「トカゲと魔物狩り」
竜吾は騒然とした。知らぬ間に空を飛んでいたのだ。風を身に浴びて、凄まじい速度で大空を舞っている。
今、彼は人間でも今のトカゲの姿でもない赤の他人の視点になっているのだ。
「やれえ!」
「ギャオオオオオオ!」
「殺せええええ!」
下を見下ろすと地上で魔物と兵士達が怒号を上げながら、戦っている。
爆発音や血しぶきが所構わず上がり、まるで地獄のような光景が広がっていた。
これはなんだ。戦争か。思わず目を背けたくなるような光景だが、自分の意思とは関係なく見せられる。
『これは私の記憶の中だ』
突然、聞いたことのない声が頭に流れてきた。凛とした透き通るような美しい声だ。
『時期が近づいている。世界の命運は石上竜吾、そなたとアイナ・フリードの手にある』
「教えてくれ! あなたは一体、何者だ! 何のためにこの光景を見せたんだ!」
意識の中で語り手に声をかけた。
『私はーー』
謎の声が名前を名乗ろうとした時、周囲が眩いばかりの白い光に包まれた。竜吾の意識も光に飲まれて、消えた。
重い瞼をゆっくりと開けると窓から朝日が入っていた。小鳥の囀りが覚醒したばかりの意識に優しく触れる。
今の夢は一体。竜吾は内心、疑問に思いながらも体をぐっと伸ばして、目覚めの準備をした。
竜吾は腰に剣を携えたアイナとともに王国騎士団の元へと向かっていた。以前にアーノルドから魔物の討伐の協力を頼まれたのだ。
「魔物か」
アイナが訝しむような表情を浮かべた。竜吾は彼女と三度に渡って魔物と戦っている。
魔物の身体能力は人間を遥かに上回っているため、討伐には注意が必要だ。
『大丈夫だよ。僕もついているから』
竜吾はアイナの頬に頬ずりをした。何かあれば彼女に力を貸して助ける。
アイナと自分がいれば並大抵の困難は乗り超えられるだろう。そんな自信が彼の中では芽生えていた。
王国騎士団の元にたどり着くと、既に何人もの兵士が武器を研いだり、素振りをして戦いに備えていた。
「こうして見るとかなりの数がいるんだね」
『そうだね』
竜吾は真剣な表情を浮かべる兵士たちを見渡していた。
訓練の休憩中などはアイナに気さくに話しかけてくれていたりなど、彼らの人柄の良さが伺えた。
竜吾はアイナだけではなくアーノルドやここにいる兵士達も無事、家路につかせてあげたいのだ。
しばらくすると騎士団長のアーノルドが竜吾達の前に現れた。その瞬間、世界が反転したように空気が変わった。
「これより魔物の討伐に向かう! 目的地はアレスティア王国から南に離れた湿地帯である。作戦は三日間にかけて行う。湿地帯には毒を持つ魔物が多いとの情報が入った。皆、心してかかるように」
兵士達の怒号にも似た叫び声が空気を揺らさんばかりに轟いた。
今から戦いが始まる。覚悟はしていたが、目の前で宣言された絶対的な事実に竜吾は緊張感を抱かずにはいられなかった。
「アイナ!」
聞き覚えのある爽やかな声が耳に入り込んできた。声のする方に目を向けると金髪王子ことレイニス・アレスティアがいた。
「殿下。どうしたんですか?」
「騎士団の任務で町を離れると聞いてね。挨拶に来たよ。おそらく危険な任務になるだろう。気をつけてくれ」
「そうですか。ありがとうございます。私の事は心配ありません。竜吾がいますから」
アイナがそう言って、肩に乗っている竜吾の頭を指で撫でた。
「そうだな。小さなお友達がいれば百人力だな」
『任せろ!』
竜吾は紙に殴り書きでそう示した。強い意志が伝わったのかレイニスとアイナが笑み浮かべた。
アレスティア王国を出て、竜吾達は南の湿地帯に馬を進めた。竜吾とアイナは最前列である騎士団長であるアーノルドの真横を走っていた。
何十頭もの馬の背に乗る武装した兵士達が後ろをぞろぞろと進んでいるのだ。
まるで昔に見た映画みたいだな。竜吾はそんな事を考えていると、アーノルドの馬が鳴いた。その嘶きを聞いた瞬間、辺りの空気が張り詰めた。
「お目当ての湿地帯だ。総員、周囲を警戒せよ!」
アーノルドが後方の兵士達に指示を出すと、兵士達が一斉に腰に携えた剣の柄に手を伸ばした。
「私達も注意しよう」
『うん!』
湿地帯というだけあり、じめじめと肌にまとわりつく不快感が漂っている。こういう森で注意すべきなのは魔物だけではない。毒ヘビや有毒な虫なども生息している可能性があるのだ。
沼地に差し掛かった時、近くの茂みが大きく揺れた。それとともに唸り声が聞こえてきた。竜吾の体が一気に危険信号を発した。
『アイナ! 気をつけて!』
竜吾の忠告を目にした瞬間、アイナが柄に手を伸ばした。
「グオオオオ!」
緑のカーテンの中から熊のような魔物が姿を現した。四メートルはあるであろう巨体。鋭利な爪と牙。殺意を帯びたような眼光。
「魔物だ!」
兵士達が突撃して、魔物と接戦を始めた。竜吾は周囲の森から無数の殺意を感じた。茂みが揺れて先ほどと同じ魔物が何体も出現したのだ。
『まさか、囲まれていた!』
「そのようだね」
「ガルルルル!」
涎を引いた雄叫びを上げて、騎士団に突っ込んできた。
「総員! 迎え撃て!」
