第4話 金食い虫ではありません 前編


 城内をコツコツと歩いて騎士団の練習場へと向かう。


 3日程かけて入念に城下町は調べ、残るは騎士団の様子を見るだけだった。


 きっと騎士団に至っては特に大きな変化もないだろう、とは思うが……何ぶん状況が状況なだけあって油断は出来ない。


「あぁ、ユニちゃん、今日は見学か?」

「あらセネドアさん、こんにちは。ええ、勿論です、最近は表立った仕事はありませんもの。」


 練習場へ来ると、入り口の一番近くに居た騎士団の団長であるセネドアさんが声をかけて来る。


 セネドアさんは私が答えた後にしまったという顔をしてからガシガシと頭をかく。


「公爵家のご令嬢にする対応じゃねぇよな、申し訳ねぇ……不敬にでもなっちまうかな?」


 私は、ふふっと笑って首を振る。


「何を今更、いつものことじゃありませんか。それにセネドアさんのそういう所がいいと思いますよ。私は気にしません。」

「悪りぃな、学が無いもんでよ。」


 申し訳なさそうな表情で、セネドアさんは手を合わせて首を下げた。


 セネドアさんは貴族ではなく、平民出の騎士で実力だけで成り上がった。騎士団において身分の差は関係なく、そこには実力だけが全ての世界がある。


 しかし、それゆえに貴族社会を理解してはいない上に剣しか振るって来なかった為か学も持ち合わせてはいない人間も散見される。


 セネドアさんに関しては、流石に王城勤めの方たちにはしっかりとした対応をしているようだが、どうも私は最初の印象が強いためか普通に接せられがちだ。


 小さい頃、私は軍師としての勉強のためにお父様と一緒に城に来ていた。あの頃は……いや、今もだけれど女性の軍師はかなり少なかった。それゆえに髪は短く服装も男子っぽくしていたのだ。


 だから、迷子になってセネドアさんに助けられた時も、平民の男の子が迷子になっていたと思われていたのだ。


 私がまさか公爵令嬢だとは思わないまま何度か会っていた為に今でもあの時のような対応のままなのである。


 まあ、仕方がない。


「ユ、ユユ、ユシュニス、公爵令嬢。」


 オズウェルが私を見つけて慌て始める。

 あぁ、そういえば最後に会ったのはあの夜会の時だった。


「あら、そんなに慌ててどうしました?」


 私がニコリと微笑むと、オズウェルはグッと唇を噛みしめる。


 実際、オズウェル・ジュラードの心の中には『もしかしたらバレていないのでは? いやしかし、ユニのことだから外にそれを出していないだけかもしれない。どうしよう、どうしたらいいんだろう。』という葛藤があった。


 それがユシュニスに知られることは無いわけだが。


「なん、でもない、失礼する。」


 オズウェルは、クルリと別の方を向いて奥の方へ歩いて行ってしまった。


「クールはどこに行ったのやら。」

「元々、ただのヘタレだよ、あいつは。」


 私がふふっと笑って言うと、セネドアさんも仕方ないというように呆れたような声で言った。


「ユ〜ニ〜さんっ!」


 突然、ぴょこんっと私とさほど背丈の変わらない少年が飛び出て来た。

 私が158cmなので、おおよそ160cmくらいかと推測することが出来る。


 私の1つ年下のこの子はダ・アイシクル。魔法科には双子のシェ・アイシクルもいて、2人とも騎士団と魔導師団のエース的存在である。


「あらチビ助くん、練習をサボるのは頂けないわね。」

「チビ助じゃないよ、それに今は休憩時間でーす。」


 ダァくんは、ムッと口を尖らせる。


「ねぇ、まだボクお昼まだなんだけど一緒に食べに行かない?」

「それを"サボり"と言うのよ、ダァくん。」

「だーって、可愛いお姉さんはデートに誘わないとっていうのがボクの信条だもん。」


 ダァくんは、顔立ちの良い女性にはすぐにデートを申し込む。ダァくん自体も顔立ちが良い上に弟のようなので、年上の女性には人気がある。


 突然、ダァくんはビクリとして後ろを恐る恐る振り向く。ダァくんの視線の先には恐ろしい形相でこちらを睨むオズウェルの姿があった。


「あー、やっぱり副団長が恐いからやめとく。」

「ええ、そうするのが最良だと思うわ。」


 ダァくんと会話をしていると、私たちとは反対側にある入り口が騒がしくなる、ゾロゾロと人が入って来ているようだ。騎士団の人々が頭を下げている。


 あぁ、か。


 そう悟った私は、その集団へ歩み始める。

 彼らの視界に入ったところで歩みを止めて、私も頭を下げた。


「ご機嫌よう、殿下。」

「……ふんっ、貴様のような者がこの場所に何のようだ? 冷やかしか?」


 冷やかしに来てるのはどちらだ、と心の中で悪態をつく。


 私はスッと頭をあげて、内心の苛立ちとは反してニコリと笑いかけてやった。


「いえ、騎士の練習風景を見るのも私の務めですから。」


 私が少なくとも月に1度こうして見学に来ているのを知らなかったのか?

 いや、知っていただろうが先程殿下が仰っていた通り、冷やかしだと思われていたのだろう。


 ああ、実に、嘆かわしい。


「貴様がここに来て何になる? 何の仕事もせずそうして自身のしたいように生きるのは、心底羨ましいことだよ。」


 殿下は蔑むような瞳でこちらを見る。

 私は沸き上がる怒りを抑えこんだ。


 しかし、次の殿下の言葉でそれは不可能になる。


「この、金食い虫め。」


 ぶちっと、何かが切れる音がした。

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