第10話 理不尽にも程があります 後編


「カイルさま!」


 どうして、このタイミングで来るのかしら。


 後ろからタッタッと足音が聞こえる。

 その人物が近くに寄ってきた時に、ふっとそちらを見ると、予想通りリマさんがいた。


「ユ、ユシュニスさま!? あなた、まさかカイルさまに何か……。」


 目を見開いて彼女は私にどう考えても失礼なことを言う。


 はぁ? 私がカイル様に何かしたって思ってるの? 本当に頭の中がお花畑なのね。不敬罪で処罰したい。

 まあ、聖女という存在を不敬罪になんて出来ないけれど、下手したら私の方が不敬罪で神殿から問われてしまう。


「憶測でモノを言うのはよした方が良いと思いますよ、失礼にも程がありますわ。」


 ギンっと睨むと、リマさんは小動物のごとくビクリとする。

 いっつもビクビクして、そろそろイライラしてきたわ、どうしましょう、お肌が荒れます。


 そう考えていると、バッとカイル様は私の手を押しのけてスッと立ち上がる。


「いつまでも僕に触っていないでよ、ユシュニス公爵令嬢。」


 明らかな敵意が向けられた。

 一体、この数分の時間にどんな心境の変化が訪れたと言うのか? あぁ、リマさんの前だから格好でもつけたいのでしょうか?


 それにあんなにも体調が悪そうだったのに、まるで嘘のように元気ではないか。


「あら、具合は大丈夫なのですか? カイル様。」

「寝不足が祟っただけだよ、君に心配してもらう必要なんてないさ。」


 愛想笑いを浮かべた私だったが、口の端が自然と苛立ちにより吊り上がってしまう。

 更にはリマさんが口を挟んでくる。


「まぁ、寝不足だなんて!? 大丈夫ですか……あまり無理はしない方が良いですよ。」

「リマは優しいね……大丈夫、明日からはまた無理をしないようにするよ。」


 あ ん た の せ い だ よ ! !


 心の中でそう叫んだ私がいた。

 リマさんがそういうことを言うから仕事が溜まって寝不足になるんですよ。定期的にこなせばむしろ残業などせずに帰れるのですよ、彼の実力であれば!


 怒りをつい口にしてしまいそうになるが、グッと堪えて平常心を装う。


 そんな私の努力などつゆ知らず、私がいるにも関わらず目の前でベタベタする2人。

 まるで空気……あぁ、軍事会に遅れてしまう。行かなければ。


「それでは、私はこれにて失礼致します。」


 礼儀として挨拶だけはしてその場を立ち去ろうとするが、再びそれは制止された。


「待って下さい、ユシュニスさま!」

「……なんですか?これから軍事会で急いでいるのですが。」


 クルリと振り向くと、リマさんは顔を顰めている。


「カイルさまが具合悪くなった時、何故すぐに治してあげなかったのですか? 今回は寝不足でしたけど、これがもっと重大なことだったらどうしてたのです!?」

「……言いがかりですわね。私は治癒魔法は使えないのです、貴方と違って。」


 治癒魔法が使えないのにどうやって手当てするの、治癒魔導師を呼ぶしかないでしょう? そう思ってたところに貴方が来たというのに。


「だ、だったら、もっと他にも方法が!」

「他の方法とは? 魔法以外にどんな治療法があるのですか? それに、貴方が来た時に私に言いがかりを付ける前にすぐ治癒魔法をかければ良かったんじゃないですか?」

「あ、あなたはっ! 戦場に出ていて怪我をしている人がいたら何もしないのですか!? 薄情ですっ!!」


 私は、リマさんの言葉に顔をグッと顰めた。

 いつも本題からズレたことを言う、そして凄まじいことを言うのだ。


 本当にありえない、ほんっとにありえない。

 この人は何なのだ、一体どんな立場でそんなことを言ったというのだ? 戦場の何を知ってそんなことを言うのか。1度だって、そんな場所に訪れたこともないくせに。


「私の役割は皆の怪我を癒すことではありません、いかに傷つくものが少なく勝利を収めるかです。薄情というのならそれでも良いですが……ならば、貴方が皆を癒して差し上げたらいかがです? 聖女なのでしょう、自分の能力を他人の為に使えば良いじゃないですか。」


