第2章 たたかいのはじまり

第13話 開幕しました


 ゴウゴウと風が過ぎて行く。

 いつもなら感じる風の心地も、これから始まる戦いの所為で何も感じることが出来ない。


 馬で、狼で、鳥で、歩きで、そして竜で。それぞれの方法で我々は戦場に向かっていた。大体が足並みを揃え、私だけが一足遅れて向かっている。


「メルガー、お願い。もう少し飛ばして。」


 私を背に乗せている、竜のメルガーはこちらをチラリと見てから『めんどくさい』と訴えるように、目を細めてからスピードを上げた。


 初めにアレグエットを出たのは歩きの軍隊だった。しかし歩きと言っても魔法によって負担を抑えた魔導師達や騎士団である。

 それに付いていくように馬に乗って騎士団の隊長格も進んでいる。


 その次が狼を使役する『狼使い《ウルフブリーダー》』である。『魔物使い《ブリーダー》』は、魔物を使役し戦の場に出る者たちの総称だ。それぞれが使役する魔物によって、また呼ばれ方は異なる。


 『狼使い』の次に馬車が出る。私のお父様など戦場での重役が乗っている。

 それを護衛するように『鳥使い《バードブリーダー》』が空を飛んでいる。


 そうして最後が竜である。基本的には大きな物資を届ける役割を担っている。その竜を扱うのが『竜使い《ドラゴンブリーダー》』である。ちなみに私は『竜使い』ではない。


 バサリバサリとメルガーは地上に降りて行く。サシャ峠付近についたようだ。目立つためあまり近くでは降りることが出来ず、遠いところで降りてそこからは空では無く陸を移動する。


「メルガー、ありがとう。」

「グルル。」


 私が頬を撫でると、メルガーはくすぐったそうに鳴いた。それからその大きな身体を縮めて腕に収まる程に小さくなり、ぱたぱたと羽を動かしながら私の周りを飛ぶ。


「さぁユシュニス様、乗ってください。みんな貴方をお待ちです。」


 いつも私を戦争の場まで送ってくれる『狼使い』のリーダーが私に声を掛ける。私は慣れたように狼に乗ると、すぐさま走り出した。


「今回の作戦もユシュニス様がお考えになられたのですか?」

「いえ、大筋はお父様が立てました。私は、その肉付けのお手伝いをさせて頂いたまでです。」


 実際、前回の作戦も大筋を考えたのは私だが、細かい部分は3人で考えた。まだまだ私1人で出来るほどの力はない。


 今回の作戦も、私がお父様の補助をしているが手助けを出来ているかと言われると微妙なところだ。

 事実、お父様は1人でも作戦を考えられるし私のような『ひよっこ』が口を出せるような人では無いわけで。


「前回の戦いでは、ユシュニス様のおかげで勝利を勝ち得たようなものです。今回も我々は大いに期待をしています。」


 期待、という言葉に胸がドクンとする。

 言いようの無い緊張感を隠すために、私はニコリと笑った。


「何を言っているのですか? 私1人ではどうにもなりません、皆様のおかげです。どうかあまり過大評価は致しませんよう。私も押しつぶされてしまいますわ。」


 リーダーさんは少し眉を下げ微笑を浮かべてから「すみません」と謝罪を一言口にした。


 今、プレッシャーに潰れては困るのだ。

 ここが大一番というところ、勝つことが出来れば我が国の未来に明るさが見えてくる。


 あとはリマさんたちを本格的にどうにかするだけ。


 サシャ峠の要塞を奪還すれば、ルジエナにとっても良くない状況下となる。それにうまく行けば敗戦国には賠償金を請求出来る。まぁ、そのためには旧メイエン地域まで侵攻しなければならなくなるわけだが。


