第3話 家族会議は必要です
現在、自宅で家族会議の真っ最中です。
「勝手に、自身の妹を勘当にしようなどとは、これほどまでにバカだとは思っていなかった。」
お父様が私の話を聞き、呆れたように声を発した。
お父様も、まさか兄がこのような道を辿るとは思ってもいなかったのだ。
むしろ兄こそ勘当されても仕方が無いのではないか、と思うのだが。
しかし昔の兄に戻ってくれれば、この家は再び安定する。いや、むしろより一層飛躍するかもしれない。
それほどまでに兄は優秀だったのだ、かつては。
仕事ぶりは素晴らしく、それゆえに我が家としても手放すのは惜しい……と思っているのが正直なところだ。
「バカバカしい。」
ルナベル姉さまがポツリと呟く。声は低く威圧感もあり、私は身体をビクリと震わせてしまう。
ルナベル姉さまは、本名ルナベール・フェステッタで、既に結婚しているために姓は変わっている。
姉さまは結婚しても幸せそうで、夫であるディオンさんとはとても仲が良い。ディオンさん自身が良い人なので、我が家とも良好な関係を築いている。
ディオンさんにも、陛下よりこの件の協力が仰がれている。彼の責務はベネダ家を監察することだ。
ディオンさんはベネダ侯爵家にとっては上司のような存在で、現在ベネダ侯爵の請け負っている仕事のいくらかが回ってきている状態である。
事実、ベネダ侯爵家は最近勢いがあるためにディオンさんは下手に強く出られない。
いつもならば何かあれば叱責できるが、現状彼らの様子はかなりおかしい。その状態で叱責などしたら、もしかしたら更に悪い方向に向かうかもしれないからだ。
そのため、ディオンさんは現在様子を見ている状況である。
「勿論、こうして馬鹿な弟の相手をしていることがよ?」
ルナベル姉さまは、うふふと上品に笑う。
基本的に穏和な姉さまは、その立ち振る舞いも美しく上品で優しさがある、私と違って。
私は悪役と言われても仕方がないような話し方や仕草をしてしまう。
そもそも、この釣り目が悪いのだと思う。
「エド兄さまをこのまま次期当主にしておいてもいいのですか? 次期当主という確立があるから調子に乗っているんじゃないんですか?」
アシュレイが進言するが、お父様はそれに対して首を横に振った。
「それは無い、このようなことになる以前は権力を振りかざすこともしなかったのだ。次期当主の問題は、信用問題にも関わる。出来るだけエドに正気に戻ってもらう方がいい。」
兄を次期当主から外して代わりに別の人物を次期当主とする……それで上手くいく保証もないし、一度次期当主と発表したものをそんな簡単に覆すことが出来るものではない。
それに、兄は次期当主として誰よりも相応しかった。
だからこそ、もしも兄が以前のように戻った場合には再び次期当主に戻すだなんてことがあったら、それこそコロコロと変わって信用問題に関わる。
国のトップが1年程の短いスパンで変わったら信用を無くすでしょう? それと同じことです。
だからお父様も限界ギリギリまで待っているのだ、願っているのだ、兄が戻ってくれるという可能性に。
「早く陛下からの勅命を果たして、前のように平和な国に戻って欲しいものね。」
ルナベル姉様が、小さな声で静かに呟いてからお茶を飲む。少し伏せ目がちのその表情は、悲しげで哀愁漂っていた。
事実、陛下からの頼み事は私に来ているというよりはキッドソン家に来ているわけで。
言うまでも無く、兄には内緒なのだけれど。
陛下が彼らを拘束しろ、処刑しろ、国外追放しろと命令してしまえば確かにそれで終わるのかもしれない。
しかし、それでは済まないのがこの現状だ。
現実はそんなに簡単には進まない。
どんな歴史を遡ったって、簡単に事が進んでなどいないだろう。単純に誰それが処刑されたと簡潔に書かれた背景には複雑な事情が絡み合っている。
これが、もしも彼らが無能であったのならば、簡単に切り捨ててしまえたのだろうけれど。
だからこそ、この国が以前のように戻るには我々キッドソン家を含めた様々な者たちの協力が必要不可欠なのだ。
「アシュレイ、明日は町の様子を見に行くわよ。」
「少し前に行ったばかりですよ?」
私の言葉に、純粋に不思議がってアシュレイは問いかけてくる。
ご丁寧に首まで傾げて。
自慢の可愛い弟を撫でたくなる衝動を必死に抑えた私は偉い。
「アレグエッド王国の現状は日に日に大きく変わっているわ、注意深く調査しないと。」
下手に状況把握を怠れば、知らないうちに大打撃が襲ってくる。それは避けたい。
その時に、コンコンと扉が叩かれる。
「あの、ケーキを焼いたのだけど……食べない?」
ギィと扉を開いて、エリスさんがケーキやお皿の乗ったお盆を持って入ってくる。
「まぁ美味しそう、ぜひ頂きます。」
ルナベル姉さまがニコリと微笑んで言う。
