「竜吾と迫る終わり」
漆黒と無音に支配された空間、石上竜吾は一人、佇んでいた。
「ここって、前に来たことあったよな。ってまた人の姿じゃん」
竜吾は自身の手を見て、鱗ではなく人肌であることを見て、察しがついた。するといつかに見た巨大な光が現れた。正体はなんとなく想像できる。
「こんにちは。メノール」
「ああ、こんにちは。竜吾」
以前と同じく白く美しい鱗を持った聖竜メノールが竜吾の前に出て来た。
「突然、どうしたの?」
「まずは礼を言いに来た。我の代わりにヴァーレスを打ち取ってくれてありがとう。すぐに礼を言おうとしたんだが、体内のマナを修復でそれどころではなかったのだ」
メノールが申し訳なさそうな表情を作った。確かに竜吾はヴァーレスの漆黒の炎を受けて、かなりの重傷を負っていた。
しばらく意思疎通が出来なかったのはその怪我を修復するためだったのだ。
「それでここからが本題だ。魔王ヴァーレスを倒した以上、そなたをこの世界を留まらせるようにはいかなくなった。つまり」
「僕は元の世界に帰らないといけないということだよね」
竜吾は自分の置かれた状況を脳裏で整理すると、メノールが深く頷いた。
確かに帰れるなら本望だ。自分は元々、この世界の人間ではない。しかし、ここで出会った大切な存在とも会えなくなるという実に寂しいものである。
「身勝手に連れ出しておいて、勝手に帰らせるような真似をして申し訳ない」
「ううん。前も言ったと思うけど僕はあなたに感謝しているよ。それにいつかは必ず、別れが来るってどこかで分かっていたから」
竜吾自身、この世界で生まれた他者との関係はとても好きだ。しかし、それが永遠に続くものだとは思っていなかった。
いつかは必ず別れが来る。心の隅で思っていたことがハッキリと今、現実になったのだ。
「元の世界に戻る方法は簡単だ。魔泉の奥深くに潜り込んでいけば、自然とあちらの大地の気と繋がり、そなたの世界への入り口が開く」
「行きと同じなら帰りは迷わずに済みそうだね」
竜吾は快活な笑みを浮かべた。
「この数ヶ月間、君の事をずっと見ていた。君は本当にたくましくなったよ。今の君なら元の世界に戻ってもきっと何とかやっていけるはずさ」
メノール自身も彼の体の中からずっと動向を見ていたのだ。故に竜吾がここで過ごしてどれだけ成長したかも理解しているのだろう。
「ではまた。魔泉の時に会おう」
そういうとメノールが眩い輝きを放った。それとともに竜吾の意識もおぼろげになっていく。
うっすらとした意識の中、竜吾はゆっくりと目を覚ました。彼は今、寄宿舎の側で眠っていたのだ。
体が大きいため、従来のように部屋で寝ることは出来ない。
「ふあ。よく寝た」
竜吾は背伸びをしながら、夢の中でもメノールとの会話を思い出した。
「彼女に伝えなきゃな」
彼の脳裏に青髪の少女の顔が浮かんだ。アイナにはまず、この事実を伝えたい。竜吾にとって彼女はこの世界で出来た恩人であり友人なのだ。
その日の昼。竜吾はアイナとともにとある場所にいた。魔王との激闘で戦死した兵士たちの墓である。
彼らの他に騎士団長のアーノルドやレティール、エーナレイニスが足を運んでいた。
皆、悲哀の貼り付けたような表情や戦死者に対して慈しみを抱いたような顔など、様々な表情を浮かべている。
寂しさが漂う墓場に花束が添えられて、あたりは華やかになっていく。
「これで彼らが無事、あちらで幸せになってくれるといいな」
竜吾は静かに戦場で命を散らした英霊達の祝福を祈った。
墓参りを終えた後、竜吾達は少し離れた丘で、昼食をとっていた。先ほどの雰囲気とは打って変わり、とても和やかな雰囲気だ。
「そういえば、エーナはこれからどうするんですか?」
「私は魔王になるよ。ヴァーレスが消えたから今、魔族を束ねる存在がいないの。もし、見張るものがいないとまたあの惨状が繰り返されるから」
エーナの目はまさに真剣そのものであった。彼女の父が背負っていたかつての責任。
それに耐えられるかと不安そうだったが、人当たりに良い彼女のことなので、何とか乗り越えられそうだ。
「私は騎士団と協力して、魔泉の管理をします。ヴァーレスは魔泉の影響から生まれた怪物。それをもう二度と生まないために」
レティールが意志の堅い言葉を口にした。かつて人間を忌み嫌っていた彼女が人と協力する。その事実に驚きつつも、竜吾は心から尊敬を寄せた。
「私は学園を卒業したら、騎士団を手伝いつつ、レイニスと婚約を前提にお付き合いをします」
アイナが頰を赤らめると、隣にいたレイニスも同じような顔を浮かべた。アイナ自身、家族にはいい思い出がない。
しかし、明るい性格のレイニスとなら幸せな人生を送れるだろうと竜吾は一人、そう思った。
「竜吾はどうするの?」
アイナが順番を追うように訪ねてきた。他の面々を興味が宿ったような目をこちらに向けている。
「僕。元の世界に帰るよ」
「えっ?」
竜吾の発言にアイナの顔色に動揺が見えた。他の面々も同じような表情を浮かべている。無理もない。数ヶ月間、苦楽を共にした友がいなくなるのだ。
しかし、竜吾がこの世界に来たのは魔王討伐を成し遂げるためである。魔王討伐という使命を果たした以上、この世界に留まるわけにはいかないのだ。
「いつ?」
「明日ぐらいかな」
「どうして?」
「この肉体はあくまで借り物なんだ。持ち主に返さないといけないんだ。僕がこの世界に来た真の理由はヴァーレスを討伐することだった」
この体は本来、聖竜メノールのものだ。利用し続けるという事は死んだ身のメノールを永遠に酷使し続けるのと同一だ。
そんな罰当たりの行為、竜吾には到底、出来ることではない。
「僕自身、向こうに家族がいる。彼らをこれ以上、心配させたくないんだ」
「そうか、貴方にも家族が」
先ほどまで反論する意思を持っていたであろうアイナの言葉が止まった。家族が待っているといえば、さすがに何も言えないのだろう。
「ねえ竜吾のいた世界ってどんなところなの?」
「うるさい場所だよ。でも今ではそれも恋しいのかも」
竜吾は脳裏に元いた世界の光景が浮かんだ。アスファルトの地面。巨大なビルで覆われた町。
堅苦しい制服の学生。愛おしい両親の顔。その全てが今も自分を待っているのだ。
「この世界では色んな出会いがあった。楽しいこともあったし、辛いこともあった。それでもこの世界に来ることができて良かったと思っているんだ」
竜吾は思い思いの言葉を口にして、微笑んだ。
一同の表情は一瞬、悲しみを交えたような顔を浮かべたが、すぐに笑みを作った。辺りには夜の始まりを告げるように夕焼けが周囲を染め始めていた。
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