「トカゲとレティールの過去」
深緑に囲まれた森の中、竜吾とアイナは苦笑を浮かべていた。目の前に不機嫌そうな態度をとるエルフのレティールが立っているからだ。
「今回は宜しくお願いします。レティールさん」
「ふん」
今回、竜吾とアイナはレティールとともに森の警備を行なっているのだ。しかし、任務とはいえ人間嫌いのレティールにはこの上ない屈辱なのだろう。
数日前、騎士団長のアーノルドに頼まれて、ここの警備についたのだ。一見すると血生臭い争いごととは無縁の環境に見える。
しかし、魔王が復活したかもしれないと言われているご時世だ。決して油断は出来ない。
「貴方達はここの周辺の警戒をお願いします。私はあちらの方角を監視しています。では」
レティールが不機嫌そうな表情を維持しながら、自分の陣地に向かって行った。
『なんであそこまで人間を嫌うんだろう』
「確かに。かなり毛嫌いしているよね」
彼女の人間嫌いに疑問を抱きつつも、任務に専念することにした。レティールの情報によればここ一週間は魔物の出現情報はないらしい。
そうとはいえ警戒しないわけにはいかない。竜吾も辺りに睨みを効かせる。
しかし、それ以降、何の音沙汰もなく時が流れていく。こうなると気分もだれるというものだ。
「アイナ・フリード。交代だ。昼食を取ってくれ」
兵士に昼休憩を言い渡されて、そのまま昼食を摂ることにした。竜吾の横ではアイナが美味しそうにパンを頬張っている。
レティールさん。何をしているんだろう。竜吾の脳裏にレティールの姿が浮かんだ。彼女は一人で別の方角の警備に当たっっている。
何をしているのか、気になったのだ。ついで何故、人間を毛嫌いするのか聞こうと思った。
「竜吾、どこいくの?」
『レティールさんのもと。彼女がなんで人間嫌いなのか知りたいんだ』
「そ、そう。気をつけて」
アイナが不安そうな表情を浮かべ。無理もない。あれだけ人間に敵意を向けていた彼女のことだ。下手をすれば何をされるか分からない。
竜吾はレティールのいる方角の向かうと彼女がいた。瞳を閉じて、あぐらをかいていた。竜吾のいた世界で言う所の瞑想の基本的な態勢をとっていたのだ。
「なんのようですか?」
竜吾の気配に気づいたのか、彼女が目を開けた。
「トカゲの姿をしているようですが、貴方も元は人間。できればあまり話したくはないのですが?」
レティールが異物を見るような鋭い目を竜吾に向けて来た。以前、穏やかな態度で接されただけあって、対応の差がかなり胸に刺さる。
『辛辣だね』
竜吾はぎこちない笑みを浮かべた。レティールが未だに怪訝そうな表情を浮かべている。
『レティールさん。なんで人間をそこまで嫌うの?』
「何故、貴方に言わなければならないのですか?」
『聞かせてよ。そりゃ確かに。君には色々あったかもしれないけど、いきなり嫌われて睨みつけられるなんて理不尽にもほどがあるよ』
竜吾は言葉に憤りを交えた。それを察したのか、レティールが軽くため息をついた。
「遥か昔、人間達の街で疫病が流行った際、無数の死者が出ました。その時に
どこから聞いたか分かりませんが、永遠の時にも等しい寿命を誇るエルフの血肉を食えば、病が治ると聞いた人間達にエルフが乱獲されました。そして、その被害に私の両親と弟、妹が巻き込まれて殺されました」
レティールが声を震わせながら、残酷な真実を口にした。竜吾はその悲惨な話を聞いて、思わず耳を塞ぎたくなった。
そして、改めて思い知った。自分が未だにこの世界に無知である事。
彼女の悲惨な過去はこの世界の凄惨な一面を表すのに十分な事実だった。
「分かっているんです。エルフにも友好的に接しようといている人がいることも。ですが過去の事を考えるとどうしても信用できません」
レティールは冷静な口調で自身の胸のうちを明かしていた。しかし、声が僅かに震えていた。
『無理もないと思う。人間の事は信頼するのは難しいかもしれない。でも少なからず今は協力関係だから、何かあったら頼って欲しい』
「優しいんですね。あなたは」
レティールが悲哀さを漂わせながら静かに微笑んだ。森の澄んだ空気を小さく吹いたそよ風で彼女の白く長い髪が揺れた。
ぼんやりとした白い月が大地を照らす夜中、竜吾は一匹で夜風に当たっていた。
隣には野営用のテントのようなものが設置されており、そこからはアイナの可愛らしい寝息が立っていた。
一日中、警戒していたがついに魔物が来ることはなかった。念のため、辺りには兵士が巡回しているが周囲からは魔物の気配はない。
竜吾の脳裏には昼間に見たレティールの悲しそうな顔が浮かんでいた。
彼女はずっと思い悩んでいたんだ。人を嫌いになり続けて良いのか。今回の話で分かった事がある。
彼女は完全に人を嫌っている訳ではないという事だ。嫌っているのなら今回の件にも参加していないし、もしかしたら魔王側に加担していた可能性も否定できない。
これから少しずつ歩み寄ってみよう。竜吾は星々に目を向けながらそう決心した。
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