「アイナとカリナ2」

 闘技場に足を踏み入れた時、来客者の数に思わず目を見開いた。


 円形状の闘技場にはたくさんの生徒が席について、試合が始まるのを今か今かと楽しみにしている様子だった。


 ふと席の方に顔を上げると、レイニスが上から全体を見渡せる来客用の椅子に腰掛けていた。彼もアイナが見ていることに気づいたのか、微笑みかけた。


 よく見ると彼の肩には竜吾が乗っていた。ふと背中に突き刺すような視線を感じた。


 カリナ・フリードである。アイナの双子の妹にして今回の対戦相手だ。

 


 身内であっても毒を盛り、自身を陥れようとした残虐な人間。情状酌量の余地はない。己の信念を木刀に込めて、叩きつけるのみだ。


「よーい。初め!」

 審判の合図を皮切りにカリナが飛び出してきた。


「また屈辱を受けてさせてあげるわ! 姉様!」

 カリナが啖呵を切って、飛びかかってきた。アイナは驚いた。カリナの動きがあまりにも遅かったからだ。


 騎士団長であるアーノルドの俊敏な動きに対抗しているせいか、カリナの切り込みは余裕を持ってかわすことが出来た。


「はあ!」

 カリナが何度も木刀を振りかざしてきたが、それらの猛攻を全てかわし切った。


「今度はこっちから!」

 アイナは勢いよく、土を蹴って風を切るような速さでカリナの間合いに入った。


「なっ!」

 カリナが目の丸くした瞬間に四発の連続攻撃を叩き込んだ。


「ぐっ! はあ!」

 カリナが反撃と言わんばかりに力任せに木刀を振ったが、難なくかわして後ろに退却した。


「まっ、まだまだですよ」


「ええ、これくらいで倒れられたら困るもの」

 カリナが聞こえるような大きさで露骨に舌打ちをした。目を血走らせて、突撃してきた。


「なめないでくださいまし!」

 度重なる攻撃の嵐を次々とアイナは避けていく。それとともにカリナが歯ぎしりを始めた。


「侮ってはいないわよ。あなたの動きに対応できるってだけよ」

 カリナが木刀を振り上げたタイミングを見計らい、アイナは強烈な一撃を鳩尾に与えた。


「がはっ!」

 実妹が何かを吐き出すような声をあげて、苦悶の表情を浮かべた。アイナはカリナが腹部の痛みに気を取られている隙に何度も攻撃していく。


「はあ!」


 カリナも幾度か、反撃に来たがそのどれもがアイナには届かない。


「ふっ、ふざけるな! あんたなんかに! 負けてたまるか!」

 追い詰められた事で心の余裕をなくしたのか、カリナが怒号にも似た叫び声を上げた。


 彼女が築き上げて来た栄光が音を立てて、崩れようとしているのだ。それを阻止しようと彼女も躍起になっている。カリナの実力は確かなものである。


 しかし、アイナは彼女よりも遥かに強い王国騎士団長を相手に特訓を重ねて来たのだ。


「遅い!」

「げはっ!」

 目にも留まらぬ速さで実妹を蹂躙する。攻撃を受けた手足が徐々に青く染まる。


 今まで敗北の際に味わって来た屈辱や悔しさが胸の内からこみ上げて、手足を動かす原動力に還元されていく。


「こっ、こんな事があってたまるか!」

 カリナが目を見開いて、飢えた野獣のように飛びかかって来た。アイナは横にかわして彼女の腰に刀身を叩き込んだ。


「くそ、くそ」

 彼女の様子を見るに足元がふらついており、まともに歩行するのもままならない状態である。


「手足に木刀を叩き込んだ。おまけに腰もやられている。諦めなさい」

 そこにはいつもの勝気な少女はいなかった。自身の敗北を受け入れられずにいつも通り、姉を見下そうとする哀れな女の姿である。


「こんな事があってはいけない! あんたなんかに負けるなんて! 糞が! なんで私が膝をつきそうになっているのよ! この状態になるのは私じゃない! あんたよ! あんたのはずなの!」

 カリナの口から罵詈雑言を飛んでくる。しかし、今のアイナには見るに耐えないほど滑稽な姿に見える。


「見るな! そんな目で私を見るな! まだだ! こんなものじゃない!」

 相変わらずアイナを鋭い目で威圧する。まるで追い詰められた獣だ。


「カリナ・フリード。落ち着いてください!」


「触るな! 愚民が! 私は世界を救った勇者の血筋だぞ! 貴様のような凡骨が私に触れるな!」

 カリナが止めに入った審判に罵詈雑言を浴びせた。それが聞こえたのは周囲に騒めきが走る。


「カッ、カリナさんってあんなんだったけ」


「えっ、ああいう人だったのか?」

 まるで病原菌が蔓延するように生徒たちからどよめきが生まれていく。カリナが鋭い目つきで闘技場の来客者達を睨みつけた。


「ええ、そうよ! どうせこの先、ぬるま湯に浸かったような惨めな人生しか送れない哀れなお前らに私が直々に慈悲を与えてやっているんだ! 凡人共は黙ってみていればいいんだよ! 意見するな! 指図するな! 誰の許可を得てそんなをしている!」

 自暴自棄になったのか、カリナが貴族にふさわしくないような下劣極まりない言葉を闘技場に響くように発した。


「私は常に上に立つ! それ以外ない! 勝利は至福。敗北は屈辱。だから勝ち続ける! この先もこれからも!」

 憎悪を孕んだような口調で声を荒げて、走って来た。アイナは大きくため息をついた。


「勝利への固執は尊敬するわ。カリナ」

 アイナは再び、迫り来るカリナに一方的な攻撃を繰り広げた。彼女の白い肌が赤黒く染まっていく。


 彼女の顔色がやがて、自尊心から恐怖に歪んだような表情に変貌した。おそらく敗北を悟ったのだ。


「あっ、あっ」

 自尊心を壊された少女が呻き声を上げながら、闘技場の地面にうずくまっている。


「最後にその顔。叩き潰してあげるわ」

「ひっ!」

 プライドの高いカリナにとって顔は歪んだ自尊心の象徴。それを叩き潰す事で彼女のプライドを完全に壊そうという算段だ。


「まっ、待って! お願い! やめて! お姉様!」


「散々、私の顔を嬲っておいてそれはないんじゃないの?」


「お願い!」


「はあ!」


「いやああああああああああ!」

 アイナは直撃する寸前のところで腕を止めた。カリナの方を見ると白目を剥きながら、鼻水と涙をだらだらと垂らして気絶していた。


 下半身を方に目を下ろすと彼女の股の部分から水濡れのようなものが広がっていた。普段の勝気な姿からかけ離れた見るに耐えない醜態を晒していた。



「しょ、勝者! アイナ・フリード!」

 闘技場が絶叫にも似た熱い歓声と拍手に包まれた。白熱のコーラスの中心で彼女は勝利の余韻に浸りながら、大きくため息をついた。


 ふとレイニス達の席の方を見ると殿下は相変わらず太陽のように眩しい笑みを浮かべて、竜吾は興奮したような様子で手を振っていた。


 アイナは二人の方に穏やかな笑みを浮かべた。


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