第六話「大聖女、習練に明け暮れる」

【前話は……】


 聖女見習いマルタを聖女宮に残し商業街に出かけたガラクティカは、特注の剣を始め、その他もろもろの物資を買い集めた。



 ◆


 ガラクティカの帰京から半日、王国軍が王都に戻ってきた。

 行軍は徒歩に合わせた速さで易々とは進まなかったせいだ。


 軍を率いていた王太子ほか二将軍が報告に登城する。

 国王の執務室に据えられた座卓を挟んで国王と王太子が座る。

 二将軍は王太子の後ろに控えるところを王族二人に許されて楽椅子に座った。


「聖女からは聴いたが、ひとまず聞こう」


「はい、父上」


 王太子は、不首尾に終わった戦の子細を述べる。

 ガラクティカが援護魔法をかけんと戦場に飛来したが帝国軍の罵声に憤り、過って攻撃魔法を放ったことを憶測も含め開陳した。


 また、放った魔法は広範囲であったが不殺に抑えられた威力で混乱に陥りこそすれ、辛うじて帝国兵に死者を出さなかったようである、とも伝える。


「ガラクティカは魔力を抑えていたのか……」


再従姉はとこ殿は援護魔法に魔力を消費しており攻撃に回す魔力が乏しかったと思います。

 しかしながら……」


「…………」


 言い淀む王太子に国王は無言であごをしゃくり続きを促す。


「散開した敵兵に及ぼした魔力は計り知れません。充足した魔力であったなら大被害を与えたのではないかと」


「……そうなのだ。あやつの魔力は隠匿すべきであったのに。聖女とたばかり隠していたものを帝国にさらしてしまった」


「父上はご存知だったのですね、あれほどの力を持つことを」


「そうだ。帝国に知られては、あやつの、いては国家の存亡に関わるからな。どうしたものか……」


 国王は深く嘆息して持った書簡を座卓の上に置いた。

 その視線は王太子に読めと促している。


「これは──」


 王太子が手に取りあらためると、帝国からの親書であった。

 読み進めると表情をゆがませる。

 両脇の将軍は、読み進む書簡に釘付けとなる王太子の表情を読む。


「──再従姉はとこ殿を帝国に引き渡すなど……。到底受け入れられません。

 彼女は縁続きの祖を同じくする者。ましてや彼女は私の──」


「分かっている。しかし、強硬に迫られれば呑まずにはいられぬ。

 せめて時間を稼いで方策をひねらねばならぬ」


「……分かりました。きよう枢密を集めて合議いたしましょう」


 各々、沈痛な面持ちで善後策に応ずる決意が見られた。



 ◇


 西街の買い物と冒険者登録を終え、聖女宮に舞い戻ったガラクティカ様はマルタがくつろいだのを確かめると自室に呼びよせた。


「マルタ、本宮の中はどうでしたか? 離れとはまた違っていて面白かったでしょう」


「はい! ガ──ラクティー様。侍姓じしょうの方々が色々なところを案内くださいました。

 中庭に噴水があるのです! 初めて見ました。暑くなってまいりましたから涼しくてたのしいのです!」


「そ、そう。良かったわね。早く慣れるのですよ。

 いずれあなたの居所きょしょとなり、あなたがあるじとなるのですから。

 侍姓達にへりくだる必要はありません」


「はい?……主、ですか?」


「まだ分からないかしら……。その内、分かります。

 では、お勤めいたしましょうか?」


「はい! ラクティー様」


 ガラクティカ様がマルタとイスに座り向かい合って手をつなぎ魔力を循環させる。


 マルタの荒れ狂う魔力の波がガラクティカ様の手に流れ込む。まだまだ御せぬ荒波がガラクティカ様を通ると流れが整えられてマルタにかえされる。


 マルタは不思議そうに首をかしげながら魔力を送り出して返ってくるを繰り返す。

 半刻(小一時間)ほど続けると強弱の激しさが穏やかになっていた。


 マルタの頑張りが魔力消費を重ねて丸くなってきているようだった。

 幼い彼女には長い時間で精神的に疲れていることもあるだろう。


 対してガラクティカ様は、暴れるマルタの魔力の奔流にさらされて心身とも疲れ果てて、したたり落ちた汗に衣が濡れている。



 休憩に入ってマルタを着替えに居所へ帰すと、レオットがガラクティカ様の体を洗浄で清めた。

 マルタも身繕いをすませ共にさっぱりすると、昼下がりのお茶会となる。


 お茶でのどをうるおしたあとは、まだまだ元気なマルタに夕方まで自由を許した。

 時間が空いたガラクティカ様はと言うと、服装を動き易いものに替える。

 商業街であがなったばかりの物だ。


 剣士と見まがうように着替えると剣──鍛冶屋でゆずられた見本の剣を携えて裏庭に出られる。

 それからひたすら剣の素振りを繰り返された。


 魔法習練以上に汗を流されているのは仕方ない。

 日影に入って鍛練しているとは言え、初夏の昼下がりで気温も高い。


 当然、剣術に関して私もガラクティカ様も全くの素人であるはずなのに、今日始めたとは思えないほどガラクティカ様の一挙手一挙手が様になっていると感じた。

 冒険者時代に習っていたのかも知れないが、ガラクティカ様は魔法使いだったはず。


 剣を振るっていた道理はないだろう。それなのに立ち居振る舞いは著名な剣豪に師事していたごとく思えてしまった。


 剣技の才を授かっていれば、ひとかどの剣士になっていた未来があったかも知れないと思う。



 日が傾くころ、お昼寝から起きられたガラクティカ様はまた裏庭に行って剣の素振りを繰り返す。


 汗に濡れた体を清められたあと、一同がそろい夕げをいただく。侍姓リクームの料理だ。

 食後のお茶を終えマルタを居室に戻すと、侍姓を集めて話し合いが持たれた。


「これから一日の予定を決めるわね。マルタの朝の習練をたあと朝食。

 お昼前にあなた達でマルタの習練の手伝いをお願いね。

 お昼のあとは自由にしていいわ。昼下がりのお茶の前も習練を、夕げの前もね。

 私がいれば、夕方の習練は相手をするわ」


「お待ちください。ガラクティカ様は何をなさるのですか?」


「ここ数日は、あなた達の監督をするけれど、ゆくゆくはあなた達に任せて街の外へ出て修行するわ。

 あ、タイトとクリストは連れて行くから……」


 侍姓仲間は一斉に私とクリストを見てくる。


「実は、冒険者登録をしたんだ。

 ガラクティカ様の剣が四日後できるから協会ギルドの依頼を請けると思う」


「なるほど……それでガラクティカ様が剣を振っておられたのか。またどんな酔狂なのかと思ったが……」


「冒険者などとんでもないです。聖女が聖女宮を留守にするなんて」


「それを、あなた達が上手くごまかしてね──」


「「「無理です」」」


 話し合いは紛糾したが、これはお願いではなくガラクティカ様の命令なのだ。

 我々は従うしかない。


 三日、マルタの習練と手伝いを続けガラクティカ様の不在を装えるよう習うと剣を受け取る朝が来た。


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