第14話 戦場は轟き
第3陣地が陥落した、その知らせを受けてすぐに第2部隊は進行を始めた。
俺は、第2部隊の1番後方の集団に居る。
第3陣地から流れてくる残党を撃退していたのだ。勝機が無いと降参した少数の者も含めればもうこちらに兵士はほとんどいないだろう。
夜に戦うのは危険であるから、夜はどちらも動きはしない。まあ、普段のルジエナならば向かってくることもあるが、なにせ向こうにとっては防衛戦だ。無駄に危険な行為をするほどバカではない。
夜が明け、朝になったころに俺は第2部隊に加わった。後方から最前線へ、一気に進んで行く。
最前線の者たちは既に第3防衛ラインを超えた。後は第2防衛ラインと最終防衛ラインを超えれば今日中に陣地は全て奪えるかもしれない。
そうなれば後は本陣である『サシャ峠要塞』だけだ……まぁ気を抜くことは出来ないが。
「オズウェル! 随分、遅かったじゃねえか。」
最前線に到達し、敵と交戦していると声をかけられる。それは、団長だった。
どれほどの者を斬ったのか、既に返り血を多く浴びていた。
「ルジエナの兵は降伏という言葉を知らないようです。」
「他国とルジエナを同じと考えるな、思考がまるでちげぇよ。」
ルジエナは軍事国家であるため、徴兵制度もあり、国のためという思想が強い。そのため『降伏して生き残ることは恥』なのである。むしろ『戦争で死ぬことこそ名誉』なのだ。死んでしまえば元も子もないというのに。
「良く戦いながら喋れますね。」
うちのエースである、ダ・アイシクル--通称 チビ助 (騎士団には怒らないが、他の人に呼ばれると怒る) が敵兵を斬りつけた後に呆れたようにこちらを見て言った。
「なんだチビ助、てめぇも人のこと言えねぇじゃねぇか。」
「団長たちほど、余裕はありませんよ〜っと。」
そう言いながらも、余裕綽々で敵を斬りつける。そのあたりがやはり彼と周りの者の違いなのだろうか?
「さぁて、今日中に第2陣地陥落するぞ。」
「第3陣地は3日程かかったんですよ、なんて無謀な!!」
「無謀がなんだ、俺たちなら出来るだろう。」
団長の発言にチビ助が反論し、それに対して俺が物申す。珍しい光景ではない、むしろお決まりの光景とも言えよう。
第2防衛ラインはもう目前だった。
「ほれ、チビ助。ひと暴れしてこい。」
「あーっ! またそうやってボクに押し付ける! ……しょうがないなぁ、すぐ片付けて来ますよ〜、もう。」
前方の敵を斬り倒しながら、チビ助は第2防衛ラインギリギリまで攻める。
防衛ラインには大勢の敵がいる、普通ならばそこに単身乗り込むなんて自殺行為だ。まあ、後援もあるし俺たちも付いているから何かあってもチビ助を助けるくらいならばどうにかなる。
「ちょーっとお邪魔しまぁ~っす!!!」
そうしてチビ助が放ったのは『
チビ助の師は『和紗国』の侍である。『世烈秋雨流』の使い手で、世界にもその名を轟かせた。全てを教えたその数ヶ月後に亡くなったので、チビ助が唯一の後継者というわけだ。
その技は、その名の通り地を裂く剣である。
チビ助が、ゴッと勢いよく剣を地に突き刺すとチビ助を中心として広大な範囲に亀裂が走った。
俺たちの少し手前のあたりでそれは止まったかと思うと一気に地が裂け、敵兵の多くは突如現れた溝に落ち、盛り上がったり盛り下がったりした地に遊ばれ身体を打ち付けていた。
その範囲は最終防衛ラインにまで影響を及ぼしていた。
「終わりましたよ~!!!」
チビ助はニコニコしながら剣をブンブンと振り回し、こちらに向かって叫ぶ。
彼の足元はしっかりとそのままの状態であるために彼には何の被害もない。
頑張っただろう、とドヤ顔をしてくるが俺と隊長は深くため息をついた。
「バカ野郎! 地を割ったら俺たちはどうやって向こうに行くんだ!!!」
「……あちゃあ!」
「あちゃあ、じゃねえよ!」
団長がチビ助に向けて怒鳴ると、チビ助は一瞬呆然としてから、しまった! というような顔をした。
流石チビ助……期待を裏切らないバカだ、と半ば呆れて関心した。
そうなのだ、こいつは確かに剣の才能もずば抜けているし、こうした戦場においては俺や団長に匹敵するほどの功績をあげている……わけなのだが、頭のネジを1つどこかに落としてきたらしい。
こういう状況は1度や2度だけではなく、すでに見慣れた光景になっているのは確かだ。
「氷の
そう声が聞こえたと同時に、前方に一直線の氷で出来た道が現れた。
「おー! シエ、ナイス!!!」
チビ助が声を上げる。
後ろを振り返ると、そこにはチビ助とは双子のシェ・アイシクルが居た。
第3陣地の方では随分と活躍したようで、この姉弟はバケモノかと思わざるを得ない。勿論、いい意味で。
「弟のミスは姉である私がカバーするのは当然なの。」
平然とシエは言った。
この光景だって珍しくないのが現実で、本当に双子かと疑うほどのしっかり者である。
「さぁて、もっと暴れるぞー!」
チビ助は意気揚々と第2陣地へ向けて踏み出そうとする。だが、しかしその地面は氷なわけで。