 ただ、当面は『セラ・アルバ』からの援助金でどうにかなるだろう。そこは今、ライオットさんが話をつけてくれているはずだ。


 とにかく私は、今この戦を乗り越えることが第一なのだ。


「ユニ、随分遅かったな。」

「申し訳ありません、少し準備に手間がかかってしまいました。」


 戦場に着くと、お父様が私に声をかけてきた。

 少しだけピリピリとした空間なのだが、お父様の声音はいつも通りだ。


「それで、今の戦場の様子は?」

「あぁ、アシュレイ出してくれ。」


 私よりも随分先に到着していたアシュレイが、お父様の呼びかけに返事をして戦場の様子を映し出す。


 ホログラムのように俯瞰図で戦場の様子が現れる。『鳥使い』がわかる限り敵とこちらの戦局を映し出してくれる。


「まだ向こうも様子を見て動いていないようだ、それに向こうがこちらに不用意に攻めてくることは無いだろう。」

「随分と固い守りですね、ルジエナらしくない。」


 残虐なルジエナは、戦場においてもその姿勢を崩さない。常に攻めに攻めてくる、攻撃こそ最大の防御という言葉の典型。


 ただ、今回はそうではない。

 絶対取り返されたくないようで、いつもとは真逆だ。


「ここから回り込んで責めるか?」

「いえ、それだと時間がかかってしまいますわ。今回はあまり時間をかけていられません、一気に畳み掛けなければ。」


 こちらの物資などの都合的に長期戦に持ち込むことは出来ない。今のアレグエットには確実に持久力が無いのだ。


「まず東の第3陣地から落とそう。第3陣地には魔導師団を中心とした部隊を送り込む。第3陣地が陥落出来そうになったら西の第2陣地に騎士団中心の部隊を送り込む。」


 確かに第3と第2を先に落とせば、その後の第1陣地と第4陣地への出撃もいくらか楽になる。


 それに、見たところ第3陣地には機械兵が多いので魔導師が有利になるし、第2陣地は普通の兵士や魔導師が多いので騎士団の方が有利だ。


 お父様の見解は確かに間違いではない。


「『魔物使い』たちはどうしますか?」

「『鳥使い』は偵察のまま、『狼使い』は第3と第2を落とした後に第1陣地に向かう際に必要になる。」


『狼使い』はあくまでも『足』ということか。


「アシュレイ、部隊編成をして今の指示を皆に伝えてくれ。」

「わかりました。」


 アシュレイがカタカタと魔導機器を使う。

 基本的に人事的な仕事はアシュレイが行っている。アシュレイは作戦を考えるというよりは人を扱う方に長けているのだ。


 誰がどういう場所で戦うことが向いているか、逆にどこが弱点か。そうしたところを理解して部隊編成を行ったりするのだ。


「すまないが、今回はユニも前線に出て貰わなければならない。」

「……私は魔法も剣も使えません。」


 軍師直々に前線に出る。それは私達にとっては珍しいことではなかった。

 ただ、魔法も剣も扱えない私にとっては心底難しい話で、実際に出た経験は殆どないに等しい。


「お前にしか出来ないこともある。」

「足手纏いになってしまいます。もしかしたら、誰かを傷つけてしまうかも……。」


 私は小さく呟いて目を伏せた。

 しん、と沈黙が流れるがコツコツと誰かが私に近づいて来てポンと左肩に手を乗せた。


「キッドソン公爵、私がユニに付いてもよろしいでしょうか?」

「……オズウェル?」


 私がその声に反応して、見上げて名を呼ぶと彼はニコリと私に笑いかけた。


「第2陣地を陥落したあと、第1陣地に向かいます。第4陣地は私が居なくとも仲間が陥落してくれるでしょう、それだけの実力が皆にはあるのですから。」


 お父様が真剣な眼差しを彼に向ける。数秒見つめた後にお父様は笑みを零した。


「君には負けるよ、ユニを頼むよ。」

「もちろんです。」


 彼は私を見て、ニッと笑った。

 私もそれを見て何だか安心する。


「俺が付いているから安心してくれ。」

「それはどうも。」


 なんて可愛げが無い言い方なのだろう。

 もっと素直にありがとうと言えばいいだけなのに。

 素直になれない自分に嫌気がする。しかし、自分の中で素直になってはいけないと鍵をかけているのもわかっている。余計なことを言ってしまわないように。


だって私はまだ、リューク殿下の婚約者であるのだから。


『第3部隊これから出撃します。』


 我々の本陣に第3陣地へと向かう部隊の隊長からの声が響く。これから戦争が始まるようだ。




「戦局はどうなってるの?」

「現在、我々が押しています。最前線の者たちは第3陣地の最終防衛ラインへ到達した模様です。」


 私--シェ・アイシクルの問いかけに、魔導師団の隊員が答える。




ーーシエは魔法師団の中ではエース的存在である上にその地位も高い。魔法師団の中では何人かいる隊長格の一人である。

幼い頃から才能を発揮し、戦場に出ていた功績の結果だ。ただ、そのため彼女も学は無いわけだがーー




 最終防衛ラインということは、第3陣地を落とすのは目前ということか。

 私達は、最前線から少し後ろで相手の兵から防衛しているわけだが、ここは一気に畳み掛けた方が良いのだろうか。


 既に3日目の昼を迎えている、体力的にも限界に近いであろう。今日中に決めてしまいたい。


「被害状況は?」

「死者・重傷者共に数十名、軽傷者は百名弱おりますが手当てをして戦場に復帰しています。比較的被害は大きくないと言えます。」


