第2話 好きではありません
「ほんっと、面倒ごとなどごめんだわ。」
夜会の会場を出てから自身の馬車へと向かう途中に私は独り言つ。
私の名前はユシュニス・キッドソン。
仲の良い方々にはユニと呼ばれています。
キッドソン公爵家の次女で、この国の第一王子であるリューク殿下の婚約者です。
正直に言ってしまえば、私はリューク殿下に何の執着もございません。向こうは私が嫉妬に駆られているとお思いですが、勘違いも甚だしい。
それならば即刻、婚約破棄を受け入れれば良いのでしょう。ですが、私にはそれが出来ない理由があります。
「ユシュニス公爵令嬢。」
後ろから声がかかり、私はクルリと振り向く。
「あら、オズウェル副団長さま……いかが致しましたか?」
私はニコリと微笑んで相対するが、オズウェルはいつも通りの無愛想な表情でいた。
彼は、整った顔に筋肉がついたしっかりとした身体、それから高身長であることから巷のご令嬢……いや、女性から人気である。
だがしかし、何より性格がクールであまり女性と交流はない。
私の見解としては、クールという印象はただただ無愛想なだけであり、女性に話しかけられても戸惑い交流を図れていないのだと思うが。
要は、不器用なのである。
しかしそれが逆に功を成して、なぜか人気に拍車がかかっている。
なぜなの……? 世の中理不尽だわ。
「夜は危ないから、送ろうと。」
「結構ですわ。」
私がバッサリとお断りすると、あからさまにショックを受けた顔をする。
それから、しょんぼりとして肩を落とした。
「いや、しかし……その……。」
「ウジウジした男は俗世の言葉を使えば『ダサい』ですわよ。ハッキリと言ってくださる?」
冷たく鋭い視線を向けると、彼は少し困ったような顔をしてからキリッとして何かの決意をした。
ガシッと私の手を掴み、しっかりとした声で私に進言する。
「俺が、貴方と一緒に、いたいのだ。」
「……まぁ。」
私は、顔を赤くして真剣な表情でこちらを見ている彼がどうも可笑しくて、ふふっと笑ってしまう。
この場面で赤面させるべきは女性側のはずなのに。
「婚約者がいる女を口説くなんて、随分ご立派ですこと。」
「そ、それはっ!」
皮肉をこめた私の言葉に焦ったように、彼は私から急いで手を放す。
ホント真面目な人ね、攫ってくれる程の勢いで来てくれれば……なんて。
「私も婚約者が居ながら逢い引きなんて嫌ですわ、あの方たちと同じなんですもの。」
先程、私を糾弾した人たちの中には婚約者、若しくはそれに準ずる者がいながらもリマ・ベネダに熱を上げるような愚かな者がいる。
私は、彼らのような馬鹿馬鹿しい行為はしたくない。
「それも、そうだな……。」
彼はガシガシと頭をかいた。
「心配して頂かなくとも、もうすぐ弟が迎えに来ますので。」
「ならば、心配はないな。」
なかなか笑わない彼が安堵するように笑みを浮かべた。珍しい光景だなぁ、と眺めていると私の視線に気づいた彼はあたふたとする。
「その、それでは、失礼する。」
ぺこりと頭を下げた彼はいそいそと会場へと戻って行った。
今の彼のどこにクールな要素があったのかしら。世の女性が見たら嘆くわね。
……いや、むしろ『ぎゃっぷ』とかいうモノで人気が上がるのかしら。
世の中理不尽すぎるわ。
「姉さま! 遅れてすみません!」
「あら、アシュレイ、ちょうど良い時間よ。」
やってきたのは私の2つ下の弟である、アシュレイ・キッドソンである。
私が18歳だから、彼は現在16歳だ。
「あの女に捕まりまして。」
「なんてことかしら、お兄さまだけでなくアシュレイにまで手を出すなんて……。」
どれだけ美男子好きなのかしら。
それともお金や地位目当て?
……どちらにしても嫌ね。
「まあ、返り討ちにしてやりましたけどね!」
アシュレイは褒めて褒めてと言わんばかりに胸を張る。
きっと、周りの取り巻きにも色々と言われているはずだ。でも、アシュレイは強いから何も感じていないのだろうなぁ。
よしよしとアシュレイの頭を撫でると、満面の笑みになる。
どうしましょう、イヌ耳と尻尾が見えるわ。
「それにしても、驚くほどの悪役でしたね! 姉さま!」
「悪役上等よ。」
悪役にでもならなければ彼らは変わらないもの。
私が婚約破棄をしない理由。
それは、陛下直々のお願いである『彼らを改心させること』であった。私はその目的を達成するべく、彼の婚約者を降りないでいたのだ。
だって、私が婚約者を降りたら勝手なことをするでしょう?
正直、リマさんの所為で現在のアレグエッド王国はガッタガタだ。
リューク殿下は国のお金を彼女のために使ってしまっていて、財政が危機的状況。
お兄様は権力を使って我が家の評判を悪くする上に、うちの関わっている仕事の中でお兄様が担当する部分が機能していない。
その所為で他を担当している人たちでまかなっているためにスムーズに動いていないのだ。
ベネダ侯爵家はそもそもが彼女に侵食されてきてしまい、家自体が危うい状態。
一体あの家の者は何をしているのかしら?
