「アイナとラブコール」

 歓声に包まれた闘技場。その中心にアイナ・フリードは立っていた。まるで今、この瞬間、世界の主役は彼女であると告げるように人々の活気に満ちた声が響いている。


 無数の歓声以上に自分の活躍を見てくれていた竜吾とレイニスがとても愛おしく思えた。


「竜吾。ありがとう。殿下、見ていたたげましたか」

 暖かい涙で瞳が潤っていると背後に凄まじい殺気を感じた。それとともに周囲の歓声が時を止めたようにピタリと止んだ。


 ゆっくりと後ろを振り返ると気絶したはずの妹が立っていた。生まれたての子鹿のように不安定な立ち方でよろめきながらも、鬼の形相でアイナを睨んでいる。


「アイナ」


「フー! フー!」

 まるで突撃してくる前の猪のような雰囲気を漂わせている。よく見ると手に何かを持っている。短刀だ。鋭利な刃物だった。


「あっ、あっ! あんたが私に勝つなんてあってはいけないのよ!」

 カリナが目を血走らせながら、 勢いよく飛びかかって来た。


 アイナは迫り来る実妹の腕をかわして、その場に組み伏せた。

「ぐっ! くそ」


 審判が学校の警備兵を連れてやって来た。侵入者を警戒するための彼らもまさか学内の人間を捕縛すると思っていなかったのか、驚いたような顔をしていた。

「アイナ・フリード! 大丈夫ですか!?」


「はい。怪我はありません」


「こら! 大人しくするんだ!」

 警備兵二人がカリナの両脇を抑える。


「くそっ! ふざけるな! こんな屈辱! アイナのくせに!」

 アイナは何度も吐かれてきた台詞に思わず、ため息が出た。今の彼女には全くといっても良いほど通じない。


 目の前で猛犬のように騒いでいる妹を哀れんでいると来客席の方が騒がしくなっていた。


 視線を向けると一人の青年が降りて来ていたのだ。レイニス・アレスティアである。肩の方をよく見ると竜吾がいた。


「嘘、なんで殿下がこちらに」


「ああ、なんと美しい振る舞い」

 他の来客たちは知らなかったのか、辺りからあれよあれよと彼を讃える声や驚きが湧き始める。。


「でっ、殿下。なっ、何故こちらに」

 カリナも例外ではなく、予期せぬ来客に動揺を隠しきれない様子だった。


「カリナ。君はここにいる人達を凡人と罵ったな。この国は君がいう凡人達によって支えられているんだ。王は民の意見を聞き入れて、国を改善して、良き未来へ導くのが勤めだ。民無くして王はない!」

 レイニスの真剣な眼差しと言葉。それがアイナの心に深く響いた。つい最近、関わりを持ち、何度か会話や外出もともにした。


 どこか親近感すら抱くような人柄だが彼はこの国の王子。それ相応の立ち振る舞いが必要とされた場合はその才を遺憾なく発揮するのだ。


 なんて清い人格なのだろう。アイナは心からそう思った。


「連れていくぞ!」

「はい!」

 カリナが両脇を抱えられて、屈強な警備員二人に連行されていく。その姿からは言葉にならないほどの悲壮感が漂っていた。


「カリナ」

 

「君の活躍を見て、惚れ惚れとしたよ」


「殿下、ありがとうございます」


『最高にかっこよかったよ』

 竜吾がいつものように紙に記したメッセージを見せてくれた。思えば彼に何度も助けられた。


 彼が王国騎士団に特訓を依頼しなければ自分はカリナに勝つ事が出来なかったかもしれないからだ。

『そういえば、イケメンさんもアイナに何かいる事があるんじゃない?』


「ああ、そうだな」


「ん?」

 アイナは首をかしげると、レイニスが大きく深呼吸をした。普段、陽気さと余裕に満ちた表情を浮かべている彼とは違い、どこかよそよそしくなった。


「こっ、こういうのは初めてだから、その、どうしていいか分からないんだけど。そっ、率直にいうよ」


「なっ、何のことですか?」


「カリナ!」

「はっ、はい!」


「君と過ごした日々の中で剣への熱意、努力を惜しまない姿勢。全てに心を打たれた。僕と婚約を前提に付き合ってはくれないか?」

 レイニスが端正な顔を近づけて、彼女に告白した。その瞬間、闘技場から黄色い声が上がる。


 アイナは自身の顔が真っ赤になっているのが手に取るようにわかった。マグマのように熱く煮えたぎっている血液が顔中を巡っている感覚だ。


 未知の緊張感と興奮を覚えて、震える唇を開いた。


「はい」

 アイナが頬を林檎のように赤くしながら、彼の告白を受け入れた。その瞬間、周囲から先ほどとは比べ物にならないほどの歓声と拍手が鳴り響いた。


 レイニスの方では竜吾は感極まったのか、嬉しそうに飛び跳ねている。


「竜吾ったら」

 爽やかな風が流れて、頬を赤らめたアイナの青い髪を攫った。

 




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