第四話「大聖女、見習いを連れ去る」

【前話は……】


 戦場をそうそうに離れたガラクティカだったが、帰京をいとう様に遅々と帰途を過ごす。帰参の報告に訪れた王城では、待ち受けた国王に叱責された。



 ◇


 陛下の執務室から待機室へ、にこやかな顔を少し引きつらせたガラクティカ様が戻られた。


「小心な従伯父では、遠からずわたくしの命運も尽きそうですわね」


「はい……なんでしょう?」


「こちらの話よ」


「そう、ですか……」


 ガラクティカ様が何かつぶやかれたが、よく聞こえず聞き返すと、はぐらかされた。

 クレストと顔を見合せる。


 おとがめは軽かったのだろうか?

 聴くに聴けず、ガラクティカ様と王城を後にした。



 ガラクティカ様は、聖女宮に戻ると本宮ではなく離れに向かわれる。


「ガラクティカ様、離れになんの用でしょうか?」


「私の後輩はどうなっているのかと思ってね」


「はあ……。まだ習練も始まったばかりでお目にとめるほどもないと思いますが?」


「まあ、そうなのだけれど、一人卓越した素養をもつ幼いがいたでしょう。あの娘を私の後がまにするのよ」


「はあ……確かマルタハレナ、でしたか?

 しかし、年かさの娘がいるのに幼いマルタハレナになさるのですか。

 後がまとは、余りに尚早ではありませんか?」


「尚早、ね……。確かにその通り。

 でも私に時間が無くなったのよ。仕方ないわ」


「あの、時間がないとは、一体? ……」


「…………」


 それきり、ガラクティカ様は口を閉ざしてしまわれた。


 本来であれば離れといわず聖女宮に男は入れない。

 私がガラクティカ様の選んだ側仕えであればこそ出入りできる特別なのだ。

 それを裏打ちするのは契約魔法で、私達は女性に不埒なことをしないように縛られている。


 離れの習練場に顔を出すと聖女見習い達はおらず、朝の習練は終わった頃合いだったようだ。

 居室に戻って休んでいるのだろう。


 私は習練場に集まるよう離れの下女を伝えにやって待つ。

 程なく年かさの二人と幼いマルタハレナがやってくる。

 ガラクティカ様の後ろで控える私とクリストを見て驚いている。

 確か聖女本宮で顔合わせはしたはずなのだが。

 離れには来るはずのない男がいるのに驚いたのか。


「皆さん、修行は順調ですか?

 今日はその成果を見せてほしいの。いいかしら?」


「「はい、聖女ガラクティカ様!」」


「……はい、ガラクティカ様」


 見習い聖女達がガラクティカ様の前で魔法を披露する。

 見習い一人がもう一人に回復魔法をかけたり、ケガ人に見立てた魔石を床に並べた中央で魔法を放ったり、ガラクティカ様はそれを見て習得度を測る。


 私は部屋の隅に離れて控え魔力感知で魔力の流れを観察する。

 年かさの娘は、そつなくこなしている。

 まだまだ発展途上だが聖女と呼ばれるほどの威力に届くか怪しい。


 ところが、マルタハレナは素晴らしかった。

 緊張からか、まだ習練し始めたばかりだからか力が安定していない。

 しかし、体から溢れる魔力はガラクティカ様に迫って見えた。


 ガラクティカ様は本来、火と風の魔法の才をお持ちだったところ習練を積み、回復魔法を習得されたと聞く。

 決して得意なのではない。彼女の能力を援護系魔法に変換するだけで損失が多い。

 魔力量だけは、ガラクティカ様の元来の魔量にマルタハレナが追い付こうとしているように見える。


「皆さん、ありがとう。よく習練されていますよ。

 もうお部屋に戻って休んで構いません。午後の修行も頑張ってちょうだい」


「「はい! ガラクティカ様、ありがとうございました」」


「マルタハレナ、あなたは残ってちょうだい」


「はい……ガラクティカ様」


 ガラクティカ様は皆を褒め自室に戻ってよいと声をかけるが、マルタハレナは残るよう伝える。

 緊張を緩めた矢先にそれを聞いてマルタハレナは顔をゆがめた。


 年かさの見習い達を見送ったあと、ガラクティカ様に呼ばれる。


「タイト、皆はどうだった?」


「どう、とは?」


「あなたも魔力の流れを見ていたのでしょう。感想を聞かせてほしいわ」


「はい。見ておりますと、皆よく習練していると思いました」


「そうね。それで……マルタハレナはどう?」


「……はい。魔力の扱いがまだまだでした……。しかし……」


「彼女しかいないでしょう。私の後を継げる者は?」


「確かに魔力はガラクティカ様に迫るものがあります。

 でもどれほど習熟するかも知れません。魔力の扱いはまだまだですし」


 習練場に残した落ち着かないマルタハレナから離れて小声で評価する。

 私達の密やかな話は一層、マルタハレナを萎縮させているようだ。

 時折、彼女に視線を移すと、ぴくりと体を震わせる。


「あの娘なら私を越える大聖女になるわ。そうでしょう?」


「その可能性はあると思いますが──」


「いえ、きっとなる。私がさせる!」


「──まあ、そうおっしゃるのであれば……」


 ガラクティカ様の語威の上がった声でマルタハレナが体を跳ねさせ不安にしている。


「さあ、マルタハレナ……呼びにくいから今から貴女あなたはマルタよ。

 本宮で一緒にお昼にしましょう。いらっしゃい、マルタ」


 不安そうにこちらをうかがうマルタハレナ──マルタと呼ばれた少女が私にも視線を向ける。

 私は、安心させるよう、ほほ笑み頷いた。

 ちょうどお昼の食事時になっていた。


 ガラクティカ様は次期聖女候補と決めたマルタハレナを離れから連れ出し本宮に入った。


 マルタハレナは十歳になった頃、聖女見習いとして聖女宮にやって来た。

 それから一年と経っていないひよっこだ。

 せめて一通りの魔法の扱いを覚えてからでも良いと思うのだが、時間がないとガラクティカ様は言う。


 きっと国王陛下のお咎めがそうさせるのだろう。



 本宮に入ってお昼の準備をする。

 マルタはガラクティカ様と差し向かいで居心地が悪く落ち着かない。


「さあ、いただきましょう」


「……はい」


 見ているとマルタは食が進まない。緊張もあるだろうが様々並ぶ惣菜に驚いている。

 お二人の給侍をして食事を済ますとお茶を出して後の用事をガラクティカ様に伺う。


「そうね、マルタの部屋を用意して。それから、タイトとクリストは私と一緒に買い物に行くわよ」


「それでしたら、私どもで買って参ります」


「ダメよ。私が選らばないとダメだから……。マルタは部屋が準備できるまでここで休んでいなさい」


「はい、ガラクティカ様」


「ん、ガラクティカでは呼びにくいわね? これからはラクティーと呼んでね」


「……はい? ガ──ラクティー様?」


「様はいらないけど……しばらくは慣れなくて仕方ないでしょう。

 お部屋の準備ができたらそちらで休んでいてもいいし、聖女宮を見回っていればいいわ。

 魔力が回復した頃に習練をしますからね」


「はい……ラクティー様」


「じゃあ、タイト、クリスト、行きましょうか」


「はい、ガラクティカ様」


「ああ、あなた達もラクティーと呼んでくれるかしら?」


「はい、ラクティー様?」


 私達は言われるまま呼び名を変え王都の街並みに進み出ていった。

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