「チビ助、危ない滑るぞ!」
団長が声を荒げるがチビ助は聞こえていないのか、構わずに氷の地を駆ける。
「……あれ?」
間抜けにステーンと転げるチビ助の姿はなく、本当に氷なのか? と思う程にしっかりした足取りで駆けていた。
「滑り止めも万全なの。」
得意そうな表情でシエはこちらを見る。
さすが、アフターケアも完璧だ。
安全だとわかったところで、俺たちもチビ助に続いて進んでいく。最終防衛ラインもすんなりと抜けて、残るは第2陣地のみだった。
第2陣地手前は勿論、敵も多かったが、俺たちが着く頃には既にチビ助が3分の1は斬っていた。
本当にバケモノ並みの強さだ、こいつが敵でなくて良かったと安堵する。
「流石にこれを1人1人相手にしてたらキリが無いです。」
チビ助が俺たちに告げる。
確かに、機械の敵は斬っても新たに投入されて増える。そりゃ、限りはあるが……ここでずっと足止めされていたら他の陣地から敵が流れてくる可能性もあるのだ。
とにかく、今回の戦争は時間が命である。
「わーった、俺が道作るから、てめぇらは先に中に行け。」
団長が俺たちにそう言うと、剣をもう1本抜いて2本持つ。団長は実のところニ刀流の剣士だ。しかし、大抵の場合は1本しか使っておらず、もう1本抜く時は本領を発揮しようという時。
つまり、団長は剣が一本の時は本気では無いということなのだ。
「おらーっ! そこ退きやがれ!」
ふわりと宙を舞い剣を振るうと、竜のような形をした風が敵兵を襲う。団長の秘技『
「助太刀するの!」
シエは、風と相性のいい火の魔法である『
「行くぞ、チビ助!」
「あーいっ!」
道が出来たところで第2陣地の内部へと入っていく。
さて、そろそろ第1部隊と第4部隊が出発の用意を始めている頃だろう。
俺も早くここを落としてユニと合流しなければ。
敵兵が次々と現れるが、俺たちにとってそれは障害ですらない。どんどん斬り倒して、敵地の上官の元へと向かう。
この陣地の上官を倒し、魔導水晶を壊してしまえば本部との連絡も断たれる上にこちらの情報も本部へと流れることはなくなる。
それがこの戦場においては『陣地を落とす』ということだ。
通路を抜けて広い場所に出ると、そこには中型アーマーがいた。中型アーマーの弱点は背中のコアだ。そのコアを壊してしまえば、簡単に中型アーマーは動かなくなる。
ちなみに、大型アーマーは比にならないほどとてつもなく大きい。
「邪魔だ!!」
俺は軽々と中型アーマーの頭上を超えて背後のコアを斬る。
戦場で俺が使う剣は大剣なので、機械すらも簡単に切り裂くことが出来るのだ。
「さっすが、副団長!」
「口よりも手を動かせ、チビ助。」
「うっす!」
ここにアーマーが居るということは、この先に上官がいるのだろう。
通路を抜けた先には、俺の読み通り上官や多くの敵兵に加えて奥に輝く魔導水晶があった。
「さぁて、一暴れしてやりますよ!」
チビ助は、獲物だと言わんばかりに狙いを定めて敵兵の群れに突っ込んで行く。
チビ助は剣しか振るって来なかった。だから戦うことしか知らない。こいつにとって、戦うことが全てだった。
だから、こうして敵兵を斬っている時が何よりも活き活きしている。人を殺すことに意義を見出してしまう人間を生み出すこの時代を、俺はどうにも好めない。
そう言いつつ、俺だって数え切れないほどの人間を斬っているわけだが。
「魔導水晶を守れーっ!!」
そう叫んだ男が奥にいる。
ヤツが上官だろうか? 確かに、偉そうだし服装も周りとは違う。
俺は、その男に一直線に向かっていく。
急速に近づいてくる俺に気がついた瞬間、男が剣を抜く。俺と相手の剣がぶつかった。
「ぐっ……ここは俺が抑える、魔導水晶は任せたぞ!」
「残念、もう遅いでーす。」
俺と相対する上官が周囲の兵に声をかけたときには、既に周囲の敵を一掃したチビ助が魔導水晶の横に立っていた。
ニヤリと笑ってから、その剣をグサリと魔導水晶に突き刺す。
バキッと音がなって魔導水晶にヒビが入り、まもなくそれはバラバラと崩れ去った。
「よそ見している暇などないだろう。」
魔道水晶に気を取られている隙をついて、俺は上官を斬る。ふぅ、と一息ついて俺は剣をおさめた。
「第2陣地、陥落しました。」
伝達専用の魔導機器で、本部へとその情報を伝える。既に、第1陣地と第4陣地への部隊を出発させたようだった。
【無理はしないでくれ、オズウェル君。】
「大丈夫です、狼を1匹こちらへ向かわせて下さい。」
キッドソン公爵は【わかった】と了承の言葉を放ち魔導機器の通信を切った。
「残党は任せてください、副団長! 心配しないでくださいよ。俺、負けないんで。」
自信たっぷりにチビ助が言う。
「お前には何の心配も無いよ、任せたぞ。」
「うっす!!」
俺は、この場をチビ助に任せてユニの元へと急いで駆け出した。
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