ちょっと、ここを通しなさい!」

「ユシュニス様は目覚めたばかりです。今日のところはお引き取り下さい!」


 ドアの向こうから不穏な声が聞こえてくる。

 ああ、嫌だ、誰かこれは幻聴だと言って。


「外が騒がしいですね、一体何の騒ぎでしょう?」


 その直後に、バン! と扉が開く。

 ミシェルが驚き、ひぃあぁあぁあ!と 叫び声を上げて私の後ろへと隠れる。


 私の予想通り、そこに居たのはリマさんだった。

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