「竜吾と終止符」
石上竜吾は今、人生で最も真剣な趣で試練に向き合っていた。何せ、この戦いに負ければこの世界はおろか、自分の元いた世界も侵略される恐れがあるからだ。
そして、それとともに微かな希望も胸に抱いていた。英雄になる。その悲願が今、形となり叶えられようとしているからだ。
「決して負けない! もう誰も戦わせない!」
「私の世界を! 大事な人をあなたに奪わせはしない!」
「ほざけ!」
風を切り、時を超えるのではないかと思うくらいの速度で激闘を繰り広げている。
竜吾とヴァーレスがぶつかる際、アイナも瞬時に相手に攻撃を加えている為、僅かだがダメージはあちらの方が加算されている。
大空での戦いは熾烈を極めていた。いつどちらが勝ってもおかしくない状態だ。
「助かるよ。アイナ!」
「これくらいどうってことないよ!」
「くっ、小癪な!」
ヴァーレスが無数の黒い火の玉をこちらに放ってきた。竜吾は先読みするように次々と火の玉をかわしながら、滑空する。
「小さいけど、一つ一つの威力は高いからね」
竜吾は眉間に皺を寄せると、一気に加速させてヴァーレスの元に向かった。飛行中、竜吾は自身の肩に捕まるアイナに目を向けた。
彼女の鬼気迫る表情から魔王討伐への想いが伝わってきた。そして、その顔は
かつて夢に見たアレフ・フリードと重なった。
「アイナ! 僕たち二人で英雄になろう!」
「うん。必ず!」
「全くどいつもこいつも! 失せろ! クズども! かつてもそうだ! 勇者といい、聖竜といいことごとく我の邪魔をしてくる! 何が楽しい! 心は痛まないのか!?」
突然、ヴァーレスが支離滅裂な発言を連発し始めた。
自分は他人に攻撃してきたくせに、自分がされるのは御免。あまりにも通らない暴論を平然と吐き捨てるその様に竜吾は怖気を感じた。
ここまで自己中心的で傲慢な不届き者を初めて見た。
何百年も生きていたのにも関わらず、道理や他者に寄り添う何も学ばなかったのだろう。
「お前、自分は他者を虐げて、殺してきたのに責任逃れか?」
強大な力を持っているものの精神があまり未熟。まるで気分次第で他人に手をあげる聞き分けのない子供そのものである。
「その減らず口。永遠に黙らせる!」
アイナの剣が全ての闇をなぎ払うような眩い輝きを放っている。
「黙れ。強者こそ、力こそ全て。力さえあれば道理など問題ではない!」
ヴァーレスが口から漆黒の炎を吐き出して、竜吾達の進行を防いできた。竜吾は回避するために上昇すると、途端に勢いよくヴァーレスの頭上に向かった。
「頼んだ! アイナ!」
「任せて!」
アイナが満天の星空のような輝きを放つ剣をヴァーレスの硬い鱗を叩きつけた。
「グアアアアアアッ!」
ヴァーレスの体に命中すると威力が強烈だったのか、勢いよく落下し始めた。
すかさず竜吾はヴァーレスを追って、地面に向かうように勢いよく下降していく。
地上に目を向けるとレティール、エーナがマナを放ち、アーノルド含む兵士達がマナ矢にマナを込めてヴァーレスめがけて構えていた。
騎士達の遠距離攻撃の射程距離に入ったのだ。
「みんな!」
「ヴァーレスだ! 総員! 迎撃態勢に入れ!」
「了解!」
兵士たちがマナの込められた弓を一斉に放ち始めた。それとともにレティールとエーナがマナの塊を打った。
「があああああ!」
ヴァーレスの体に直撃し、激しく爆発を起こした。魔王が逃げるように翼をはためかせて、上昇をする。
「あいつ、もしかして逃げるつもりか!」
「逃げるな!」
竜吾は全速力でヴァーレスを追いかけた。詰みかねてきた悪業のケジメをつけさせる。その一心で白い両翼を一心不乱で動かしているのだ。
