「レティールとノワール3」

 レティールは安堵感を覚えていた。自身とエーナの絶体絶命の窮地にアイナと竜吾が助けに来てくれたからだ。


「二人とも」


「遅れてすみません。ラゼルとの戦いで気づいたらかなり遠くまで移動していたので」



「おいおい。随分と痛い攻撃くれるじゃないか」

 ノワールがケラケラと軽快に笑いながら、血が吹き出る傷口を押さえている。

 しかし、傷口が時を巻き戻すように治っていった。


『二人とも顔色が悪いね。マナも少ない』


「竜吾。二人にマナを与えてあげて」


『分かった! 二人とも僕に触れて』

 竜吾に触れた瞬間、ものすごい勢いでマナが注がれていく。体の芯から気力が湧き上がってきて、何でもできるような気がしたのだ。


「ありがとう。竜吾!」

 万全の状態になったレティールは再び、闘志を燃やしてノワールを睨んだ。


「そのメノールの転生体の子。厄介だね」

 ノワールが戯けた口調で竜吾に目を向けた。しかし、その目には明らかに殺意が宿っているのがレティールには理解できた。


「はあ!」

 レティールは星空のように輝く光の球体を放った。それと同時にエーナがマナを放ち、アイナがノワールめがけて走った。


「あらあら。みんな殺意丸出しだね。さて。それじゃあこっちも本気で行こうかな」

 ノワールが端正な顔を歪めて、背筋が凍るようなおぞましい笑みを浮かべた。


 本気で襲ってくる。そう察した瞬間、ノワールがマナの攻撃をかわして目にも止まらない速さでアイナの元に駆けていった。


「ぐっ!」

 アイナがノワールと凄まじい速さで戦っている。攻撃同士がぶつかる際、僅かだが衝撃波のようなものが見えて、戦いの壮絶さが見事に伝わって来た。


「これ以上、ノワールの好きにはさせない!」

 レティールは焦燥感を覚えながら、駆け出した。よく見ると僅かにアイナが押されているように見えた。


「ぐっ!」

 とうとうアイナが押し負けて地面に尻餅をついた。先ほどまで兵士達のちを吸い続けたせいか、ノワールの力は凄まじいものになっていた。


「勇者の血。飲むのは初めてだな。味合わせてもらうよ!」

 ノワールがニヤリと笑みを浮かべて、動けないアイナにてをかけようとしテイル。


「アイナさん!」

 エーナがアイナの元に駆け出そうとした時、ノワールの手にどこからともなく飛んで来た矢が手に刺さったのだ。


「いったあ。もう何だい?」

 ノワールが刺さった矢を引っこ抜いて、何度も手首を振った。レティールは矢が飛んで来た方に目を向けた。


 森の木々の隙間から騎士団の面々が姿を現したのだ。

「騎士団の皆さん!」


「待たせたな」

 団長のアーノルドの言葉が彼女の心を揺らした。彼が来た時の安心感。人間が彼を慕う気持ちが今ならよく分かった。


「王国の周りをゾンビ達が急に倒れ始めたものでな。そのまま助っ人に来たが」


 アーノルドが周囲に広がる悲惨な光景が目に入ったのか、一度、険しい表情を浮かべた。


「ここで奴を討ち取るぞ! 我々の仲間の無念を晴らすのだ!」


「うおおおお!」

 アーノルドが周囲の空気を揺らす勢いで叫ぶと兵士達が一斉に弓を放ち始めた。


「またぞろぞろと来たね。食事が」

 邪悪な吸血鬼が狂気に満ちた笑顔を作った。しかし、先ほどよりも余裕ではなさそうだ。相手自身も疲労が来ているのだろう。


「アイナ。エーナ。二人は休んでいてください。やつは私がとどめをさします」

 レティールは近くに駆け寄って来た二人に休むように伝えた。


「竜吾。私にマナを注いでください。最大限の一撃で奴を終わらせます」


『分かった』

 竜吾がレティールの体にマナを注ぎ込んだ。これ以上、仲間を犠牲したくない。この一撃で全てを終わらせる。


 その一心で彼女はノワールの元まで駆け出した。踏み出す一歩一歩に力と積年の想いを込めて、怨敵を討ち取るために踏み出す。



 彼女の目の前では騎士団長のアーノルドとノワールが両者一歩も譲らないほどの死闘を繰り広げている。あまりに壮絶なのか、他の兵士が動けずにいるのだ。


「しつこいね! 人間!」

 アーノルドに肩を刺されて、抜け出せずに憤っているノワール。アーノルドも負けじと


「アーノルドさん! そのまま抑えていてください!」


「任せろ!」

 レティールの決死の叫びが届いたのか、アーノルドがノワールの事をきつく抑え始めた。


「はああああ!」

 光を放つ自身の拳をノワールの顔に打ち込んだ。彼の端正な顔が潰れていき、口内で頭蓋骨と歯が砕ける感覚が拳から伝わってきた。


「ぎいいいいいやあああ!」

 彼女の殺された家族と同胞、そして倒れていった仲間への想いを乗せた一撃が凶悪な吸血鬼に天誅を下したのだ。


 ノワールが頭から地面に激突して、口から真っ赤な泡を吹いた。


「終わったよ」

 レティールは悲惨さが漂う地上とはかけ離れているほど、美しい星空を眺めながら亡き家族を想った。

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