 私には、その能力が無いのだから。魔法の才能がない、だからこそ人一倍努力して軍師となった。魔法や剣が使えないという穴を、頭脳で補うために。


 しかし、どう頑張って勉強しても戦場において傷ついた者を私は癒せない。何度、そのことを悔やんだだろうか……目の前で苦しむものを助けられない。


 だからこそ、私は誰も傷つかないように作戦を考える。本当は、戦争すらも無くなれば良いと思っているんだ。


 そんな世界があるならば、心底羨ましい。

 そしてそんな世界、きっと夢だ。


「そ、それは、そんな……。」

「戦場に立つ者と肩を並べる勇気が無いならば、貴方にそのようなこと言われる筋合いはありませんわね。」


 それでは、と礼をして私は歩き始める。

 後ろをチラリと見てみると、カイル様がリマさんの肩を抱いて「大丈夫だよ」と慰めていた。


 何が『大丈夫』だ。カイル様だってリマさんの言葉に顔を顰めていたくせに。

 キッと鋭い眼差しで睨んでいたくせに。


 本当に彼女にブツブツ言われるのって大方、理不尽だと思います。自分に治癒能力があるのならば自分でどうにかして差し上げれば良いのに。


 なんでもかんでも他人に頼って、自分の思い通りにいかなければ他人のせいにして。


 本当に我慢の限界だわ、と私は不機嫌になりながら歩みを進めた。




「セラ・アルバとの同盟を提案致します。」


 伯爵家出身の軍師であり、この国の宰相として陛下と共に国政を中心で行っているライオット・ワゼルフスキーがそう声をあげた。


 軍事会に参加するのはこの国においての重要人物である。

 国の王に宰相。主要な軍師たちに騎士団の団長、魔法師団の団長。付き添いとして副団長もいる。

 それから、国政の中心を担っている大臣が数名。戦争において軍師の次に指揮権を取り前線で戦っている者が数名、後方で軍師と共に指揮を取る者が数名。


 20名から30名で軍事会は構成されている。


「それは賢明な判断だな、今この国には戦争を行えるほどの資金も無い。」


 財務を担っている大臣が言葉を発する。

 既に切り詰めているため、戦争に対して出せる資金など無いのだ。いや、無いこともない……しかし、それを捻出しまえば、いよいよこの国は危ないだろう。


「それに、セラ・アルバと同盟を結びこちらに向こうの技術や機械が入ってくれば、この国は今より一層豊かになることでしょう。」


 そんな前向きな意見を出したのは、貿易を担う大臣であるディオンさんだ。

 いかなる時も前向きに発言をし、この国の利益を考えるのは当たり前だが、更にディオンさんは後ろ向きなことを一切言わないので凄いと思う。


 この人が姉の旦那で、私の義理の兄であることをいつも誇らしく思う。


 同盟相手として名が上がった『セラ・アルバ皇国』はドワーフと人間が共生する皇帝の治める国だ。機械的な科学技術や武器の製造に長けている。


「ルジエナも侵攻しづらくなるだろうな。流石にセラ・アルバとアレグエットの両国を1度に相手にするのは厳しいだろう。」


 お父様も賛成の意を示した。


『絶対王政主義国家ルジエナ』

 王が絶対である政治体制から誰が言い出したかわからないその名前も、今や巷では浸透している。


「それで、同盟を結ぶには向こうから条件を提示されるだろう。無茶なこと言われたらどうするんだ?」


 魔導師団の団長がそう問うと、宰相はニコリと笑みを浮かべる。


「同盟は向こうから提示してきたので問題ありません。」


 セラ・アルバも国境付近まで押されてきていて焦っているのだろう。向こうから仕掛けてきた戦争のくせに、情けない話だ。


「しかし問題はルジエナです。既に、旧メイエン地域から徐々に侵攻され、先日サシャ峠の要塞を陥落されました。」


 ルジエナは北にあり、そこから南下するにはイレイラ氷山帯という厳しい環境の山を越えなければいけない。しかし、ルジエナの北にある海を渡れば南東にある中央大陸に繋がる旧メイエン地域へと辿り着くことができる。

 旧メイエン地域は既にルジエナの手中にあるため、そこから北上してくることは容易だ。そうして、旧メイエン地域とアレグエット領の境にあるサシャ峠の我々の要塞が陥落されてしまったのだ。


 それは我々にとってはかやり厳しい状況下へ向かっていることを示している。


「お父様。」

「わかっている……ライオット、サシャ峠の地図を頂けるか?」


 お父様の発言にみなが一斉にこちらを見た。


「奪還するのですか? 要塞を。」

「勿論だ、そうだろう? ユニ。」

「ええ、サシャ峠の要塞はアレグエットにとって落とされてはならない場所でしょう。しかし落とされてしまった……ならば奪還するしかありません。」


 前々から考えていた。

 セラ・アルバはこちらが押しているわけで心配ではない、しかしルジエナはグングンと迫っているわけで。サシャ峠が陥落されると、そこからまたすんなり進軍されてしまう。物資や食料的な意味でも。


 いや、多くの人が考えたであろうけれど。


「……サシャ峠の件はキッドソン公爵に任せてもよろしいでしょうか? 私は、セラ・アルバとの同盟の方に掛からなければならないので。」

「ああ、任せて頂きたい。」


 今回の軍事会では、他にも多くのことを議題として話し合ったが重きは同盟とサシャ峠の件にあった。


 さて、お兄さまが使えない今、私がお父様の補助をしなければ。


 私は再び、言いようも無い使命感を感じて決意をした。

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