そのケーキは確かにとても美味しそうだ。
ほのかなオレンジの香りから、オレンジケーキを作ったのだと推測できる。
エリスさんは、私たちにとっては第2の母である。
私たちの生みの親であるお母さまは、私が5つの時に事故で亡くなった。ちょうど隣国へ出かけて帰ってくる時の馬車が横転してしまったのだ。
それから5年後にお父様はエリスさんーー本名エリリエス・ニコライさんと再婚した。
ただ、私たちは未だにエリスさんを母と呼ぶことは出来ない。再婚してからエリスさんは私たちを一生懸命に育ててくれたし、そんなエリスさんのことを私たちは大好きだと思っているけれど。
やはり、母と呼ぶには難しかった。
というのもルナベル姉さまも兄も私もお母さまが大好きだったからだ。
ただ、アシュレイだけは3歳と幼かったために覚えてはいないようだが、誰も母とは呼ばないためにアシュレイも呼べないようだった。
周りからしたら、ただバカな意地を張っているだけに見えるのだろうが。
実際、意地を張っているだけなのかもしれない。
「ねーたん。」
てちてちと開いた扉から末の弟が歩いてくる。そうして、私へと向かってきてむぎゅっと私の足に抱きつく。
末の弟であるラディエット・キッドソンと私たちは異母兄弟である。
3歳になったばかりのラディはまだ舌足らずで、姉さんと言いたいのかもしれないが、言えない。
「どうしたの、ラディ。」
「ねーたんとあそぶ。」
ラディは私の方を見上げて、にぱっと笑顔を向けてくる。天使だ、ここに天使がいますよ。
「兄とは遊んでくれないのか? ラディ。」
アシュレイが寂しそうに言うと、ラディは再びてちてちと歩いてアシュレイにしがみつく。
「にーたんともあそぶ!」
アシュレイが口をにやけさせながらわしゃわしゃとラディの頭を撫でる。
アシュレイはずっと末っ子だったから、弟が出来て嬉しいのだろうなぁと思う。
「それじゃあ、私はそろそろ帰ろうかしら。ディオンも家に戻る頃でしょうし。」
ルナベル姉さまがスッと立つと、ラディはそちらを見て首を傾げる。
「るーねーたん、もうかえるの?」
ルナベル姉さまをそれを見て、スッと元のように椅子に座る。
「もう一杯頂こうかしら。」
ルナベル姉さまは執事の方を見て言った。
ラディは嬉しそうに笑顔を見せる。
どこまでも末の弟に弱いキッドソン家であった。
「い、一体どういうこと?」
今回の件の元凶とも言える、リマ・ベネダ。本名、
ここで婚約破棄されないってどういうことなの? これじゃあ、おかしいじゃない!!
リマは頭を抱えながら内心でそう叫んだ。
リマはこの世界に突然やってきた。元は、地球という世界の日本という国で女子高生として暮らしていたのだが、どういうことかこの世界に飛ばされてきた。
わけもわからずに居た時に、オルドロフが偶然にも通りかかりリマを助け出したのだ。
リマの腕には、かつてこの国に安寧をもたらした聖女が持っていた刻印と同様のモノが刻まれていた。
しかし、それは日本にいた時には無かったもので動揺した。が、それのおかげでリマは今こうして生きていられるのだと思うと感謝するほかない。
リマがこの国に安寧をもたらしてくれる聖女であると認識した国の王は、リマを保護したベネダ家にそのまま世話役を任せた。
だが、王はすぐに自身の判断が愚かだったと知る。
リマはこの国に安寧を与えるどころか、むしろ破滅の危機をもたらした。
しかし、この聖女という存在を蔑ろにしたら神からどんな罰が下るかわからない。
この国は神を信仰していて、かつて安寧をもたらした聖女は神の使者であると考えている。下手に蔑ろに出来ないのはその所為であった。
「こんなのおかしいわ、ゲームの中だったらここで婚約破棄してわたしと婚約して、そしてわたしが王妃になってハッピーエンドで……。」
日本にいた時には多くの乙女ゲームをプレイしてきた。この世界に来た時、最初は怖かった。けれど、もしかしたら神様が私のために用意してくれた舞台なのかもしれない、と思った。
だから、リマは今までの知識を使って周りのイケメン達を攻略してきた。
テンプレな俺様王子。
爽やかだけれど腹黒な次期公爵。
過保護で優しい侯爵の息子。
チャラ男魔導師。
無口で真面目な騎士副団長。
まだ攻略中だけれど、弟タイプの公爵の息子もいる。
悪役令嬢はユシュニス・キッドソン。
王子の婚約者だし、次期公爵の妹だし、何より悪役顔だった。
それだというのに、この展開はなに?
今までどんな乙女ゲームをやってもこんな展開あり得なかった。
あぁ、もしかしてこれもイベント?
それならばまた攻略に勤しむしかない。
リマは、輝かしい自身の未来を想像して、ふふっと自然に笑みをこぼした。
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