「アイナと死人使いのラゼル」


 レティールとエーナがノワールと激闘を繰り広げている傍ら、アイナは目の前の敵を睨みつけていた。


 死人使いのラゼル。死体にマナを込めて、自身に従順なゾンビへと変える能力を持った存在だ。

 フードを被っており、素顔を見せてはいないが、唯一見える口元からは不気味な笑みがこぼれていた。


「以前、街であなたを見かけました」


「知っているさ。髪の毛を見て、何かを感じ取り、後をつけたのだろう」

 ラゼルがそういうと、フードの隙間から見覚えのある長く青い髪を出した。


「だけど、ありえません。あの子が魔王軍だなんて」


「それは見ればわかる事さ」

 相手がフードを取った時、竜吾とアイナは目を見開いた。予想はしていたがそれでも的中すると胸が痛くなった。


 そこにはかつての面影をなくした妹の姿があった。以前の勝気な目とは違い、生気がない。

「カリナ」


「違う。私はラゼル。死人使いのラゼル。私は体を持たない。故に様々な人間の遺体にのりうつるのだ」

 死体。その言葉を聞いた瞬間、アイナの背筋に怖気が走った。肩に乗っている竜吾も静かに体を震わせている。おそらく、ラゼルの言っている言葉から推測して察したのだろう。


「数週間前にお前の妹を殺してこの肉体に乗り移った。記憶の中からお前の家の場所を把握して実父を殺してアレスティア王国の付近に潜伏していたのだ」


「カリナを殺して、父を」

 突きつけられた事実にアイナは目眩がするような感覚がした。


「その後、王国の地面にゾンビ達を配置させた。ノワールが同志たちを引き連れるのを待っている間、街でお前を見かけて、試しに我が使役するゾンビどもでその実力を試したのだ」

 街に出現したゾンビは自分の実力を手先だったのだ。明かされていく事実にアイナは眉間に皺を寄せていく。


「何故,父を殺したんですか?」


「勇者の血筋にはアレフの件で恨みがあるからな。その末裔は摘まねばならん」

 ラゼルが苦々しい表情を浮かべた。過去に勇者アレフ・フリードにかなりの手痛い仕打ちをされた事が目に見えなくとも想像出来た。



「さて、諸々話してやったぞ。始めようか。殺し合いを!」

 ラゼルが殺意剥き出しの笑みを浮かべて、駆け寄って来た。


「竜吾! 力を貸して! ここで打ち取る!」


『了解!』

 アイナは竜吾からマナの支援を受けて、剣を振るった。剣と剣がぶつかり合い、無数の火花が周囲に散らばる。


「くっ! 早く」

 竜吾の支援を受けて、中々打ち取れない。ラゼル自身がかなり強いのだ。何百年も魔王に仕えて、戦闘の経験も遥かに上だ、


 しかし、理由はそれだけではなかった。


「どうした? 妹は斬れないか!?」

 ラゼルが妹の顔で狡猾な笑みを浮かべて、剣を振って来る。ラゼルの言うとおりだ。


 アイナは妹の姿をしているラゼルを斬ることを躊躇していた。


「こいつの記憶を見たぞ。お前達の関係は劣悪そのもの。殺しても心は痛まないはずだぞ」

 いくら敵といえ、妹の姿をしている相手を傷つけるのはためらってしまう。生前は父と共に酷い仕打ちをされて来た。


 しかし、それでは亡骸を弄ばれてはあまりにも可哀想だと感じた。


 魔王を打ち取った一族の末裔が魔王に使えるラゼルにこき使われる操り人形同然に成り下がったのだ。


「ほら! どうした! さっさと殺しに来い!」

 ラゼルの剣戟がさらに激しさを増して来た。アイナも負けじと剣を何度も振っていく。


「愚かだな。思いやり、愛なんてものがあるから殺せないんだ。こいつらはもう仲間でも肉親でもない。ただの腐敗した肉塊だ」

 ラゼルがそう言って、ある一点の方を指差した。兵士達がゾンビになったかつての仲間と剣を交えている。


「実に滑稽だな。魔物は殺せるが、それがかつての仲間だと手が出せない。半端者の劣等種。それが人間だ」


「ふん。何百年も生きると思考が停止するんだね」


「なんだと?」

 ラゼルが意味不明とでも言いたげに首をかしげた。


「確かにそれはただの肉塊。意思疎通もできないし、互いに理解し合う事も叶わない。でも彼らの仲間だった私達は知っている。彼らが人間だった頃を。互いに剣を交えあって切磋琢磨した事も! 彼らが平和を願っていた事を知っている! 彼らが生きた証である肉体をこんな形で使われたら、動揺するに決まっている!」


 アイナは人を人と思わないラゼルに憤りを感じていた。一番辛いのは騎士団のみんなだ。


 今の戦っているのはかつての仲間だ。後から入って来たアイナよりも遥かに付き合いが長い。同期、先輩、後輩、様々な関係はあるにせよ、互いに支え、騎士の道を歩んで来た紛れもない同志なのだ。斬れないのも無理はない。


「その口ぶりだと誰とも心を通わせた事なんてなかったんでしょう。無駄に長い年月を生きて、無駄に多くの命を詰んで、あなた何がしたいの?」


 怒りと軽蔑の混じった言葉をラゼルにぶつけた。死者の尊厳を冒涜し、踏みつけにしたこの外道が心底、憎くて堪らないのだ

「思いやり、心を通わせる? そんな物になんの意味がある? 無生産も甚だしい」


「何の意味があるって? 私の祖先。勇者アレフは自分の周りの人間だけではなく、この世界を愛し、思っていたから貴方達と戦った。そして、貴方達はそれに敗れた。半端者の劣等種に負けたのよ。そして、今回も貴方達は負ける!」


「負けてなどいない!」

 ラゼルの癪に障ったのか。荒々しい剣さばきで迫って来た。


「自分達の力を過信して、他者を弄ぶだけしか取り柄がない貴方達に負ける気がしない!」

 アイナは目一杯、力を振り絞り、ラゼルを切りつけた。赤黒い血が吹き出して、辺りに散らばった。


「ぐっ! 貴様!」


「死人使いのラゼル! 覚悟!」

 アイナは怨敵を打つために揺らいだ闘志を固めて、剣を構えた。



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