第15話 王城を駆ける


 戦争が始まり、アレグエット王城は人の往来が激しく、自身の仕事に追われる者がほとんどだった。


 王城も、戦場と匹敵するほどに忙しいのだ。

 始終、回復薬は足りないし、食料だって用意しなければならないし、戦場からは重症人がひっきりなしに運ばれてくる。


 運送役は基本的に竜なので『竜使い』だって寝る暇などない。


 それから、治癒魔導師が足りないために回復薬も大量に作らなければならないので、薬学者だって忙しさは尋常ではない。


 元々、人数も少ないのにその人数の仕事の量をはるかに超えていた。


「どいて、どいてー!」


 ハーツェンヌ・ラプラジエール--通称ハルも、その忙しさに悲鳴をあげている1人だった。


 混雑した通路を大声を出しながら通る。

 それも急いで回復薬を運ぶためだった。


 だが、どうも前方が動かない。

 なんだ、なんだ! とどうにか人混みを掻き分けて進んだ先には、最悪の光景が待っていた。


「うっげ、最悪。」


 そう、声をあげてしまう程には。

 ハルの目の前に広がるのは「申し訳ございません!!!」と何度も謝罪をする同僚の姿と、リマ・ベネダ御一行だった。


 なぜ、そのような事態になっているかは一目瞭然だった。


 床にぐちゃぐちゃになっているガラスの破片と濃い色の液体。そうして、リマの服に染み付くその色。


 ハルの頭の中に真っ先に浮かぶのは、あーあーまた作り直しかよ! という悪態だった。

 1ケース作るだけにどれだけの労力を使うか……そうして、割ったのならば早急に作り直しをしなければならない。ここで、時間を費やしている暇などないのだ。


 しかし、回復薬を運ばなければいけないハルとて、未だにその場所を動くことが出来なかった。


 彼らが、ハルの同僚を許さないからだ。


「リマが怪我をしたらどうするのだ!」


 リュドリューク・アレグエット--この国の王位継承者であるリュークが叫んだ。


「それに、この服を貴様は弁償出来るのか? ええ? もっと配慮をしろ!!」


 貴方は、薬が届かずに戦争に負けたら責任を取れるのか? とハルは心の中で思った。


 この状況下で配慮をしなければならないのはリマたちの方であった。この城の忙しさがわからないのだろうか? 今、どんなことが起こっているのかわかっているのだろうか?


 いいや、わからないだろう。

 自分たちの世界が全てなのだ、彼らは。


 国の戦争だと言うのに、動かないリューク。


 軍師や魔導師なのに戦場へ赴かない、キッドソン次期公爵であるエドワード・キッドソンと天才魔導師であるカイル・ラグターナス。


 ベネダ家は、戦が始まる前が1番の仕事時ではあるが、自身の仕事が終われば何もしないなんて、それもそれで無責任な話ではないだろうか?


 それが、周りからの彼らの評価だった。


 なるほど、反乱の日も近いな、とハルは冷静に考察をする。


 勿論、周りだって対処していない訳が無い。

 彼らには戦争の旨を伝えている。


 リュークには戦争下での王城の指揮補佐が任されており、一時期は優れた采配をしていた。


 エドワードも最初は共に戦場へ行くはずで、作戦を共に練っていた。


 カイルだって魔導師団と魔法の練習を行っていたし、ベネダ家も陛下からの協力要請にいくらか前向きだった。


 ただ、いつだったか……急に彼らは戦争への協力体制をやめた。それからは、こちらの話に耳を貸さず、元の状態に戻った。

 周りの人は混乱した、なぜ急に? と。


 ハルには、リマが自身と共にいる時間が減ったことから『魅了状態』が薄れていることに気づいたのではないか、と判断出来た。

 だから、今までより強力な『魅了』をかけたのではないか……と。


 そう考えるのが確かに妥当ではあった。


 しかし、こうして野放しにしたことは確実に失態だろう。この状況で、城内を我が物顔でズカズカと歩けるその神経が、周りの人々には理解出来なかった。


 特に周りに何か迷惑をかけていたわけでは無かったので、戦争の忙しさもあり対処せず放っておいたが……今回はどうしたって間違いだったと気づかされる。


「この忙しい時に……一体、何の騒ぎですか?」


 そこへ現れる救世主、この国の宰相であるライオット・ワゼルフスキーだった。


「こいつがリマにぶつかり、薬を撒きドレスを汚したのだ!」


 リュークの言葉に、ライオットさんはわざとらしく大きなため息をついた。


「今、何が行われているかわかっていらっしゃいますか? そんな我が物顔で歩いている暇があるなら、少しはこちらの手伝いをして貰いたいものですねぇ、ええ。セラ・アルバと交渉を終えて戻ってきて、貴方達には驚きましたよ! こちらも忙しいのでね、害が無いならと放っておけばこの始末……私としたことが判断を見誤りました。」


 ライオットの言葉に、よくわからないとリマたち一同はキョトンとする。


 その反応にライオットは、尚更表情を硬くした。


「ええ、わからないようですからハッキリ言いましょうか? 仕事の邪魔なのです。自宅謹慎でも言い渡しましょうかねぇ。」


 そのハッキリとした物言いに、ムッとするリマたち一同。


「何の権限があって、そのような判断を下しているのだ、ライオット。場合によっては不敬罪とするぞ。」


 リュークがギロリと睨みながら言うが、ライオットは変わらずに爽やかな表情を維持する。


「戦争中の城内における私の権限は陛下に次いでおります。不敬罪? 出来るものならやってみなさい。それから」


 ライオットは爽やかな表情をぐしゃりと壊して怒りの表情を浮かべる。

 その表情にその場にいたものは恐怖を覚えた。


「誰のおかげでか、わかった方がいい。」


 それを言うと、ハルの同僚に視線を向けた。


「いつまでそうしているのですか。割れたのならば早く作り直しなさい、刻一刻を争うのですから。」

「あ、はい! 失礼します!」


 ハルの同僚は急いでその場を去る。

 ライオットはバシンと1つ手を叩いた。


「貴方たちもです! 早く仕事に戻りなさい、戦場のものたちは今も休まず戦っているのです!」


 その声と共に、周囲の者は急いで仕事に戻る……といっても、その場を通れなくて困っていた者がほとんどなのだが。


「リュドリューク・アレグエッド、エドワード・キッドソン、カイル・ラグターナス、オルドロフ・ベネダ、そしてリマ・ベネダ……貴方たちに自宅謹慎を申しつけます。ここにいても邪魔なだけのようで。馬鹿な真似はしないで下さいね、処罰の対象です。」


 グッと口を噤む5名。この対処も、今が戦争中だから出来る行為であって、これが普通の状態ではどう頑張っても出来ることでは無かった。


 破ったための処罰だって、たかが知れている。ただ、その言葉は頭の働いていない彼らにとっては十分な言葉だった。


 特に、リマ・ベネダには。


 忙しなく動く人々、それはハルとて例外では無かった。急いで、回復薬を届けなければ! と足早に歩き出す。


 王城は再び、人々の往来で騒がしくなる。


 この戦争に勝つことで未来への兆しが見えるのは誰もがわかっていた。


 ただ、崩壊が近づいていることに気付くものは誰1人としていなかった。

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