「トカゲと諸悪の根源」
蛇に睨まれた蛙とはおそらくこの事だろう。竜吾は恐怖のあまり、体を動かす事ができなかった。
目の前ではその原因である魔王ヴァーレスが左右に三つずつ存在する赤い目玉を使い、竜吾達を見渡している。
他の仲間達に目を向けると皆、体が固まっている、僅かに震えているなど反応は様々であった。
「魔泉はどこだ」
開口早々、低く威厳のある声で目的のありかを聞いて来た。
「答える必要はない!」
エーナが突然、ヴァーレスの正面に踊り出た。普段、快活な態度で接してくる彼女とは大違いなど、険しい表情を浮かべていた。
「ようやくあったな。ヴァーレス!」
「お前は、ああ、先代魔王の娘か」
「そうだ。父の仇、討たせてもらうぞ!」
竜吾は耳を疑った。エーナが先代魔王の娘。思いもよらなかった事実に緊張感が僅かに解かれた。
「父の仇ってどういう事?」
「こいつが当時、魔王だった私の父を殺して、魔王の座を奪ったんだ。それから逆らう者達を皆殺しにした」
彼女の口から語られたのは耳を塞ぎたくなる様な悲惨な内容だった。以前、エーナが魔王という言葉を口にした時、自分の事のように憤っていたのは、おそらくこの事だったのだろう。
「父が私を逃して、そこから私はずっと隠れながら、生きていた。全てはお前を討つ日のために!」
エーナが鋭い眼光で魔王を睨みつけた。竜吾もヴァーレスの悪行を聞いた途端、言いようのない怒りを覚えた。
「だから、どうした? 弱い奴が敗北し、踏みつけにされる。それが世界の理だ。強者こそ正義だ。現に今、我には無数の魔物や魔獣達が忠誠を誓っているのだぞ」
「今、お前が従えているのは平和主義の父に反感を抱いていた争いを好む者と恐怖で平伏した者達だけだ。恐怖でしか服従させることしか知らない奴に王の器なんてない。だから引きずり下ろす!」
エーナが血を吐く様な勢いで啖呵を切った。彼女はここまで、必死に生きて来たのだ。
勇者アレフと聖竜メノールがヴァーレスを打ち取れず、激闘の末、眠りについたと聞いたときは相当悔しかっただろう。
しかし、それでも彼女は生きてきた。全ては偽りの王から王冠を取り上げるためだ。
「総員! 戦闘準備!」
アーノルドが語勢を強くして、兵士達に呼びかけた。先ほどまで気力を失いかけていた兵士たちの顔に色が戻っていく。
「いくよ。竜吾。しっかりつかまっていてね」
『うん。終わらせよう!』
おそらくこれが最終決戦となるだろう。竜吾は疲弊した体に鞭を打って、アイナの体にマナを注ぎ込んだ。
「いくよ!」
アイナが勢いよく、土を蹴って駆け出した。それに続く様にアーノルドと兵士たちが魔王めがけて走っていく。
「小賢しい」
ヴァーレスが呆れた様な口調でそう呟くと、口から漆黒の炎を吐き出した。
「危ない!」
レティールが仲間の盾になる様に前に立って、光の結界の様なものを生み出した。
「ぐっ!」
勢いが凄まじいせいか、彼女の表情は非常に険しいものだった。
「私も支援する!」
レティールの背中にマナを注ぎ込んでいた。おそらく結界の強化に努めているのだろう。
しかし、いつまでも彼女達のマナが持つわけじゃない。万が一敗れてしまえば、ここにいる全員は焼死体に成り果てる。
『彼女達だけじゃ、厳しい。森から回り込んで奴に一撃を食らわせて、彼らの攻撃の隙を作ろう』
「任せて」
竜吾はアイナに助言すると結界の外に出て、森の茂みに隠れながら、遠回りでヴァーレスに迫って行った。
他の人間達は数が多く目立ってしまう以上、一人で攻撃するしかないのだ。
「はあ!」
茂みから出た彼女がヴァーレスめがけて莫大なマナを込めた光り輝く刀剣を振り下ろした。
しかし、ヴァーレスのぎょろりとした三つの赤い目玉がこちらを睨んだ。
竜吾は強烈な殺気を感じた瞬間、魔王が炎を履くのをやめて、丸太の様に深い尾が頭上から迫って来た。
アイナの一撃とヴァーレスの尾が激しくぶつかり、爆発を起こした。両者、あまりにも威力が高かったため、衝突した際に相殺されてしまったのだ。
「うわあ!」
アイナがあまりに勢いが強かったせいか、後方に飛んだ。竜吾は感じたこともない浮遊感に動揺したものの、着地した箇所か生い茂った草だったので一命を取り止めた。
「ぐっ! 勇者の末裔め」
ヴァーレスが頃つに伝わる憎悪を瞳に宿してこちらを睨んでいた。よく見ると尾の方から真っ赤な血を流している。
魔王とはいえ、莫大なマナを込めた一撃はかなり堪えるようだ。
そして、アイナ達に気を取られていた為、炎がなくなり、アーノルドや他の仲間達が魔王に特攻を仕掛け始めた。
「やれえ!」
「反撃だあ!」
「うおおおおお!」
レティールやエーナのマナによる攻撃とアーノルドや騎士団の物理攻撃がヴァーレスを襲撃していく。
愛する家族や仲間を奪われた者達。彼らの無念を晴らすために彼らはここで戦っているのだ。
竜吾はその圧巻な光景に気を取られているとアイナがゆっくりと体を起こした。
『大丈夫そうだね』
「ええ、みんな必死で戦っているのに私だけのんびりしてられないから!」
竜吾は彼女から溢れんばかりの闘志を感じた。彼女ももう立派な勇者だ。
そんな事を思いながら、剣を構えた彼女と共にヴァーレスの元まで駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます