「トカゲと肉親」

竜吾とアイナは先ほどまで僅かに纏っていた眠気を吹き飛ばすような勢いで自宅に向かっていた。


 フリード邸に着くと竜吾は目を疑った。屋敷内は床や壁に花を咲かせたように真っ赤な血が飛び散っており、臭いも辺りに漂っていた。


「アイナ・フリードですか」


「はい。あの父は」

 現場にいた一人の兵士が彼女を見るなり、手巻きをした。


 恐る恐る着いていくと白い布を被された無数の遺体が並べられていた。


 父だけではなく、使用人達も殺害されていたのだ。そして、兵士がある死体の前で止まった。


 豪奢な服装からアイナの父であるとすぐに理解できた。白い布を顔に被された血だらけの遺体が横たわっている。


 煌びやかな衣装は赤黒い血で染まっており、胸元を見ると大きな刺し傷のようなものがあった。


 おそらく心臓を一突きされたのだろう。


「確認しても?」


「ええ」

 アイナが兵士に許可をもらい、布を取るとそこには変わり果てた父の顔が明らかになった。


 顔は鋭利な刃物で切り刻まれたように原型を留めておらず、見るに耐えない惨たらしい顔になっていた。


「間違いありません」

 彼女が表情を歪めながら、兵士に父であるという事実を答えた。


 これまでいくら散々な扱いを受けてきたとしても、やはり身内の死は胸にくるものがあるのだろう。


『酷いな』

 竜吾は酸鼻を極めるような光景に顔をしかめた。兵士の話によると犯人は不明。


 二階のガラスが割られていたため、おそらくそこから侵入したと思われるとの事だった。


「犯人と思わしき、人物に心当たりは?」

 アイナに質問した兵士の言葉で竜吾の脳裏にあるカリナ・フリーどの顔が浮かんだ。


「数日前、妹が学園で騒動を起こして、それが原因で勘当されました」


「妹さんの行方は?」


「分かりません」

 アイナが脱力感に満ちた青ざめた顔でかぶりを振った。


 しかし、妹が父を殺したという線は可能性としてあり得る。


「ではその線でも捜査に当たって見ます」


「よろしくお願いします」

 アイナが兵士に頭を下げた。その表情には世紀が抜かれたように血色がなかった。


『アイナ。大丈夫?』


「なんだろう。あんなに憎んでいたはずなのにいざ、こんな形で別れたのかと思うと少し思うところがあってさ」

 アイナが俯きながら、つらつらと言葉が吐き出していく。竜吾は彼女の顔に頬ずりした。


 今の彼に出来るのは疲弊した彼女に対して、寄り添うことだけだ。



 数日後、アイナの父の葬儀が執り行われた。式には騎士団長のアーノルドを他にレイニスも参列していた。


 いつもの陽気な雰囲気とは違い、落ち着いた様子で父の前で一礼をした。

「お父上の件。非常に残念だ。近いうちに顔を出そうと思っていたんだがな」


「お気持ち、感謝いたします」

 竜吾とアイナは丁重に頭を下げた。来賓の人間達が弔いを終えた後、父の姿が棺桶の中に消えた。


「ではこれから火葬に入ります」

 葬儀場の中央のメラメラと燃え上がる炎が存在していた。その中に棺桶が入れられて、紅蓮の炎に焼かれていく。


「さようなら。お父さん」

 アイナが別れを告げた。一見、平気そうに見えたが下唇が小刻みに震えていた。



 草木が眠る夜。竜吾はアイナとともに王国騎士団が所有する宿舎に泊まっていた。現在、アイナの家は血痕などや遺体の死臭を除去する為、立ち入り禁止となっている。


「騎士団の人。やっぱり親切だね」


『うん、ベットも寝心地よさそうだし、ありがたいよ』

 竜吾は王国騎士団の温情に感謝しながら、ふと疑問が頭に浮かんだ。葬儀場の一件である。


『そういえば、なんで火葬なんだろ? 棺桶に入れるならそのまま、土の中に埋葬するはずだと思うんだけど?』


「あれ? 知らない? 死人使いのラゼルの話」


『ラゼル?』


「昔、魔王の側近に死体を操る事が出来たやつがいて、死体を利用されないために葬儀の際は遺体を燃やすのが主流になったの」


『なるほどね。でも死体を利用するなんて随分と罰当たりな能力だね』

 竜吾はアイナの話を聞いて自身が未だにこの世界であると再三、理解した。


 それとともにラゼルの能力に例えようのない不安感を覚えた。

 



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