「アイナと憤り」

 夕闇が辺りを染め上げる頃、実妹との模擬試合を終えた降りたアイナは王国騎士団団長のアーノルドと木刀を交えていた。


 近くの木ではいつものように竜吾がアイナを見守っている。


「殿下から聞いたよ! 妹に圧勝したらしいじゃないか! そこからの愛の告白! なんともロマンティックだな!」


「ものすごく驚きましたけどね!」

 軽口を叩きながら、剣を振るうくらいにはアーノルドと対峙する事が出来るようになったが、それでも彼は妹とは比べ物にならないくらい強い。


 彼女からすればカリナよりアーノルドと剣を交える方が緊張感を覚えるのだ。

 木刀が離れると、アーノルドが息を吐いた。

「よしっ、今日はこれくらいにしよう」


「お疲れ様でした」

 アイナは訓練の疲労を背に一礼をした。汗ばんだ体が夕風に晒されて、不思議な心地良さを感じた。


「なあ、アイナ。近々、王国から離れた湿地帯で魔物の討伐を行う予定なのだが

よければ来ないか」


「ええ、ご同行させて頂きます。魔物、最近多いんですか?」


「ああ、ここのところ被害が続出しているんだ。大ごとになる前になんとか掃討しておきたい。君とそこのお友達の力を借りたい」

 アーノルドが竜吾の方を指差した。アイナは快く頷いた。魔物の恐ろしさは何度も経験している。


 アレの被害に遭う人が一人でも減るならこれ以上に良いことはない。



 アーノルドとの特訓を終えたカリナは竜吾共に屋敷へと向かっていた。

『今日は色々な事があったね』


「本当だよ。カリナに殺されそうになるわ、殿下に」

 脳裏に衆人観衆の前で堂々と告白された瞬間が過ぎり、顔が熱を帯びた。


『いま、レイニスの事を思い出したでしょ』


「ばれた?」

 アイナは竜吾にぎこちない笑みを浮かべた。やはり彼には嘘はつけない。しばらく共にいる間に彼との間には強い絆が生まれている。


『それで交際に関してはお父さんに説明するの?』


「私から説明しなくてもおそらく父には情報は伝わっているでしょう。だけど私はあの家とは絶縁する気だから関係ないよ」

 アイナは少し怒気をはらんだような口調で話した。怒りは竜吾に対してではない。長年、自身を虐げて来た父だ。


 学園を卒業した後、家督を交代しようという父の晴れ舞台で絶縁を宣言して、彼の気分を地の底に叩き落としてやろうという算段だ。



 しばらくすると屋敷が見えた。アイナは胸に僅かな緊張感を抱きながら、屋敷の扉に手をかけた。


 屋敷の扉を開けると、何やら奥の方が騒がしくなっていた。近づいて見ているとカリナが警備兵に取り押さえられた状態で父にすがりついていたのだ。


「カリナ。お前には失望した」


「そんな! お許しください! お父様!」


「お前に渡した袋に少しばかりの路銀と水を入れておいた。あとは自分でなんとかしなさい!」


「あんまりでございます!」


「お前の起こした不祥事は多くの人間が目撃している。このままこの家の地位の名誉もが危ぶまれる。私とて心は痛むが仕方ない」

 父が僅かに辛そうな表情を浮かべた。しかし、保身のためならば実の娘の切り捨てるその軽薄さにアイナは呆れた。


「申し訳有りません! お父様! お父様!」

 両脇を屈強な男二人に抱えられて、出口まで引きずられるカリナ。両足を何度もバタつかせながら、必死に自分の感情を表現する。


 アイナの隣を通り過ぎた時、彼女の存在に気づいたのか、目を血走らせた。


「あんたのせいよっ! あんたが私を嵌めたからよ! 出来損ない! グズ! まぐれで勝ったのがそんなに嬉しいのか!?」

 カリナが鬼女のような形相で支離滅裂な発言でアイナを罵った。しかし、彼女には全くと言って良いほど、心に刺さらなかった。


 ただ、哀れみの感情だけがそこにはあった。玄関の扉が無慈悲にカリナの姿を決してなお、外からは断末魔のような叫び声がずっと聞こえている。


 父が不機嫌な様子だったが、アイナと目が合うと向日葵でも咲いたかのような満面の笑みを浮かべた。


「おお、アイナ!」


「ただいま戻りました」


「殿下と婚約を前提に付き合うそうではないか! 素晴らしい! さすがは我が娘だ!」

 アイナは手首が捻じ切れんばかりの手のひら返しに吐き気を感じながらも笑顔を向けた。


「お褒めに預かり光栄です」


「カリナの事は残念だこれからは二人で仲良くやっていこう!」


「ええ」

 アイナは脳内で真逆の考えを今すぐ言ってやろうと思ったが、グッと堪えた。


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