第五話「大聖女、街で買い物をする」

【前話は……】


 ガラクティカは、王宮から聖女宮に戻ると離れにより見習いのマルタハレナを本宮に連れ去った。



 ◇


「ガ──ラクティー様、馬車を出さなくてもよろしいのですか?」


「構わないわ。腹ごなしに丁度いいでしょう」


「ラクティー様が良ければ構いませんが、本日はよく晴れていますし商業街までかなり歩くことになりますよ」


「ぐっ……そうね。商業街近くまでは馬車を使おうかしら?」


「畏まりました」


 特に武具を求めると言うガラクティカ様の行先──商業街は王都の中央とは言え歩いて行くにはかなり遠い。

 なにゆえ武具を求めて徒歩で行こうと思ったのか疑問だ。



 王都中央を四分する一つ、西街は商工業をを生業とする者たちの街で商いの中心に商業街がある。

 その街並みの一角で馬車を降りて、私達は武具屋を探して歩く。

 我々が不案内にもかかわらずガラクティカ様にはそうでもないようで歩みは確りしている。


「ラクティー様、あの剣の看板が武器屋のようです。通り向かいに盾の看板が。あちらは防具が売っていそうです」


「分かっているわ。まずは剣ね。ついていらっしゃい」


 ガラクティカ様は通りの武器屋には目もくれず細い路地に入っていく。

 あちこちが武器工房──鍛冶屋になっている。そのひとつ、くたびれた鍛冶工房の門をくぐって入っていく。


「おっちゃん、いる~?」


「おおっ? 誰がおっちゃんだ!──って、もしかして魔法使いの嬢ちゃんか?」


「そうだよ。久しぶり」


「音沙汰ねえからおっちんだと思ってたぜ」


「まさか、私が死ぬワケないじゃん」


 さばさばと話すガラクティカ様に唖然として私とクリストは顔を見合せる。

 何かいたたまれぬまま彼女と工房主と思われる男の昔話に耳を傾ける。

 なんでも昔ガラクティカ様が駆け出し冒険者の頃お世話になっていたとのこと。

 あのガラクティカ様が冒険者をしていたなどと驚きを通り越し感嘆を禁じ得ない。


「今度、魔法剣士やろうと思って、ひと振り打ってほしいのよ」


 ひとしきり工房主らしい男と旧交を温めるとガラクティカ様が本題を切り出す。

 武具を求めるとは、出来合いの剣を買うのでなく注文するのだと分かる。

 ガラクティカ様は生っ粋の魔法使いだ。とても剣など振れそうにない。


「ああん、魔法剣士で出直すのかよ? で、そっちの二人が新しい仲間か? とても冒険者やる雰囲気じゃないがな」


「ああ……。コイツらは……斥候と荷物持ち──の見習い、かな?」


「へえ、年を食った見習いだな。で、魔力の通りよい剣を打てばいいのか?」


「そうね……地金は硬いもので、刃身に─聖銀ミスリルを三割は含んでほしい。

 おっちゃんは曲刀を打てないよね?」


「すまねえ、直剣しか打てねえな」


「分かった。握り片手半のショートソードでお願い。見本の小剣を振ってみたいんだけど」


「おう、ちょっと待ってろ」


「ラクティー様、本当に冒険者をやるお積もりなのですか?」


「それより、聖女様が魔法剣士を目指すとか、本気ですか?」


 鍛冶屋の主人が離れたのを幸い、ガラクティカ様に詰めより疑問をぶつける。

 堂にいった剣の注文にしても昔、冒険者をしていたことにしても驚きでしかなく、すぐにでも魔法剣士で冒険者を始めそうな口振りに戸惑ってしまう。


「冒険者は無理だけど魔法剣士は目指すわよ。それよりあんた達、ことばが硬いわよ。郷に入っては──」


「嬢ちゃん、持ってきたぜ」


 主人が戻ってきたので話を中断してガラクティカ様から離れた。

 作業台に並べられた振りの剣を持っては重さや刀身とつか釣合いバランスを確かめていく。


 その内のひと振りを握り周りに間を空けるように指示して剣を構える。

 足を開いて腰を落とし彫像のように静止するや抜剣してそのまま剣を振り回した。


 私達はあわてて、より距離を取る。

 躍る刃は服や肌をかすり、ヒュンヒュンと音を立てたのは一瞬で、ガツッと音を残して静かになった。

 ガラクティカ様の手から離れた小剣は工房の天井に突き刺さっていた。


「おいおい。嬢ちゃん、剣舞の真似ごとか? どうすんだ、あれ」

 工房主は苦笑いして天井に刺さった剣を指さして言う。


「オホホホホッ。難しいものですこと」


 ガラクティカ様は笑って浮かび上がると天井の剣を引抜き床に降りる。

 体のあちこちに咲いた赤い花は回復させたようだけれど、ほつれた衣はどうするのか。


「これより少し短め、聖銀ミスリルが入ると重さはもっと軽くなるわね?」


「ああ、軽くなる。刀身およそ二尺少し(約六十センチ強)にして柄は片手半……と。

 振り回すんなら最小のツバでつかがしらは大きめでなめらかがいいか。他に注文は?」

 工房主は、仕様を書留めながら更なる注文を聞く。


「私の剣はそれでいいわ。あと、この子たちには懐剣ナイフを」


「分かった。斥候と荷物持ちだったな。見合った物を用意しておく。四日あとに来てくれ」


 工房主と注文を済ませるとガラクティカ様は私たちの方に視線を移して追加の注文をする。


「前金は、二つでいいかしら?」


「ああ、助かるがそこまで必要ないぞ。ほぼ六割額になるが、いいのか?」


「構わないわ。クリスト、二つ、お願い」


 言われたクリストは金貨のつまった袋を二つ収納から現せると作業台に置く。

 一袋に金貨百枚入った皮袋だ。


 聖銀ミスリル──魔法に親和性のある希少金属でお値段も高い。

 小剣ひと振りでおよそ金貨三百枚とは、特注としても破格の高さだ。


「驚いたね。荷物持ちって収納持ちなのかよ」


「そうよ。すごいでしょ? では四日あとに。あっ、あの見本の剣、もらっていいかしら?」


「ああ、構わん。それじゃ四日後にな」


 鍛冶工房を離れると、まさに冒険者を始めるごとく私たちは買い物をして回った。

 私たちの物も含めて防具や衣服類、ポーョンなど補助道具を買い求めてはクリストが収納していく。

 


「疲れたわ。お昼寝したいところだけれど、聖女宮に戻ったらマルタの相手をしないといけないのね……」


「そうですね。後継となさるように仰ったのですから」


「そうね。自らの短慮で仕事を増やしてしまったわね」


「我らは冒険者の真似ごとをしないといけないようですし……」


「ああ、それもあったわね。ついでに冒険者登録を済ましてしまいましょう」


「「…………」」


 私達は蒼くなって顔を見合せた。本当に冒険者をしないといけないようだ。


 聖女宮の帰りに冒険者協会ギルドによって登録を済ませる。

 ガラクティカ様の登録の「ラクティー」は失効しており、私達と同じく最下位からの再出発となった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る