アーノルドの叫び声とともに兵士達が熱のこもった声をあげて、魔物に攻撃を開始した。
「竜吾! 力を貸して! ここにいる魔物を一掃するわ!」
『了解!』
竜吾はアイナの体にマナを注いでいく。彼女の体が緑色の煌びやかな光に包まれる。
「相変わらず、竜吾はすごいね! 行くよ!」
竜吾は振るい落とされないように必死にしがみついた。
「はああ!」
アイナが目についた魔物を次々と斬り倒していく。
「ギャオオ!」
魔物が呻き声を上げて地に伏せて行く中、兵士達は度肝を抜かれたのか、口をポカンと開けていた。
アイナが瞬く間に襲い来る魔物を討伐してしまった。
「ありがとう!」
「助かったぜ」
兵士達から感謝の言葉を赤面するアイナ。それを微笑ましく見ていると竜吾は再び、凄まじい殺気を感じた。
沼から鞭のようにしなる太くて長い物体が飛び出ていた。それが一人の若い兵士の背後に勢いよく伸びたのだ。
「危ない!」
アイナが兵士の元に走ろうとしたが、アーノルドが兵士を庇った。その赤い物体の攻撃を胴体に食らって、近くの木に激突した。
「アーノルドさん!」
アイナが声をかけると腹を抱えて、呻いている。肋骨を折っている可能性がある。
沼の水面が急激に盛り上がり巨大なカエルのような魔物が現れたのだ。先ほど討伐した熊に似た魔物よりも遥かに巨大だ。
『この湿地帯の主か』
竜吾は体を逆立たせて、警戒した。ぬめりのある体は所々、イボのようなものがありその先端から白い液体が漏れている。
竜吾は白い液体が毒だと気づいた。
『あの白いやつ毒だから気をつけて』
「うん」
アイナは剣を構えて、その巨大な魔物を警戒した。
「騎士団の皆さんは下がって、弓矢での援護射撃をお願いします! 戦闘は私が引き受けます!」
「了解!」
兵士達が一斉に剣を収めて、弓矢を構え始めた。
「グルオオオオオ!」
カエルの魔物が口から白い粘着質のある塊を飛ばして来た。おそらく毒だ。アイナが必死に避けながら、攻撃するタイミングを伺っている。
「敵が飛ばしているのは毒です! みなさん気をつけてください!」
「おう!」
兵士達が威勢の良い返事をしながら、矢を放った。魔物が口から吐き出してくる毒を兵士達の放った矢がぶつかり、相殺された。
『今だ!』
「うん!」
相殺されて魔物が攻撃していない隙にアイナがトドメを刺しにかかった。竜吾はアイナの体にマナを注ぎ込んで、強化した。
「いっけえ!」
アイナの斬撃が魔物の頭部を斬りつけて、そのまま真っ二つにしてしまった。
「グエエエエエ!」
魔物が情けのない断末魔を上げながら、沼の底に沈んでいった。
「よしっ!」
アイナが戦いの緊張感を抑えるために大きく深呼吸をついた後、アーノルドの元に足を運んだ。
「団長! 申し訳ありません。俺をかばったばっかりに」
「気にするな。部下を守るのは上に立つ者として当然だ」
罪悪感を言葉にして吐き出す若い兵士を慰めるアーノルドだがその顔は僅かに引きつっていた。
おそらく先ほどの魔物の攻撃をくらい、体内に毒が入ったのだろう。竜吾はうめき声を上げるアーノルドのもとに駆け寄る。
「ふん!」
マナをゆっくりと流し込むとアーノルドの体が煌びやかな緑色に包まれる。先ほどまで死にかけていた顔色が良くなっていく。
「きっ、傷が治った」
『もう大丈夫だよ』
「ありがとう」
アーノルドが竜吾に頭を下げた。竜吾は団長が助かってよかったと心底、思った。彼のような心優しい人間が死ぬのはあまりに悲しいからだ。
その後、湿地帯を探索したものの、魔物が現れることはなく三時間後、作戦終了が告げられた。
「作戦は終了する。しかし、今からアレスティア王国に帰ると夜遅くになる。今日は夜営を取り、早朝。王国へ帰還する。いいな!」
「了解!」
兵士達が団長に敬礼すると一斉に夜営の準備に取り掛かった。
「今回、死者が出なかったのは間違いなく竜吾とアイナ。君達のおかげだ。騎士団を代表して、礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
「いえいえ! そんな! これも竜吾のおかげですよ」
アイナがそういい、竜吾の頭を人差し指で撫でた。
「いいや! 関係ない! 二人のおかげだ!」
「そうだぜー!」
「ありがとうよ!」
ガラの良い兵士達の感謝の言葉に竜吾は胸が暖かくなった。アイナの方を見ると嬉しそうに口角を上げていた。
翌朝。竜吾達は朝、早くに起きてアレスティア王国に向かっていた。
竜吾は少し眠そうな表情を浮かべているアイナな兵士達を眺めていた。
アレスティア王国に着いて騎士団の本部に馬を進めていると一人の兵士が走ってきた。
「アイナ・フリードはいるか!」
何やら慌ただしい様子で竜吾達の前に駆け寄ってきたのだ。アイナの前に何度も息を切らして、背中を起伏させた。
「はい。私ですが。一体、どうしたんですか?」
兵士のただならない様子にアイナの表情が動揺を見せている。
「お父上が殺害された」
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