「トカゲと嵐の前触れ」

 レイニスとの食事を終えた後、竜吾はアイナとともに王国から少し外れた森に向かっていた。


 葉の隙間から木漏れ日が優しく竜吾の鱗に光が当たると、彼の体内に太陽の温もりが染み込んだ。


 体温がじわじわと上がるのを感じながら、彼の気分は非常に上機嫌なものになった。


 目的地に着くとそこにはエルフのレティールとダークエルフのエーナが警備を行っていた。


「おお! 竜吾君、アイナさんじゃないか」

 ダークエルフのエーナが元気よく持て成してくれた。近くの方にはいたエルフのレティールがこちらに気づいたのか、軽く会釈をした。

 

 その近くにはマナの噴出口である魔泉が存在していた。思えば数ヶ月前、ここで竜吾はアイナと出会ったのだ。


 竜吾はほんの少しだけ懐かしさを覚えた。


「どうですか。警備の方は?」


「音沙汰なしってところですね。むしろ静かすぎるくらいです」

 レティールから告げられた事実に竜吾は安心感とともに言いようのない不安感を覚えた。


「この緊張感。どこか懐かしいですね。かつての戦争を思い出します」


「その戦争って、勇者アレフと聖竜メノールが魔王と戦った時の事ですか?」


「ええ、もう何百年も前の話ですが」


「エーナさん。以前、アレフ・フリードと会った事があるって言っていましたよね。どんな人だったんですか?」

 アイナが不意にエーナに尋ねた。以前、彼女の口から魔王を追い詰めた勇者アレフの話を聞いた事があったアイナはおそらく、気になっていたのだろう。


「とても穏やかな人だったよ。剣を握る人間とは思えないほどにね。花や自然を愛でるのが好きでいつも世の平穏を願っていた」

 竜吾の横でアイナが目を輝かせながら、話を聞いていた。それはそうだろう。


 自分の先祖に世界を救った英雄がいて、面識がある人間から聖人君子と言われているのだ。


「それゆえに彼は魔王に対しては憤りを覚えていたよ」

 エーナが顎に力を込めて、歯に負荷をかけた。まるで彼女自身にも当てはまっているような表情だった。



 夕方、森の警備を終えた竜吾とアイナは森を出て、王都に向かっていた。アレスティア王国の白い外壁を夕焼けが茜色に染めていく。


「エーナさん。魔王の事を話した時、凄い形相だったね」


『うん。少し怖かったね』

 竜吾も彼女と同じ気持ちだった。普段は親しみやすい様子の彼女が歯ぎしりをしてまで、話しているのはどうしても他人事に見えなかったのだ。


 突然、竜吾はビクンと背中を跳ねさせた。周囲を見渡すも敵のような存在が見当たらなかった。


「どうしたの? いきなり」


『い、いや。なんでもない』

 本当に一瞬だが、どこからともなく、何ともいえない殺意を感じたのだ。




 その日の夜。竜吾はアイナと寄宿舎の近くで夜空を眺めていた。煌々と輝く月と燦然と輝く星空。少しひんやりとした空気が辺りを包んでいた。


「今夜は月が綺麗だね」


「今日の仕事は終わりかい?」 

 背後から昼間にも聞いた親しげな声を聞こえた。声の主はレイニス・アレスティアだった。

 

「殿下。こんばんは」


『イケメン殿下。こんばんは』


「ああ、こんばんは。夜風が心地いいね」

 レイニスがそう言って両手を組んで、気持ち良さそうに腕を伸ばした。椅子に座っての業務が多いのか、何度も肩を回していた。


「今日も魔物は姿を現さなかったようだね」


「ええ、森も王都も安全でしたね」


「アイナ。本当なら公務に私情を挟んでいけないが、出来れば君には戦って欲しくない。傷ついて欲しくない」


「殿下。ご心配いただきありがとうございます。ですが私は守りたいのです。ここで生まれた大事な存在を」

 アイナがそう言って、辺りの町並みを見渡した。かつては過ごしにくかったこの町が最近はとても愛おしく感じるのだ。


「家にも居所がなかった身としては今の環境はとても幸せなんです」

 アイナがそう言って、星空にも負けないほどの綺麗な笑顔を見せた。


「アイナ。今度からはその、レイニスと呼んでくれ」


「えっ?」


「以前も言ったが、僕は君が好きだ。だからずっと殿下と呼ばれるのは少し違和感を覚える。出来ればもっと親しい呼び方で呼んでほしい」

 レイニスがほんのりと頬を赤く染めていた。普段、陽気で快活な性格の彼からはあまりみられない表情だ。


 アイナの方も頰が赤くなっていた。友人として二人の距離が徐々に近くなっていくのを見るのは実に微笑ましいものだ。


「もし魔王を倒して、帰ってきたらその時は」

 レイニスが何かを言い切ろうとした時、竜吾は凄まじい悪寒を感じた。本能が危険信号を発しているのだ。


「どうしたの?」

 竜吾のただならない様子を察したのか、アイナが心配そうな表情を浮かべた。


「殿下! アイナ! 竜吾!」

 遠くの方からアーノルドが額から汗を流しながら、駆け寄ってきた。その焦りようから尋常では事態が起こったのだと予想した。


「どうしたんですか? アーノルド隊長」

「王国を取り囲むように無数のゾンビが現れた! 戦闘準備にかかってくれ!」

 彼の強い声音が辺りの空気と竜吾の心を激しく揺らした。



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