「竜吾と聖竜」
暗闇の中、竜吾は目を覚ました。周囲を見渡すものの、どこもかしことも一片の光すら刺さっていない。
「ん? ここは? それにこの姿」
竜吾は自分の姿を見て驚いた。それはトカゲではなく、かつての人間だったのだ。
「一体どういう事? 元に戻ったのか?」
突然の出来事に戸惑っていると、目の前に眩いばかりの巨大な光が現れた。
その光は徐々に何かの形となり、姿を現した。竜吾は目を疑った。
竜だ。雪原のように白い鱗と吸い込まれそうなほど、美しい碧眼。一目でそれが聖竜メノールだと理解した。
「あなたが聖竜メノールですか?」
「いかにも、我が名は聖竜メノール。そなたの父祖達からは龍神などと呼ばれていたな」
勇者アレフの盟友であり、魔王ヴァーレスを窮地に追い込んだ聖竜。この竜が自分をこの世界に導いた存在なのだ。
「教えてくれ! この世界は一体なんなんだ!」
「そなたも理解しておるかもしれんが、この世界はそなたの元いた世界とはまた別の場所。この世界で魔泉はそなたの世界にある龍穴という大地の気が発生する場所と繋がっている」
「僕がこっち来ることができるなら、こちらから僕の世界に移動する事も可能という事か。つまり」
「さよう」
その発言を耳にした瞬間、竜吾は全身に怖気が走った。自分が元いた世界にヴァーレスが侵入してくる可能性があるのだ。
いや、支配欲の強いあの怪物なら必ず実行する。そうすればこの世界だけではなく、自分の世界すらもヴァーレスの支配下に置かれてしまう。
「もはやこれは我らの世界だけの問題ではない。ここで奴を討ち取らなければ全てが手遅れになるであろう」
「でも、なんで僕なんだよ」
「肉体の死後、我の魂はずっとあの龍穴に留まり、こちらの世界の情報に耳をすましておった。そして、魔王の気を感じた。だから」
「近くにいた僕をこちらに連れて来たと」
「ああ」
メノールが静かに頭を下げた。全身から哀愁と罪悪感のようなものを覚えた。
「待ってくれ。僕は別に怒っているわけじゃないんだ。ただ理由が知りたかった」
「そうか」
メノールが優しく微笑んだ。あまりに美しかったせいか、竜吾は少し見惚れてしまった。
「それとなんで、トカゲの姿だったんだ?」
「我の力をそのまま、注げばそなたの肉体は耐えられない。だから抑えた状態でこちらの世界に送ったのだ」
聖竜メノールの力をそのまま、全て継承すると竜吾の肉体は自壊してしまう。それほどまで強大な力の一部を体に送られたと知り、竜吾は少し背筋が凍った。
「しかし、今のそなたならマナの使い方も適性も以前より遥かに増しておる。これなら全ての力を解放しても問題ではなかろう」
「それって」
「今、そなたは死にかけの身。我の力を解放して蘇らせる」
解放。それは即ち、トカゲだった竜吾がメノールの同等の力を得て、再び、ヴァーレスと対等する事を意味する。
「ああ、やってくれ」
ヴァーレスに対する恐れはあったが、それ以上に仲間達を失うことの方が怖かったのだ。
「我は既に死した身。故に何もできん。本当にすまない」
「謝らないでよ。確かに大変な事もあったし、辛い事もあった。でもこの世界に来て、アイナや色々な人達と出会えて、僕は幸せだったんだ。貴方から借りた力だとはいえ、人の役に立てたのが、嬉しかった。ありがとう」
竜吾がメノールに抱いていた感情。それは怒りでも、憎しみでもなく感謝だった。元の世界で卑屈な性格で生きて来た彼を別の世界に連れ出してくれた事。
共に笑いあえる仲間に出会わせてくれた事。それら全てに感謝の念を抱いていたのだ。
竜吾の言葉が響いたのか、メノールの目から涙が流れていた。
「だから、僕はみんなを助けたい!」
英雄に憧れた青年はこの世界で出会った愛する全ての存在を守るため、閉じられた世界に再び、目を向けた。
美しい月が照らす森。星や月が煌々と輝く空とは違い、地上には酸鼻極まる光景が広がっていた。
「そっ、そんな。竜吾」
アイナの目から絶望の涙が溢れ出てくる。大切な存在が目の前から消えたのだ。
自分をここまで信じてくれたかけがえのない友達。その彼が目の前から消えたのだ。
「竜吾」
「そんな、あんまりですよ」
「竜吾くん」
アイナを含む面々がヴァーレスに挑んだ彼の末路を目にしていた。各々、様々な表情を浮かべていたが、皆、悲しみが内側から溢れ出ていた。
「フフフ。アハハハハハハ! 目障りな聖竜の転生体も消えた。勇者の子孫も虫の息。勝利は我のものだ」
ヴァーレスが地面に突っ伏しているアイナ達を見て、嗤っている。アイナの心は折れかかっていた。勝利への道筋が完全に途絶えてしまったのだ。
現状に対する絶望やヴァーレスに対する憎悪、そして、自分の弱さが一気にアイナに負荷をかける。
「あのアレフとメノールの後継だと少しは気を張っていたんだかな。杞憂だったか」
アイナの頭上から彼、彼女らを侮辱するヴァーレスの姿が見えた。今すぐにでも殴り返してやりたいが、体が一向に動かない。
「気が変わった。お前らを焼き殺して不安要素をなくした後、魔泉からマナを得ることにしよう」
ヴァーレスが口を大きく開いて、漆黒の炎を溜め始めた。この炎で焼き頃好きなのだ。
「にっ、逃げ、ないと」
アイナはその場から離れようとするが、体が動かせない。焦燥感と目の前に確実に迫る死の恐怖で彼女の振動が張り裂けそうな勢いで脈を打ち始めた。
すると突然、魔泉の方から水飛沫が上がるような音がした。あまりに大きな音だったため、アイナは驚いて、意識がそちらの方に向いた。
「グオオオ!」
聞いた事もない何かの雄叫びが耳に響いた。体が動かせない為、正体はわからないがかなり大きな生き物だと予想できた。
するとその存在はゆっくりとアイナに近づいて来ているのが分かった。それは彼女の前にゆっくりと降り立った。
白い竜だった。月光に照らされて、美しい雪原のような鱗がさらに輝きを帯びていた。その姿はまるで伝承に伝えられる聖竜メノールそのものである。
「お待たせ。アイナ」
「竜吾?」
彼女はただ、目の前の現実に驚きを隠せずにいた。
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