第5話 金食い虫ではありません 後編
「この、金食い虫め。」
ぶちっと、何かが切れる音がした。
殿下の隣にいる兄は驚いた表情で殿下を見つめる。それは勿論のことだ、兄はこの件に関しては確実に私の味方をしてくれるはずだ。
「殿下、お言葉ですが我が妹は金食い虫では。」
「なんだエドワード、そいつをかばうというのか。」
兄の発言をバサリと遮り、殿下はキッと兄を睨む。
「いや、庇うもなにも……。」
殿下が何も知らないという事実に驚きすぎて兄は少しだけ混乱する。更に睨まれて威圧されたので、上手く発言が出来ていない。
殿下は王族なのだ、許されない発言は不敬罪にもなりかねない。
「エドワード様はお優しいのですね。」
「リマ、違うんだ、ユニは「もういいですわ、お兄さま。」
兄の発言を遮って、私は冷めた声を発する。
「ありがとうございます、今回だけはお兄さまの気持ちを受け取ります。」
私はニコリと微笑みかける。
兄は、やはりお兄さまだ、と少しだけ希望が見えた気がした。
まだ、私を守ってくれるだけの気持ちはあるということがわかったのだから。
「殿下は、本気で私が金食い虫だとお考えなのですか?」
殿下に真剣な眼差しを向けて言うと、殿下は再び嘲るような表情を浮かべる。
そして、ふんっと鼻で笑った。
「勿論だ。」
私は、はぁと大きくため息をつく。
周りの人たちも殿下たちへ不信の目を向けた。
「まるで殿下はキッドソン家の仕事をわかっていらっしゃらないようですね。」
「あ? 公爵家の仕事など内政、それから戦時においての軍事的役割だろう? それがなんだというのだ?」
キッドソン家は政治の部分だけに携わっているわけではなく、軍事の部分にも携わっている。戦略を練り、戦争で前線に立って指示をしているのだ。
つまり、戦争において勝敗を分けるような人物であり、他の公爵家とは違い唯一前線に立っている家である。
そこまでわかっていて、なぜ私がここにいる理由が理解できないのだろう。
この王子で本当に大丈夫なのだろうか?
1番初めにリマさんに絆されたのも殿下なわけで、確かに仕事は出来てもそれ以外ではどうなのだろう。理解力のなさに対しての不安しかない。
「殿下、本当に理解していらっしゃらないのですか?」
「どういうことだ? エドワード。」
私が説明するよりも前に、兄が口を開いた。
兄の言葉に殿下は不思議そうな顔をする。
「殿下、少し前に起こったセラ・アルバ皇国との『エヴァネ砦防衛戦』は、一体誰が勝利へ導いたというのでしょうか?」
「それは、若い女性の軍師が……!?もしや!!」
今更気づいたというのか。
私、ユシュニス・キッドソンは2年程前から父と共に前線で軍師として仕事を行っている。自分で言うのも恥ずかしい話だが、私は『天才軍師』と呼ばれている。
そうして『エヴァネ砦防衛戦』では、父が別の仕事で忙しかった為に、私と兄とアシュレイで前線に向かったのだ。
そこで、私の戦略を使ってエヴァネ砦の防衛は成功したのである。
「私のどこが、一体金食い虫だと言うのでしょうか?」
私がその言葉を告げると、殿下は口をぐっと噤んだ。悔しそうに顔を歪めている。
そもそも、長らく殿下の婚約者をしているのに私について知らなすぎではないか? 初めから知るつもりがなかった、ということか。
「むしろ金食い虫は殿下の隣にいらっしゃるのでは?」
私がリマさんの方を向いてニコリと笑いながら、トゲのある言葉をぶつける。
「し、失礼な!」
「そ、そうだ、リマはお前よりは余程役に立っている!!」
はぁあ? 何で平和な場所で好きなモノを食べて、煌びやかなドレスを着て、豪勢な生活してる女の方が私よりも役に立つの?
この女がこの国から戦争を無くしてくれるとでも言うの?
それとも、もしかしたら死んでしまうかもしれない危険のある前線で働いている私たちは役に立たないと?
「……殿下、お言葉ですが……それは我々を愚弄していると受け取ってもよろしいのですか?」
オズウェルが、低い声で殿下に進言する。
ここにいる殿下たち以外の誰もが、怒りを覚えた。殿下の言葉は、私や騎士団……それだけではなく戦争に出ている全ての者をバカにしたのだ。
「やめましょう、この争いは不毛です。私も少し落ち着きが足りていませんでした。」
私の一言で、皆は表面上取り繕って怒りを抑え込む。
「まあしかし、金食い虫は1人では無かったようで。」
私が殿下にも告げると、殿下は顔を真っ赤にして憤慨し、リマさんもムッとした表情になった。
「わたしには何を言ってもいいです、でもっ! リューク殿下をバカにするのはやめてくださいっ!!!」
キーキーと甲高い声がうるさい、と感じる。
そもそもの原因は貴女じゃない。
それに貴女は自分が金食い虫だって理解しているのかしら? いいえ、きっとしていないのでしょうね。
一体、貴女はこの国に来てから何をしたと言うのでしょう? 仕事という仕事をしたかしら?
与えたものは害ばかり。
どうして神は……こんな娘を我々に寄越したのですか? 我々が何かあなたさまの気に触れるようなことをしたというのですか?