「燃え散れ!」
すると突然、ヴァーレスが動きを止めて、黒い炎を吐き出した。
唐突にフェイントをかけられた事により、竜吾は停止するのに時間を有してしまった。
「ぐっ!」
竜吾の白い鱗に覆われた体に炎が直撃した。強烈な火力により、黒く染まった。
もろに受けたその炎は竜吾の体を火傷という形でじわじわと痛めつける。
「竜吾!」
幸い、アイナは背中にいたため、炎を正面から受けることはなかった。
「こんな簡単なワナに引っかかるとはやはり下等生物は知性も劣っているな!」
ヴァーレスが嘲笑するような表情を浮かべながら、迫ってきた。なんとか退避しようとするが、火傷が体を蝕んでいるせいか、上手く動けない。
「打て!」
「二人に攻撃させるな!」
騎士団長のアーノルドの気高い声とともに兵士達が弓を放ち始めた。雨のように降り注ぐ無数の矢による奇襲に憤りを覚えたのか、ヴァーレスが低く、唸り声をあげた。
「エーナ!」
「分かっているよ!」
エルフのレティールとダークエルフのエーナが互いのマナを混ぜた一撃をヴァーレスに放った。
「邪魔をするな!」
ヴァーレスが血を吐くような勢いで声を荒げながら、漆黒の炎で迎え撃っていた。
「くっ! 負けない!」
「父の仇を討つ!」
レティールとエーナが必死にマナを込めているのが分かるが、それでもヴァーレスの方が上手なのか、徐々に漆黒の炎に二人のマナが押し切られているのが見て取れた。
しかし、竜吾はヴァーレスにとどめを刺すなら今だと理解した。あの黒龍がエルフ二人に気を取られているすきにヴァーレスに奇襲を仕掛ける。
「アイナ! 今のうちに奴を討とう!」
「うん!」
竜吾は火傷で蝕まれた体に鞭を打ち、ヴァーレスに接近した。何百年前にも行われた死闘の続きが今宵、終止符を打たれてようとしている。
「小賢しい真似を!」
ヴァーレスがこちらに気づいたのか、苦そうな表情を浮かべた。しかし、向こうもエルフの二人による対処で動けるような状態ではなかった。
もはやそこに傲慢な態度の魔王はいなかった。ただ、自分が行った悪行に対する報復に怯える一匹のトカゲだった。
竜吾はその隙に勢いよく、ヴァーレスの間合いまで距離を詰めた。
「いけ! アイナ!」
「うおおおお!」
竜吾の魂の叫びに応じるようにアイナが膨大なマナを宿した剣を構えた。突然の出来事に動揺したヴァーレスの頭のてっぺんに向かって彼女は振り下ろした。
「叩っ斬れええええ!」
仲間達の想いを宿した希望の刃が絶望の権化であるヴァーレスの身を切り裂いていく。
「グオオオオオオオオ! 馬鹿な! 我が負けるなどおお!」
ヴァーレスが耳を塞ぎたくなるような断末魔を上げて、真っ二つに割れた。
膨大な量の血飛沫が飛び散った後、お粗末に残った肉片が小さな光となり、消滅した。
「終わったね」
「うん」
竜吾はアイナと互いに顔を向け合い、笑みを浮かべた。この瞬間、彼らは魔王を討伐した真の英雄になったのだ。
ヴァーレスが消滅したのを目の当たりにしたのか、地上では兵士たちが歓声を上げていた。
「やったぞー!」
「俺たちの勝利だ!」
同胞の仇に歓喜するもの。家族の仇に歓喜する者。声を上げる理由は様々だろうが皆、喜んでいた。
「やりましたね」
「うん。やったよ。父さん」
エーナの褐色の頰を白い涙が伝っていた。彼女にとっては待ちに待った家族の敵討ちに成功したのだ。感動せずにはいられないだろう。
東の空からは彼らを祝福するようにゆっくりと陽光が差し込んだ。
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