 第3部隊は総勢五百名ほど。今までと比較してもその中での被害は確かに少ない方だと言える。

 しかし、誰1人として死なずに生きて帰る……無理だと言われても、それが私にとっての願いであり目標であった。


 いや、今はそれより目の前の戦いに集中しよう。


「ここは任せましたよ、私は最前線へ向かい畳み掛けます。」


 私は隊員にそう伝え、彼がコクリと頷いたところでバッと駆け出した。

 身体強化の魔法をかけたため、自身の移動スピードは遥かに早く加えて疲れも感じない。


 前方に機械兵と敵兵が立ち憚る。


「邪魔なのっ!!」


 私は無詠唱で『雷撃サンダーショット』を打ち込む。機械は雷魔法に弱い。だから、この隊には雷魔法を得意とした者が中心として組まれている。


 私は全属性扱える。強いて言うなら私の魔法属性は『風』だけれど、そんなもの私にとっては何の意味もない。


 どれも得意属性なのだもの。


 あっという間に私は最前線についた。

 周りの仲間が傷を負いながらも必死で戦っている。これは治癒魔導師が足りなそうだ。


 目の前には多くの敵兵、要塞の入り口まではあと少し……か。


「要塞の入り口へ道を作ります! 怪我したくないなら離れてください!!!」


 拡声魔法であたりへと私の声を届ける。

 その声に気づいた敵兵は進路を変えてこちらへと向かってきた。


 それでいいの、一度に葬る敵は多い方がいい。


「雷帝のインペリアルサンダー!」


 敵兵が私に攻撃をしようとしたところで、私は高位魔法を発動する。

 強大な雷が地を抉りながら一直線に進んでいく。その直線上の敵は勿論、その周囲の機械兵にも影響を及ぼしていて、機械兵はぐたりと崩れた。


 要塞入り口までの道は開かれ、入り口も僅かに魔法の影響が見える。


「さぁ、行きましょう!」


 私の掛け声に大きな歓声が上がった。

 空いた道を勢い良く私達の部隊が進んでいく。


 第3陣地は、陥落寸前だ。




 ザッザッと少女は戦場のそばの草原を歩いていた。少し遠くで黒い煙が上がっている。


 そろそろ陣地1つ落ちたところかなぁ、と彼女はつまらなそうに笑った。

 ピリッとした気配を感じてそちらを向くと、仲間と言えるわけでもないが同族の者がそこに居た。


「こんなところで、何をしているのかしら?」


 髪が長く、口調も女らしく、顔も身体の線も中性的だが、声は低く女性と言いづらいくらいに程よく筋肉がついている。

 実際、その人物には性別が無いので女性だ男性だ……などと言うのは関係が無いわけだが。


「別にボクがどこで何してても関係ないだろ。」

「あんたは基本こっちには来ないじゃないの、どういう風の吹き回し?」

「ボクが住んでる地域の人が戦争してるんだもん、見に来たってバチは当たらないでしょ。」


 少女がニコリと笑いかけると、もう1人の人物は深くため息をついた。


「リドル、この世界の出来事はあたしたちの娯楽じゃ無いのよ。」

「あーうるさいなぁ、わかってるよ! そっちこそ、旧メイエン地域にあった住処が壊されたからって人間と共存して、あんまり深く介入しないでよね、メルガー。」


 誰が尻拭いすると思ってるんだか。


 少女ーーリドルは最後に小さく口を尖らせて呟いた。メルガーに対してムッとした表情を依然として続けたまま、プイと顔をそらした。


 龍は、人間世界に深く干渉しない。

 それが暗黙の了解である。


 そうして仲間の犯した禁忌は、他の龍達によって処理され修正を行う。世界の傾きは龍によって正され、処理される。


 つまり、この世界においての龍は神の使いなのである。竜とは異なる種族である龍。


 龍の姿で、人の姿で、虫の姿で、魔物の姿で。あらゆる姿で世界に順応し、生きて、そしてバグを修正するのだ。


「あたしはバグを修正しなければならないの、というバグとというバグ。」

「あぁ、ユニって子、まだ終わってなかったんだ。早くしてよね、あの子は悪いモノを呼び寄せやすいんだから。」

「今は、もう1人の方が厄介よ。勘弁して欲しいわね、国1つ潰す気かしら。」


 メルガーの言葉を聞き、リドルは口の端を吊り上げた。


 面白そうだ、と。


「とにかく、お願いだから変なことはしないで頂戴ね。」


 メルガーはリドルにそう言ってから、戦場の方へ翼を広げて飛び去った。


 リドルは1人草原に立っていた。

 自身の変化なくつまらない毎日を思い返し、そしてこれから楽しめそうな娯楽への期待を膨らませてゆく。


 戦場を見学することなんかより、よっぽど楽しそうな人間の物語を見物できそうだ。


 しかし、そこでリドルはメルガーの言葉を思い出した。もう1人のバグの存在。

 こんなに時間をかけてメルガーは何をしていたのだろうか。


 どんなバグかは知らないが、そんなものは壊してしまえばいいのに。封印するか、溢れさせて壊すか。リドルにとって面倒なバグは壊すのが一番ラクなのだ。


 封印したら、いちいち様子を見なければならないし、壊してしまえば壊れてしまったのだから気にする必要はない。


 さて、バグを探しに行くか。


 リドルも、翼を広げて戦場へと向かった。

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