「なら、貴女は私より役に立つ存在だとでも言うのですか?」
「少なくとも、殿下はあなたより大変な責務を全うして国民の為に働いています。」
ほら、やはり会話が成立していない。
どうして貴女のことを聞いているのに殿下のことになるのかしら? それに今の現状、殿下が私より責務を全うして国民のために働いているとは思えない。
それは、大抵の者は理解していること。
「私は、貴女のことを聞いているのです。」
私が彼女に問うと、彼女はビクッと体を震わせる。
「言わせておけばっ! 貴様はリマを虐め、卑劣なことをしたのだぞ! そのような害悪が功績を上げたとしても許されはしない! 害悪が役になど立つものか!」
害悪……?
なぜ、私が害悪と呼ばれるのか、理解に苦しむわけだが。
殿下には見えていらっしゃる? この周りの白い目が。
「『エヴァネ砦』が陥落されてしまったら、どれほどに被害が出て、どれほどに我々が危うい事態に陥ってしまうことになるか……殿下はお分かりですか?」
兄が、私を庇うように立ち、そして殿下を見据えてドスの効いた低い声で告げる。
「陥落されたら、再び奪還するまでだ。」
兄に負けじとギロリと睨みながら殿下が言う。
それに対して、兄は呆れたように首を横に振った。
「貴方は何もわかっていない。この国の為に仕事を始めて何を学んできたのですか? 先程から貴方の発言は前線に出る者を愚弄し、国の為に戦ったユニを蔑むものばかり。それがこの国の上に立つ者のする所業ですか?」
久しぶりに、こんな兄の姿を見た気がした。
ここ数ヶ月ずっとリマさんに絆されて堕ちた兄しか見てこなかった。
以前のような、頼りになるお兄さまが戻ってきてくれた気がする。
私は、そんなお兄さまの姿が嬉しくて、少しだけ目に涙が浮かんでしまう。
視界の端に見えた、リマさんが酷く鋭い視線をこちらに向けていた。しかし、すぐにいつも通りに戻ってお兄さまを見る。
「エドワードさま……ユシュニスさまは、わたしを虐めて「君は黙っていてくれないかな?」
リマさんがお兄様に声をかけると、お兄様は無表情で言葉を遮った。
リマさんは今までそんなことをされたことが無いようで、ビクッと体を震わせてリューク殿下の背中に隠れた。
「殿下、あまり我々を馬鹿にしないで頂きたい。」
今までで一番鋭い眼光に鬼のような表情と低い声。敵意を向けられていない周りの者までもがビクリと身体を震わせた。
それから、チラリと私の方を見てもう一度殿下に向き直り頭を下げる。
「妹の顔色があまり良くないので今日はこれでご容赦頂きたい、それでは。」
お兄さまはこちらへ歩いてきて、私の肩を抱いて出口へ向かった。
「まさか、あんなに殿下がバカだとは思わなかった。」
「お兄さまは……私が嫌いではなかったの?」
私が涙で濡れた瞳でお兄さまを見上げる。
目が合ったお兄さまは、少し困ったような表情をした。
「いつだって、ユニを嫌いになったことはないよ、大好きな妹に代わりは無かったさ。」
「そう、ですか。」
その言葉が嬉しくてまた少し涙が零れた。
自分は愚兄と言いつつも、お兄さまが大好きだったのだと実感する。
「今日は家をバカにされた気もしたし、何より前線で戦った者への冒涜だ。殿下とリマには失望したよ……まあ、ユニがリマに対して行ったことは許せないけれど。」
あぁ、まだお兄さまは兄のままだ。
けれど、今は兄のままでも、またお兄様に戻るような希望がどんどん膨らんでいく。
どうして、お兄様はリマさんを好きになってしまったのですか? どうしたら、兄はリマさんを諦めて元のお兄さまに戻ってくれるのですか?
「ユニ……じゃなかった、ユシュニス公爵令嬢!」
後ろからオズウェルの声がする。
追いかけてきたのか、兄と私はそちらを振り向く。
「大丈夫、ですか?」
私がコクリと頷くと、ホッとしたような表情を浮かべる。それから兄の方を向いて頭を下げる。
「先程、我々が何も言えなかったところを殿下に進言してくださりありがとうございました。騎士団を代表して礼を言います。」
そりゃ、なかなか一国の王子に兵士がとやかく言えないですものね。
「しかし……一体どういう風の吹き回しですか? 急にユシュニス公爵令嬢の肩を持つようなことを。」
真剣な眼差しが兄を捉える。
兄はニコリと微笑んで口を開く。
「別に、悪いものは悪いってことだよ。可愛い妹を愚弄されるのはあまり良い心地もしない。あぁ、私はまだ寄る場所があるから後はオズウェルくんに任せるね、妹をよろしく。」
兄は私の髪をくしゃっと撫でてからポンポンと軽く叩いて歩いていく。
途中で「あっ」と何かを思い出したように声を発してクルリとこちらを振り向く。
「そのユシュニス公爵令嬢っていうのよそよそしいから辞めたら?」
そう言って、兄はもう一度歩き始めた。
「そう、言われても……。」
オズウェルは困ったように言う。
私は、ふふっと笑って彼を見つめる。
「前のようにユニと呼んでもよろしいですよ。私も、以前のようにオズウェルと呼びますわ。」
「ぅ、ぇえっ!?」
反応が面白くてまた私は、ふふっと笑ってしまう。
「さぁ、帰りましょう。今日は送ってくださる?」
私は意地悪くニコリと笑い手を差し出すと、ウィルは少し動揺してからキリッとして私の手を取った。
「勿論です。」
彼もニコリと微笑んで私達は歩み始めた。
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