「トカゲと巨悪」

 竜吾は何度も背中を起伏させていた。先ほどまでマナを大量に分け与えていたからだ。


 しかし、その甲斐あって魔物と魔王の側近である二人を退けることに成功した。週を見渡すと無数の兵士と魔物や魔獣の死体が転がっている。


 その酸鼻極まる様な光景に竜吾の胸が痛んだ。


「お疲れ様」

 アイナが竜吾の背中を優しく撫でた。


『流石にマナをあげまくると疲れるね』

 敵を倒すためとはいえ、竜吾はかなりマナを消費していた。


「アーノルドさんも無事でよかったです」


「ああ、竜吾くんのおかげだ」

 アーノルドがそう言って、竜吾に優しい笑みを向けた。アーノルドと騎士団がいたおかげで竜吾達は安心して、街を任せる事ができたのだ。


 竜吾にとって彼らが無事だったのが、この悲惨な戦争の不幸中の幸いだった。


 安堵感を覚えているとレティールが竜吾やアイナ達の前に立った。


「竜吾、アイナ。騎士団の皆様。これまで重ねてきた数々のご無礼を謝罪します。ノワールが元凶だと知らずに、勘違いしていたとはいえ、皆さんには大変、失礼な態度を取ってきました」

 レティールが静かに頭を下げた。竜吾は彼女を責める気にはなれなかった。彼女もれっきとした被害者なのだ。


「頭を上げてください。もう気にしていませんから」


「アイナ」

 レティールが瞳から涙を浮かべていると突然、竜吾は凄まじいマナと濃度を感じた。


 彼だけはない。アイナやレティール、エーナの緊張感が滲み出たような表情を浮かべている。


「このマナの量。まさか」

 エーナが何かを悟った様な態度で静かに拳を握った」


「そうか。さっきの戦いが激しすぎて、忘れていた。黒幕のこと」

 アーノルドの言葉が戦場にさらなる緊張感を生んだ。彼の様子を見て、生き残った兵士達が剣を取った。


「グオオオオオオオ!」

 突然、空気が振動する様なけたたましい雄叫びが森全体に響き渡った。


「来た」

 アイナの額から一筋の汗が流れ落ちる。その時、周囲が一気に暗くなった。頭上を見上げたとき、竜吾は目を疑った。


 煌々と輝く月に重なるように巨大な黒い竜が姿を現したのだ。


 闇夜の様に黒い鱗。眼窩の中で蠢く三つの赤い目玉。あらゆるものを切り裂きそうなほど、鋭利な爪。そして、極めつけた鱗越しに伝わる尋常ではない程のマナの量。


『なに。この溢れんばかりのマナは。今まで感じた事がない。こんな奴がいるのか』

 悍ましい外見とともにノワールやラゼルとは次元が違う程のマナの量に竜吾は戦慄した。


「魔王ヴァーレス」

 エーナの呼びかけに応える様にヴァーレスがゆっくりと竜吾達の前方に着地した。


 最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 

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