「トカゲと決断のアイナ」

早朝。竜吾はそよ風に吹かれながら、青草が伸びている庭で修練に励むアイナを見ていた。

 

「はあっ! ふっ!」

 静けさが漂う朝の庭に血気溢れる掛声が響き渡る。しばらく剣の素振りを行うと竜吾の近くで腰を下ろした。


「ふう、休憩」


『随分と練習に精が出ているね』

「私、カリナに挑もうと思うんだ」

 アイナが竜吾の目を見て、はっきりと聞き間違えようのない声で言った。


『そうか、決心したんだね』


「うん、それに模擬戦なら思っきり鬱憤が晴らせるしね!」

 アイナが白い歯を見せながら、笑った。


『大丈夫だ。今の君なら勝てる』

 数週間前はどこか自信に欠けていた彼女が今や、自信を持って実妹に挑もうとしている。竜吾は成長した彼女の姿に、感慨深さを覚えた。



 アイナが訓練を終えた後、竜吾は彼女と共に学園に向かった。いつも通り、彼女の肩に乗り青く綺麗な髪で姿を隠している。


 家を出る前に父が媚びを売るように馬車に乗るか聞かれたが、丁重に断っていた。

「さあ、今日も勉強頑張ろう!」


『頑張って!』

 教室の扉を開けるとクラスメイト達の視線が一斉にアイナに注がれた。それとともにクラスメイトが波のように押し寄せてきた。

「ねえ、アイナさん! 殿下とデートに行ったって本当!」


「この前、父さんが見たって言っていたんだよ!」

 クラスメイト達が羨望に満ちたような眼差しを向けてきた。竜吾はクラスメイトに対しても嫌悪感を抱いた。何故、ここまで手のひらを返せるのだろう。


 おそらくアイナがレイニスと婚約した際に知人やら友人やらを語って、甘い蜜にありつこうとしているのだ。


 人並みに囲まれた中、隙間に目を通すと鋭い目をしたカリナとその取り巻きがこちらを睨んでいた。


 アイナが大きく深呼吸をして、妹の元に向かった。

「なんですか。姉様」


「ねえ、カリナ。私と模擬戦をしましょう」

 アイナの唐突の発言に周囲の空気が凍りついた。


「私になんのメリットがあるのですか?」


「ないわ。ただ、私が貴女に勝てる見込みがあるから、申し込んだだけ」


「以前、完膚無きまでに関わらず、随分と強気ですね」


「ええ、私、強いもの」

 アイナの自身に満ちた言葉が癪に障ったのか、カリナの目の色が変わった。やはり彼女の中にあるのは姉より格上であるべきという鋼のマウント精神のみだ。


「いいでしょう。しかし、どうせなら、闘技場を使いましょう。皆様が見ている前で醜態を晒して差し上げます」

 アイナとカリナが睨み合っている。竜吾は内心、不安感もあったがそれ以上にアイナのたくましさに感動を覚えた。


 



「ははっ! まさか実の妹と剣を交える事になるとはな!」


「ええ! これまで負けてきましたからここで名誉挽回を果たしたいんです!」

 放課後、王国騎士団の訓練に参加したアイナが団長のアーノルドと剣を交えていた。相変わらず団長の強さは凄まじいものだ。


 竜吾は木の上から対峙する二人を眺めながら、そう思った。


 アイナが以前とは比べ物にならないような速度で攻め込んでいく。


 対する団長まるで赤子をあしらうような動作で彼女の動きを交わしていた。


 アーノルドの華麗な動きに翻弄されて、隙を作ってしまった。

「隙あり!」

 気がつけば団長の剣先が彼女の喉元に向けられていた。アイナは臆したのか、その場に尻餅をついた。

 

「相変わらず団長は強いですね。次の目標は団長になりそうですね」


「おー、怖い怖い」

 茶化しながら、アーノルドが尻餅をついたアイナに手を差し出した。アイナが手を取り、大きく息を吐いた。


「今の君なら出来る。自信を持ちたまえ」


「はい!」

 団長の胸が沸き立つような激励にアイナが快活に応えた。夕日の背景に立つ二人の姿は何とも絵になる光景であった。


 


 模擬戦当日。闘技場の方から聞こえる来客の歓声を耳にしながら、待機室の洗面台でアイナが鏡に映る自分を見ていた。


『アイナ。大丈夫?』


「ええ、ここまで頑張ってきたのよ。きっとうまくいく!」

 アイナがそう言って自分を鼓舞していると、部屋の扉からノックが聞こえた。


「どうぞ!」

 扉が開かれた時、思わぬ来客に竜吾は目を丸くした。それはアイナも同じだった。


「殿下!」


『おっ、イケメン』


「やあ、アイナ! それと小さなお友達も。何やら面白そうな事をするそうじゃないか」

 黄金の髪をなびかせた美しい青年が静かに部屋に入ってきた。


「何故、こちらにいらっしゃるのですか?」


「アーノルドから聞いてね。実妹に勝負を挑むらしいね」


「ええ、カリナは私にとっても越えるべき壁の一つですから」

 

 アイナがレイニスの目を見て、応えた。その目には迷いは一切なかった。


「アイナ・フリード! 準備にかかれ」

 教官の声がノックとともにドア越しから聞こえた。アイナは威勢良く答えると、模擬戦用の木刀を手にした。


「では言っています。殿下。竜吾もしっかり見ていてね」


『うん!』


「頑張れ」

 アイナが力強く頷いて、ドアノブに手をかけた。闘技場へ行こうとする彼女の後ろ姿はとても勇猛で美しく見えた。




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