「レティールとノワール」

 怒号と阿鼻叫喚が飛び交う戦場。レティールは白い肌に返り血を浴びながら、迫り来る敵を討伐していた。


「消え失せなさい! 魔物ども!」

 レティールの手から眩い光の波動が放出された。


「ギョエエエエ!」

 魔物達が奇声をあげながら、次々と倒れていく。レティールの横ではエーナが漆黒の色をしたマナの球体を敵陣に投げつけていた。



 彼女達二人と兵士達の尽力により、粗方片付いた。周囲には兵士や魔物の死体が転がっており、目も当てられないほど凄惨な光景が広がっている。


「残るは吸血鬼! 覚悟!」

 兵士達が大声を張り上げながら、次々と突っ込んでいく。その怒号からはここまで過ごして来た仲間達を殺された怒り。


 これからを生きる人間を守ろうと言う強い意志が感じられた。


「遅いよ」

 しかし、彼らの思いを踏みにじるかのようにノワールがその圧倒的な実力で弄ぶように兵士達を蹂躙していく。体を切り裂いて、血液を抜き取る。


 その圧倒的な実力にレティールは戦慄した。


「距離をとって! 奴の能力は吸血! おそらく血を吸えば、吸うほど身体能力が強化されるわ」

 エーナの忠告が届いたのか。兵士達が一斉にノワールに距離を置いた。吸血鬼本院は血の味がお気に召したのか、恍惚に満ちたような表情を浮かべている。


「し・ぼ・り・カ・ス」

 ノワールが足元に転がっている干からびた遺体を見て、邪悪な笑い声をあげた。


「ゲスが」

 レティールは憤りを覚えた。彼女はかつて、人間をひどく嫌っていた。おそらくそれは今も変わらない。しかし、ここまで共に時間を過ごして来た兵士たちには僅かに情が湧いていたのだ。


 戦場で散っていった彼らを冒涜されたのが、腹立たしくてならなかった。


「んー、お仲間さんも減っちゃったね。ラゼルさーん」


「わかっておる」

 アイナと交戦していたラゼルが突然、手を地面に当てると、紫色の魔法陣のようなものが広がっていく。


 レティールは目を疑った。死亡したはずの兵士達がマリオネットのように立ちあがっていくのだ。それだけではなく、死亡した他の魔物達も復活したのだ。


「嘘でしょ」


「グオオ!」


「キエエエエエ!」

 復活した魔物とともにかつての仲間達が獣のような雄叫びを上げながら、向かってきた。


「くっ! 剣が重い! 強化されている!」


「我の能力はゾンビとして蘇らせる。そして、ゾンビの身体能力は生前の時よりも上だ」

 遠くでラゼルが自身の能力を誇らしげに語っている。


「俺が血を吸い取り、ラゼルさんがゾンビとして蘇らせる。完璧な戦法さ」

 ノワールが自分たちの力を誇らしげに語っている。自分達の敵を殺して、最後には手駒にして仕えさせるというかなり凶悪な戦法だ。


「これが魔王側近の力」

 レティールは予想以上の実力に困惑していた。すると彼女は遠くの方から無数の気配を感じ取った。


「おっ、援軍が来たね」

 森の木々の間からぞろぞろと邪悪な魔物達が姿を現した。兵士達の表情には絶望が浮かんでいた。


「なっ! そんな!」

 レティールは目を疑った。援軍の軍団の中にエルフが何十人も混じっていたのだ。しかし、目から生気を感じられない。おそらくラゼルの能力により、ゾンビにされたのだ。


「なっ、何故。エルフが?」


「昔さ。人間界で流行病があったでしょ? あれ僕が流行らせたんだよ」


「えっ?」

 レティールの額から一筋の汗が流れた。顔には明らかな動揺の色が伺える。


「猛毒をばらまいて、一部の人間にエルフの肉を食えば治ると吹聴した」

 ノワールが悪びれる様子もなく、無邪気な子供のような表情を浮かべてペラペラと話していく。


「人間達はすぐにそれを信じてエルフ達を殺し始めた。そして、生き残ったエルフ達に僕が協力を申し出た後、全員、殺してゾンビにしたっていう話さ。まあ、君みたいな取りこぼしもいたみたいだけど」


「なんでそんな事を?」

 レティールは気の抜けたような表情でノワールに尋ねた。


「んー。当時は勇者アレフとの戦いで魔物や魔獣の数がかなり減っていたからね。人間達の減少と兵力の増加目的だね。あとさっきも言った通り。エルフの血ってすごく美味しいんだよね」


 ノワールが周囲に響き渡るように下卑た笑い声を上げた。レティールはノワールに凍りつくような冷たい視線を向けた。


 この下衆は救いようのない存在だ。何百年も生きてここまで不快感を抱いたのはこれが初めてである。


「魔王だけではなく、側近のここまで腐っているとはね」

 エーナが眉間に皺を寄せて歯ぎしりをしていた。罪のない人間達ではなく、友の故郷を自分達の目的の為に弄んだのだ。


 エーナが軽蔑の眼差しを吸血鬼に向けて来た。


「お前をここで裁く。人間達に私の同胞を殺すように仕向けて、そそのかした挙句、死後もその尊厳を踏みにじる愚行。決して許さない」

 レティールがその端正の顔に青筋を立てた。自分が人間を憎悪するきっかけを生んだ男が目の前にいる。


 因縁に終止符を打つべき彼女は怒りとともにマナを手に灯した。

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