カイル様も自身の仕事を全うしないために他者が補っているが、彼の実力がありすぎる所為で到底彼の行なっていた仕事の代わりを勤めるには人材を割きすぎている。
彼女に熱を上げていない騎士にまでその影響は及んでいる。彼女がベタベタとオズウェルに付いて回るために、騎士団は彼女を気づかってしまう。
邪魔だと除けても騎士団へ来る、練習の邪魔だとは思わないのかしら?
まあ、小娘一人の所為で傾く国もいかがなものかとは思いますけど。
それでも傾いてしまったものは仕方ない、戻すしかないじゃないですか。
「姉さま、早く務めを果たしましょう。」
「ええ、勿論よ。」
私はこくりと頷き、アシュレイと共に馬車に乗り込んで他愛のない話を始めた。
「そんで、そそくさ戻ってきたわけか……オズウェル、お前はアホか。」
「いや、でも……だって……。」
オズウェル・ジュラードは、夜会に戻り警備にあたっている騎士団長のセネドア・オランテから冷ややかな視線を送られていた。
「デモデモダッテじゃねーんだよ、そんな堅物だから手に入らねぇんだよ。」
事実、セネドアの言う通りである。
オズウェルはあまり好意を表に出せず、常に友好関係を一定に保っていた。セネドアの進言でこうして今日は少しだけ勇気を出してみたのだ。
しかしながら、その結果がアレだ。
「クールだとか何だとか言われてるが、事実ただのヘタレだなんて……更にそれが騎士団の副団長だとか皮肉な話だな。」
「婚約者のいる女性に手を出すなど、俺には無理です。」
自分は、そこまで常識のない人間では無いとオズウェルは自負している。だからこそ、そのようなことはしたくなかった。
「奪うくらいの気持ちでいけよ!」
「団長、今の俺の話聞いてました?」
まるで会話のキャッチボールが出来ていない、とオズウェルは落胆した。
あぁ、団長の言うことなんか信じなければ良かった……ユニに俺の気持ちが気づかれてしまっただろうか。
「どうしようっ!!!」
オズウェルはバッと座り込んで頭をかかえる。この男はヘタレであり、そしてネガティブなのである。次から次へと頭に浮かぶのは悪いことばかり。
その光景をみて、セネドアは深くため息をついて頭をかいた。
一体この男をどうしようか、と。
「あ、あの、オズウェルさま……いらっしゃらないので探しました。」
うわぁ……とセネドアは顔を引きつらせた。正直、セネドアはこの少女が苦手である。いや苦手というよりむしろ生理的に受け付けない。
当のオズウェルも、嫌そうな顔をして彼女を見るが、彼女を保護するという任務を預かっている身として仕方ないと立ち上がった。
「いかが致しましたか? ベネダ侯爵令嬢。」
「いつになったら、リマとお呼び下さるのでしょうか?」
リマは、完璧な上目遣いでオズウェルを見上げるが、その攻撃は少しもオズウェルに効いておらず更に顔を顰めさせる結果となった。
「……リマ侯爵令嬢。」
「いじわるなオズウェルさま。」
少し不服そうな顔をしてから仕方ないという風に微笑みを浮かべるリマ。
それに確実に吐き気を覚える、オズウェルとセネドア。
どうしてここまで嫌悪感を察しないのだろう、むしろ才能の域ではないか? とさえ2人は思ってしまう。
「申し訳ありませんが、今日の任務は既に終えているはずです。まだ私に何か御用でも?」
オズウェルは仕事モードで一人称を『私』に変えて接する。
正直、なぜ団長でなく副団長である自身にその任務が来たかオズウェルには分からなかった。
この少女による直々のお願いだとも言うが、それこそ何故自分なのか……。
そうして何故、彼女を守らねばならないのか……理解は出来るが、それでも現在の国の状態を見ればそれが正解だとオズウェルには思えない。
だからこそ、陛下は自分だけで抑えきれなくなったこの問題に対してユニにも協力を仰いだのだ。
勿論、ユニだけではないが。
「いえ、あの、オズウェルさまがいないと不安で……。」
「あれだけの者といて不安なのですか? どうしようもない人ですね。」
冷淡な視線を送ったはずなのに、顔を赤らめているのは何故だろう。
俺は何か勘違いさせることでも言っただろうか、いや確実に皮肉を込めたはず。
なぜだ!? 俺は一体どこで間違えた!?
オズウェルは、その表情とは裏腹に内心は焦りに焦りまくって混乱していた。
「こ、この後も任務があるので、しつ、失礼する。」
オズウェルはペコリと頭を下げて夜会の会場を急いで出る。
流石に、リマもオズウェルを追うまではしなかった。
「ふふっ、本当にシャイな人ね。」
リマの呟きにセネドアは盛大に引いた。
本当にこの人はわかっていないのか。
確かに彼はシャイでヘタレでネガティブだがそれを貴方の前で見せたことは一度もないはずだ、とセネドアはリマを凝視しながら思った。
その視線に気づいたのか、リマはセネドアを見てニコリと微笑む。
「若い方は血気盛んでかっこいいですよね。」
「え、あぁ、そうですね。」
副音声で『おっさんに興味はねぇんだよ』と聞こえたような気がしてセオドアは口元を引き攣らせながら返答した。
リマはコツコツと足音を響かせながら、再び広間へ歩いていく。
どうせ彼らの元へ戻るのだろう。
いつになったらこの国は平穏に戻るのか、セオドアはまだ見ぬ未来に不安を感じた。
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