婚約破棄、しません
みるくコーヒー
第1章 はじまりのはじまり
第1話 婚約破棄はしません
「ユシュニス・キッドソン公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」
私の目の前でそう叫んでいる彼は、この国の第一王子であるリュドリューク・アレグエットである。
その光景に、この国の将来が心配になってしまう。この大馬鹿者がこの国の王になる未来なんて心配する他ないであろう。
「おい、聞いているのか!!」
「勿論、聞こえていますわ。だから大声で叫ばないでいただけます? 煩わしい。」
私が冷淡な声で告げると、殿下は顔を真っ赤にして怒りの表情を見せる。
そもそもこいつに殿下なんて言いたくない、それ以前に敬意を払う必要性も無い。
そんな私の心情が伝わってしまったら不敬罪にでもなるのだろうか? と考え、自然と笑みを浮かべてしまった。
「何を笑っているのだ! ユシュニス、お前がリマを虐めていたことは知っているのだぞ!」
そうバカ王子は私に怒鳴り、隣にいるリマという女をグッと引き寄せた。
「私がその女性を虐めていたという証拠は?」
「リマが言っているんだ、それが何よりの証拠だろう!」
この、愚兄が。
私は深くため息をつき、頭を抑えて心の中で呟いた。
私に対して言葉を発したのは、血の繋がった兄であるエドワード・キッドソンであった。この愚兄も、昔は優秀で信頼すらも寄せていた頼りになる大好きな兄だった。
しかし、現在はそんなこと塵とも思っていないわけだが。
「私は、私がやったのだという物的証拠が欲しいのです。勿論あるのですよね?」
私がニコリと微笑むと今まで糾弾していた者たちはグッと口をつぐむ。
しかしそれは数秒のことでまた別の者が口を開いた。
「このリマの腕の傷が何よりの証拠だろう!」
だから、私がやったという証拠を出せと言っているだろうがっ!!!
失礼、取り乱してしまいましたわ。
今、発言したのはリマを保護している家の次期当主であるオルドロフ・ベネダだ。
「貴方達と話していても埒が明きませんわ。リマさん、いつ、どのように私が貴方を虐めたと言うのです?」
標的が自身に来たことで、彼女はビクリと身体を震わせ近くにいた男性へと擦り寄る。
「怖いよね……大丈夫、ボクが付いてるよ。」
甘い声で彼女を抱く彼は、この国の優秀な魔導師であるカイル・ラグターナス。
元々女癖が悪い彼だが、魔法の才能で言えば確実に上位であった。
ただ、彼女の取り巻き化してからは仕事も満足にこなさないため、評価は地に落ちている。
その点は取り巻き化している全員に言えるが。
「あの、ユシュニスさまが、皆さんといるのは釣り合わないと……。」
「釣り合わないなんて言っていないわ、何人も侍らせているのは如何なものかと申し上げたのよ。」
私がそう返すと、彼女は更にギュッとカイル様にしがみついた。
「わたしのドレスに、ワインを……。」
「貴方が勝手に私にぶつかって来たのでしょう? 誤解の含む言い方をしないで下さいませ。」
「わ、わたしを階段から突き落としてっ!」
「まあまあ、それはいつ頃のお話ですの?」
私は、ホホホホっと華麗に笑って差し上げる。すると彼女たちは私を睨みつけて来た。
一体どちらが悪者かわからないわね、多勢に無勢もいいとこよ。
「こ、この間の夜会で……。」
「はぁー? 夜会で
バカすぎる発言に、つい素が表に出てしまったではないか。すぐに戻したけれど、ふぅ……危ない危ない。危うく私の体裁が崩れるところだった。
「ひっく、うぅ……そうやってユシュニスさまは、いつも私を虐めて……。」
なぜ分が悪くなったら泣くの、泣けばいいってもんじゃないのよ。
それに1度貴方に進言した以外に貴方とこうしてお話をするのは初めてですけれど。
嘘っぱちも大概にして頂きたいものだわ。
「嫉妬してこのような……哀れだな。」
誰があんたみたいなバカ王子のために嫉妬するか勘違い馬鹿野郎が。
「大丈夫だ、リマ。俺が我が愚妹から守ってやる。」
誰が愚妹だ、この愚兄が。
「リマ、君を悲しませる敵は私が排除する。」
「泣かないで、リマ。」
どうしてこんな場面を私が見なければならないのだ。
ほら、他の夜会のお客様も眉を潜めていらっしゃる。
「ユニ! キッドソン公爵家の次期当主として貴様を勘当する!」
「……は? 何言ってんの、この愚兄は。」
つい心の声が漏れてしまったのは仕方ないと思う。いや、しかし、まさかこんな馬鹿げたことを言い出すとは……それは仮面も剥がれます。
「っ! 愚兄とはなんだ、俺を愚弄するというのか!?」
私はまたも深くため息をついた。
今日だけでどれほどの疲れが蓄積されたことだろう。帰ってお風呂に入ってゆっくりしたい。
「お兄様こそ、私を愚弄するというのですか? 次期当主ごときで勘当の決定権があるわけが無いでしょう、そんなこともわからないのですか?」
「なん、だと?」
「現キッドソン家の当主はお父様であるロシュジーク・キッドソンです。私の勘当を決めるのはお父様であって、貴方ではありません。」
私がぴしゃりと言い放つと、グッと口を噤んだ。事実、そういうことなのだ。
まあ、そもそもお父様が私を勘当になどするわけがありませんけれど。
「それで、御用はそれだけですか?」
私は首を傾けてパシンっと扇を口元で広げる。
「貴方も身の振り方は考えた方がよろしくてよ。」
リマさんは、再び自身の近くにいた男性に擦り寄る。案の定、その男性はその手を拒否したが。
リマさんの近くで護衛をしている騎士団の副団長、オズウェル・ジュラード。彼だけは彼女の近くにいながら取り巻き化をしないでいる。
近くにいるのも、リマさんのワガママによる結果であり彼の望む結果では無い。
「それではご機嫌よう。」
私は踵を返して、出口へと歩いて行った。
「あ、そうそう……婚約破棄、しませんから。」
そう一言だけ残して。
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