「竜吾と戦の末」


 静寂な空気が漂うアレスティア王国の城内。石上竜吾は大理石で敷き詰められた床の上で腰を下ろしていた。


 彼の周りにはアイナ、アーノルド、レティール、エーナと生存した兵士達が在席していた。


 五日前に魔王を討ち取り、世界を救った竜吾達に国を上げて、国民栄誉賞の授賞式が行われているのだ。


 すると中央から金髪と同色の顎髭を蓄えた一人の男性が姿を現した。アレスティア王。この国の国王にしてレイニスの父である。


「三日前の壮絶な死闘により、魔王ヴァーレスは滅ぼされた。しかし、その間、多くの犠牲者が出た。彼らの犠牲なくして魔王を討ち取る事は出来なかったであろう」

 

 彼のすぐそばにはアイナの想い人であるレイニスが少し暗い顔をして、国王の話に耳を傾けていた。


 レイニスは騎士団とも非常に友好的な態度で接していた人物だ。彼にとっては魔王討伐の喜びに匹敵するほど、兵士たちの死は悲しいものだろう。


 何百年にも渡る因縁に終止符を打つことは出来た。しかし、それを達成するに当たって膨大な数の兵士たちが犠牲になったのだ。


 彼らがいなければ、魔王討伐は不可能だったのだ。竜吾は勇敢さと気高さに心から敬意を払った。


「ではこれより授賞式を行う!」

 国王が高らかな声が場内に響き渡った。




 その日の晩。竜吾は場内の外で煌々と輝く月を眺めていた。場内では魔王討伐を祝って宴会が行われており、華やかな雰囲気が漂っている。


 皆、豪華な衣装に身を包んで美酒や豪勢な食事に舌鼓を覚えている事だろう。


「竜吾はああいうの好きじゃないの?」

 アイナが首を傾げて、訪ねてきた。彼女は煌びやかな青いドレスに身を包んでおり、月の光に照らされて美しい姿を放っていた。


「いや、嫌いじゃないよ。月を見たい気分なんだ」


「まあ、そういう時もあるよね」

 空気が少し窮屈だったのか、アイナが手を組んで背伸びをした。


 他愛もないこの会話が出来るのも、月を眺めることが出来るのもあの激闘を生き抜いたからである。


「あの激闘、本当辛かったね」


「うん。肉体的にも精神的にもかなり堪えたよ」

 竜吾自身、戦いの後、しばらくはあまり休むことが出来なかった。戦死した仲間達の姿が目に浮かんだからである。


 亡くなった騎士団の仲間はかつて同じ釜の飯を食った連中だ。喋るトカゲという異質な存在を受け入れてくれた優しい人間達。


 魔王を討伐できたものの彼らを守れず、失った事は竜吾にとって、心に傷跡を残した。


「国王陛下がおっしゃっていた通り、彼らがいなかったら本当に負けていたかもしれないね」


「うん」

 竜吾はアイナの言葉に深く同意した。するとある一点から視線を感じ取った。目の向けるとそこには一人の人物が立っていた。レイニスだった。


「やあ、イケメン王子」


「やあ、小さな、いや大きな友だね」 

 レイニスが端正な顔で笑みを作った。白い正装を纏った彼はまるで絵本の中から飛び出して来た王子様そのものである。


 アイナが彼の姿を見るなり、言動にぎこちなさが交わり始めた。


「殿下」


「おいおい。忘れたのか、約束」

 レイニスが苦笑いを浮かべると、アイナは思い出したのか、目を見開いた。


「こんばんは、レイニス」


「ああ、こんばんは。アイナ」

 アイナとレイニス。竜吾の目には両者ともほんのりと頰が赤くなっているのが見える。

二人の間には既に他者を寄せ付けない甘い空気が漂っていた。二人を邪魔するわけにはいかない。竜吾は両翼を広げた。


「竜吾。どこかに行くの」


「眠くなったから、先に騎士団の寄宿舎に戻っているよ」

 竜吾はそう言って、勢いよく羽ばたいた。ここから先は二人だけの時間だ。


 レイニス自身も快活な性格をしているが、わずかに緊張した様子だった。彼の勇気を蔑ろにするわけにはいかない。


 城から離れて行く途中、ふとアイナとレイニスの方に目を向けると二つの影が一つになるのが見えた。


 竜吾はあまりに甘酸っぱい光景に目を背けた。


「お幸せに」

 竜吾は一言、呟いて寄宿舎に戻った。美しい満月が煌めく光で竜吾の白い鱗を優しく照らしていた。


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