「トカゲと魔王軍の襲来」

 竜吾は予想外の事態と緊張で心が震えていた。彼の心境に反応するように街の方も騒がしくなっていた。


 おそらく住民達も察したのだろう。わらわらと家の中から顔を出して来た。


「殿下! ご無事ですか!」

 数名の兵士がレイニスのみを案じて、駆け寄って来た。


「ああ、僕は問題ない。それより市民達には家の外に一歩も出ないように伝えてくれ!」


「はっ!」

 兵士達が敬礼をすると、一斉に街の方に向かって行った。これでなんとか住民のみの安全はひとまず確保された。


「アイナ! 竜吾! 王国の門ん前に行こう! レイニス殿下は王宮の方にお戻り下さい」


「分かった。三人とも無事でいてくれ!」


「はい!」

 レイニスに別れを告げると竜吾達は走り始めた。


 竜吾達は急いで、王国の正門前に進んでいると、向かい側から馬に乗った兵士が荒く息を吐きながら。竜吾達の元にやって来た。


「レティール殿からご報告です! 現在、北のほうからものすごい数の魔物の群れが向かっているとのことです!」


「何だと」

 突然、突きつけられたさらなる緊急事態に竜吾は戸惑った。門前につくと夥しい数のゾンビ達が正門を叩いていた。


「キエエエエエ!」

 ゾンビ達が奇声を発しながら、勢いよく門を叩いている。


「アーノルド団長! 勢いが止まりません! 奴ら、地中からいきなり姿を現したんです」


「外壁にも隊をなして、よじ登ろうとしているんです。弓で応戦していますが、いつまで持つか」

 アーノルドの額から汗がにじんでいた。荒れ狂うゾンビの群れを見て、竜吾は数時間前の事を思い出した。悪寒を感じた時である。


 自分がもう少し、早く察して伝えていれば防げたかもしれない。竜吾は静かに己の不甲斐なさを噛み締めた。


 竜吾達は外壁の上に移動して、弓で応戦している兵士達と合流した。


「弓がもうなくなりそうです! 武器の補給を遠征に頼んでいますが、持ちそうにありません!」


「まるで最初仕組まれていたような感覚ですね」


「もしかして、目的は魔泉かもしれないな。そして、このゾンビは我々を足止めするための妨害工作というわけだ。


『今まで攻め込んで来なかったのは魔物達をかき集めるためか』

 竜吾は内臓が冷えるような異様な緊張感に襲われた。まるでこれから始めまるであろう血戦を予期しているような気がした。


「とりあえず、我々は王都のゾンビどもを片付けましょう! 竜吾! 力を貸して!」


 アイナの一言で竜吾は我に返った。落ち込んでばかりではいられない。


 竜吾はアイナとアーノルドに触れて、マナを流し込んだ。


「おおっ! みるみるうちに力が湧いて来たぞ! さすがだな!」


「行きますよ!」

 アイナがアーノルドとともに外壁からゾンビ達がはびこる陸地に飛びこんだ。


「はあ!」


「ギャアア!」

 彼女が剣を振った瞬間、光の斬撃が辺りのゾンビを蹴散らしていく。飛びかかってくる無数のゾンビをもろともしないその圧倒的な力に竜吾は感心した。


「騎士団長としてここをゾンビに通らせるわけにはいかん!」

 アーノルドが外壁に張り付いていたゾンビ達を瞬く間に切り刻んだ。元々、腕の立つ騎士が竜吾の強化でさらに動きが早くなっている。


 竜吾は驚いた。二人でゾンビの群れを圧倒しているのだ。

 

「俺達も加勢するぞ!」

 正門近くのゾンビが少なくなったおかげで他の兵士たちも参加しやすくなった。


「アイナ! 竜吾! 二人は魔泉のある森に行ってくれ!」


「でっ、でも強化されているといえ、かなり数です」


「ここにいるのは騎士団長とそのしごきで日頃から鍛えられている精鋭達だ。安心してくれ!」

 アーノルドの信念のこもったような視線が竜吾の心を揺れ動かした。


『行こう。アイナ。彼らなら大丈夫だ!』


「分かった! 騎士団の皆様、どうかご武運を!」

 アイナが竜吾を連れて、レティールとエーナがいる森の方に向かった。




 竜吾とアイナは凄まじい速度で森へと向かっていた。森の方は今ごろ、凄惨な光景で満ちているであろう。


『もうすぐ、森に着くよ』


「うん!」

 その瞬間、凄まじい爆発音が耳に入った。音のする方に首を向けると黒煙が空に昇っていた。焦燥感に駆られたのか、アイナの足が先ほどより早くなった。



 現場にたどり着くとそこはまさに戦場だった。魔物と騎士団が血みどろの激闘を繰り広げていたのだ。


 その中で見覚えのある人物を二人見つけた。


「レティールさん! エーナさん!」


「おお、二人とも来てくれたのか」


「アイナさん。竜吾。街の方にもやはり奴らの手が」


『足止めをくらったよ。それで彼らが魔王の側近かな』

 竜吾は視線を反らすとそこには二つの人影があった。一人は端正な顔立ちと色白の肌が特徴の吸血鬼。ノワールだ。


 その横にいるのはフード姿の人物だ。竜吾は直感的に死人使いのラゼルだと気づいた。それとともに恐ろしい事実に気づいた。


「あの人。街で見た人だ」

 アイナがそう言うとフードの中から青の髪が見えた。その人物はフードで目元を隠しながら、不気味な笑みを浮かべている。


「おや、君達は勇者の子孫と聖竜の転生体と言われているトカゲ君だね。それによく見るとエルフもいるじゃないか! エルフは好きだよ。肉をあまり食べないから血に臭みがないんだよね」

 ノワールが竜吾達に陽気な笑みを向けた。一見、親しみやすい優男にも見えたが、竜吾は感じ取っていた。この吸血鬼から漂う吐き気を催すような血の匂いを。


「ここに足を踏み入れた事を後悔させてあげる」

 アイナが剣を構えて、戦闘の意思を示した。相手は魔王の幹部。おそらく今まで戦って来た魔物とは比べ物にならないほど強い。


「この蛮族どもが」

 レティールが眉間に皺を寄せていた。理由は周囲を見れば、一目でわかった。のどかな森の中に野蛮で凶悪な魔王のしもべ達が侵入して来たからである。


「この吸血鬼は私とエーナで相手をします。あなた達はラゼルをお願いします」


「了解!」

 竜吾とアイナはレティール、エーナと別れて一人、不気味に佇む死人使いの元に走った。

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